スタジオミュージシャン列伝・伝説のギタリストHugh McCracken

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

スタジオミュージシャン列伝              ~伝説のギタリストHugh McCracken~


数々の名盤に彩を添える伝説のギタリスト Hugh McCracken

「スタジオミュージシャン列伝」と題して伝説的なスタジオミュージシャンを毎回1人ずつ紹介していくというこの企画。今日はギタリスト編をお送りしたいと思います。ギターといったらやっぱりロックの世界では花形の楽器ですから、本当に素晴らしいスタープレイヤーがたくさんいます。
ただ今日はあくまでも〝スタジオミュージシャン〟列伝ですから、俗に言うギターヒーローの話をしたいわけではないんです。
つまりJimi Hendrix、Eric Clapton、Jeff Beckとかの話は今日はしません。
主役のアーティストがちゃんと引き立つように伴奏をつける、脇役としての役割をこなす職人さんタイプのギタリストにスポットを当てたいんです。

スタジオミュージシャン列伝のギター編。第一回目をやるならこの人!と
随分前から心に決めていました。The Beatles 解散後にPaul McCartneyと
John Lennonがそれぞれのソロアルバムを作るときに必ずギターを頼んだという、凄いギタリストがいるんです。その名も「Hugh McCracken

名前聞いたことないでしょ?裏方さんですからね。
でもPaul McCartneyやJohn Lennon以外にもBob Dylan 、Paul Simon、
Billy Joel、B.B. King、Steely Danなどなど、泣く子も黙るロックレジェンドの数々の名盤にギターで彩りを添えてきた名ギタリストなんです。
誰しもが彼の演奏を知らず知らずのうちに聴いています。

Paul McCartneyの誘いを断るギタリスト

1942年ニュージャージー生まれ。10代後半で既にKing Curtisという伝説的なサックスプレイヤーのアルバムでレコーディングデビューしています。
1960年代後半からNYでかなり売れっ子のギタリストになって忙しい日々を送っていたんですが、ある日、同じくニューヨークで大活躍していた親友のギタリスト、David Spinozzaから連絡が入ります。

今Paul McCartneyがNYでソロアルバムを作り始めてるんだけど、もう1人
ギタリストが必要だって言うからお前来てくんない?と。
こんな経緯でDavid SpinozzaとともにHugh McCrackenはPaul McCartneyの
ソロデビューアルバム「RAM」という大名盤でともに演奏することになるわけなんですが、このときのセッションでPaul McCartneyはHugh McCrackenのギターをえらく気に入ります。そして、彼にこう言うんです。

「今度、Wingsってバンドを結成しようと思ってるんだけど、そのバンドでギター弾いてくんない?」

Paul McCartneyから一緒にバンドやらない?と誘われて断るミュージシャンさすがにいないでしょって思うじゃないですか。
ところがHugh McCracken、当時スタジオミュージシャンとして大変忙しくしてましたので、この誘いを断ってしまう。当時子どもも産まれ、NYの隣のニュージャージーで暮らしていましたから、これ以上忙しくなって子どもと過ごす時間がさらになくなるのが嫌っていうこともあったらしいんですが、Paul McCartneyとバンドやることよりもライフワークバランスを取ったわけです。

Hugh McCrackenはなにがそんなに凄かったのか?

でも、音楽ファンにとってはバンド組む話断ってくれて良かったですよ。
彼はその後、数えきれないほどの歴史的な名盤で名演を残すことになるわけですから。売れっ子過ぎてPaul McCartneyのレコーディングと
Aretha Franklinのレコーディングを1日で掛け持ちしたこともあったらしいんですが、そもそも彼は一体何がそんなに凄かったのか。

Paul McCartneyのセッションにHugh McCrackenを誘ったDavid Spinozza
というギタリスト、僕のアルバムでも弾いてくれていて、彼のおうちに3泊くらい泊まったときに色んな話を聞いたんですけど…。

彼が曰く、Hugh McCrackenはその曲の雰囲気を決定づけるようなギターのちょっとしたフレーズ、気の利いたフレーズを思いつく天才だったと。
つまり、ギタリストであると同時に名アレンジャーでもあったんだ。と
言ってました。

