「ローズ・ピアノ誕生の〝意外〟な理由と欠かせない楽器になるまでの歴史」
TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。
このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。
今回のテーマは…
「ローズ・ピアノ誕生の〝意外〟な理由と欠かせない楽器になるまでの歴史」
ローズ・ピアノ誕生の歴史
ローズ・ピアノという楽器、エレクトリック・ピアノですね。
Wikipediaには第二次大戦中に前線にいるアメリカ兵たちの慰安のために開発されたと書かれてあります。
〝音楽で兵士たちの心を癒す〟というと音楽療法士さんとかプロのミュージシャンが基地や軍の病院に演奏しに来てくれて美しい音色で癒してくれる。みたいな、普通はこういうことを連想すると思うんですが、実はこのピアノが開発された真の目的は実は「兵士たちに音楽を聴かせるため」ではなくて「彼ら自身に弾かせるため」なんです。
どういうことか?というと…第二次大戦中に徴兵された兵士たちが、戦争が終わって国に帰るまでの間に、何か手に職をつけて返してあげようということで当時アメリカで一世を風靡した人気ピアノ教師Harold Rhodesという人がアメリカ空軍でピアノを教えていたんですね。当時彼は全米ネットのラジオ番組を持つほどの人気講師でクラシックとジャズスタディを組み合わせた独自のピアノメソッドが全米中で大人気だったんです。
そんな人気ピアノ教師が軍隊に雇われたわけですね。
娯楽産業だった「ピアノ」
そもそもの話、戦後になってレコード産業が巨大産業になる前までは、
音楽というのは楽譜を買ってきて家でピアノを弾いて楽しむものでした。
ピアノは実は大きな娯楽産業だったんです。
ラジオやレコードが登場して以降、徐々に下火にはなっていくんですが、
第二次大戦手前くらいまでは、まだまだピアノ産業、というかピアノ演奏を娯楽として楽しむ文化も根強く残っていました。だからピアノさえ弾ければ子供達に教える仕事がいくらでもあるし、まだジュークボックスが普及する前なのでバーでの生演奏の仕事も沢山ありましたから、手に職を付けるという意味ではかなり現実的な良い選択肢だったんです。
特に負傷して入院している兵士たちが退院するまでの間、時間はたっぷりありますので、手足のリハビリも兼ねてピアノを練習させたんですよね。
もちろん楽器練習に打ち込むことによって戦場で負った心の傷を癒すという目的もあったと思いますが、そもそもは兵士たちに対する職業訓練の意味合いも実は強かった。
負傷していない兵士たちも結構ピアノのレッスンを受けさせられていたようです。
ただ、軍隊の基地や病院でピアノ練習させるって言っても、当然、各地の
戦場に本物のピアノをたくさん用意するわけにいきません。
そこで、Harold Rhodes先生がピアノの代用品として発明したのが
【ローズ・ピアノ】。B17戦闘機の部品をビブラフォンのように音板としてズラっと並べて作ったトイピアノみたいなもので、たった29鍵しかない可愛らしい小さな楽器だったようです。
職業訓練のツールから家庭向け商品を経てロックの世界へ
このように兵士たちのリハビリを兼ねた職業訓練のためのツールとして戦場で生み出されたローズ・ピアノ。戦争が終わると、今度は家庭向けの練習用ピアノとして商品化されます。その過程で、内部にピックアップ(マイク)を取り付けて電気の力で音を増幅するというシステムも開発されました。
ただ、まぁあくまでピアノの代用品ですから、楽器としては大して評価されなかったというか、少なくとも音楽業界や楽器業界にはほぼ見向きもされていなかったんです。
ところが1960年代に入ってロックという音楽が市民権を得ると、風向きが
変わってきます。というのもエレキギターやエレキベース、といった大音量の楽器で音楽がやかましく奏でられるようになると電気の力で音量を増幅させられるピアノっていうのは意外と使えるんじゃないか?となるわけです。
エレキに負けない音量が出て、且つロックバンドで使える鍵盤楽器って何かないかな〜と世の中が探し始めたタイミングで「あ、戦場で使ってたアレあるじゃん!」という話になったわけです。その当時からロックの楽器文化を担っていたフェンダーという楽器メーカーがこのローズ・ピアノに目をつけて、ローズ社と手を組みロックバンド向けにリファインした電気ピアノを
共同開発したんです。それで出来上がった楽器に『フェンダーローズ』
という商品名を付けましてロックミュージシャンに売り始めます。
ロックミュージシャンの間で広まるローズ・ピアノ
その一番最初のモデルを使ったのがThe Beatlesの伝説の屋上コンサートで
演奏したBilly Prestonです。なんせ世界中のロックアイコンであるThe Beatlesがその最後のコンサートで使ったことでロックミュージシャンの間にもどんどん広まっていくわけです。
ちなみにThe Beatlesよりも一足早くDoorsというバンドがこのローズピアノの低音部だけを抜き取った『フェンダーローズ・ピアノベース』という楽器をいち早く使い始めていたので、ロックシーンにおけるローズ・ピアノの
普及にはDoorsの功績も大きいということも付け加えておきます。
Miles Davisからジャズの世界、そして欠かせない楽器へ
The Beatlesの屋上ライヴとほぼ時を同じくしてジャズ系のミュージシャンもこの楽器を使い始めます。特に、ロックに触発されてエレクトリック楽器を多用し始めていたMiles Davisがこの楽器に目を付けます。
The Beatlesの屋上コンサートよりもちょっと前、1968年頃に自分のバンドのHerbie Hancockにこの楽器を弾いてみるように勧めるんですね。
Miles Davisが電気楽器を取り入れ始める頃のまさに最初のアルバムになるのが「Milles in the Sky」というアルバムで、この1曲目でHerbie Hancockが
弾いているのがローズ・ピアノです。
これ以降Miles Davisの薫陶を受けたHerbie HancockやChick Corea、あるいはJoe Zawinulといったジャズ・フュージョン系の名手たちによってこの楽器は
ジャズの世界で、あるいはジャズとロックが混ざり合って生まれたフュージョン〜AOR的な音楽には欠かせない楽器になってゆくというわけなんです。
ローズ・ピアノとウーリッツァー
Wikipediaのローズ・ピアノのページには、ローズ・ピアノを初めて大々的にジャズに導入したのはCannonball Adderleyの楽曲「Mercy, Mercy, Mercy」におけるJoe Zawinulであろう。なんて書かれているんですが、これはとんでもない間違いで、この曲はローズ・ピアノとは別のウーリッツァーという電気ピアノで演奏されています。音を聴いたら一発でわかります。
どこをどう聴いてもローズ・ピアノの音じゃないんですよね。
Cannonball Adderleyの「Mercy, Mercy, Mercy」は典型的なウーリッツァーのサウンドが楽しめる曲として是非オススメしたいくらいの曲です。
初期のローズ・ピアノは音が太くて歪っぽいので、ウーリッツァーぽく聴こえることもあるんですが、逆にウーリッツァーの音をローズと間違えるっていうのは100%ありえないです。
ローズ・ピアノの素の音
ただ、ローズ・ピアノはトレモロとかフェイザーとかコーラスとか、
何かとエフェクターをかけて演奏される楽器なので、楽器の素の音が聴ける曲って意外と少ないのは事実なんです。そこで今回