これって僕がいつも言うスタジオミュージシャンにとって一番大切な条件ですよね。ただ楽器がうまいだけではない、楽曲を彩るアレンジャーとしての感性が非常に重要だ、と。特にギタリストっていうと、やっぱりギターソロとかで派手なフレーズを弾きたがったり、とにかく自分が目立ちたい人が
多いんですよ。でもHugh McCrackenは本当にその真逆というか、全く歌の邪魔をしない、さりげないフレーズ、それでいて、曲の雰囲気を何百倍にも増幅させるような気の利いたフレーズを生み出すのがとても上手な人だったんですね。

しかもHugh McCrackenは、そういう曲にぴったりなフレーズが見つかるまで絶対にあきらめずに延々とレコーディングし続けたらしいんです。
普通ミュージシャンって、売れっ子になればなるほどなるべく仕事早く終わらせたがるんですよ。1〜2テイクで終わらせるっていうのを誇りに思っている人も多いし、まぁそもそも音楽の仕事に限らず、残業するの嫌じゃないですか。NYの売れっ子ミュージシャンなんてせいぜい2〜3テイクやったらOKもらって帰っちゃうんですけど、Hugh McCrackenは何日でもスタジオに
残って作業し続けてたらしいんですよね。
最高のフレーズにたどり着くまで執念でやり続ける。
そんな人だったみたいです。

ミトンとHugh McCrackenの接点とは??

そして実は僕、Hugh McCrackenと会ったことがあるんです。
彼が60年代に組んでいた幻のジャズロックバンド「White Elephant」の
レア盤にサインをもらいたくて。でもHugh McCrackenってライヴ活動は
全くしてないので演奏をこの目で見る機会すらない。
でも、この「White Elephant」のレコードをミックスしたJay Messinaという「Aerosmith」のサウンドエンジニアさんとたまたまNYのライヴハウスの
客席で知り合って、彼のおうちにサインをもらいに行ったんですね。
そのときにあとはHugh McCrackenにサイン貰えればほぼ全員揃うのにって話をしたら、「え、じゃあちょっと電話してみるよ」って言ってその場で
電話かけ始めて。そしたら、ちょうど今からニュージャージーにゴルフに
行くから、アッパーウェストサイドの交差点通るよ、そこで待ってて。
って言うんですね。それで指定された交差点で待ってたら本当に車でブーンと来まして。彼の車のボンネットの上でこのサインをもらったんですよ。
その数年後に白血病で亡くなってしまったんですけどね。

で、僕にHugh McCrackenを紹介してくれたJay Messinaというサウンドエンジニアが2010年にJohn Lennonの名作「Double Fantasy」をリミックスしたんですね。もともとは1980年にリリースされた傑作で、Hugh McCrackenも
ギターで参加しているんですが、このアルバムの中の「Dear Yoko」というオノ・ヨーコに捧げた曲のマスターテープの冒頭部分に、John Lennonが「ヒューイ、ヒューイ!」って叫ぶ声が残っていたそうなんですよ。
実はヒューイというのはHugh McCrackenのニックネームなんです。
エンジニアのJayは、自分の親友でもあるHugh McCrackenの名前を呼ぶ貴重なJohn Lennonの肉声をそのまま残そうって言って、この呼びかけの部分を切らずにそのまま残したんです。

せっかくなんで今日はその曲を聴いてもらおうかな。
もちろんHugh McCrackenがギターを弾いていて。そうそう、ひとつ言い忘れてたんですけど、彼はギターだけじゃなくてハーモニカの名手としても数々の名盤に参加してます。この曲ではエレキギターとハーモニカの両方を演奏しています。曲の雰囲気を決定づけるキャッチーなフレーズを思いつく天才っていう部分もよくわかる曲なんじゃないかな。

2010年のリミックスverでお聞きいただきます。
冒頭部分の「ヒューイ!ヒューイ!」という呼びかけにも注目してください

John Lennonで「Dear Yoko」

youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。

金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。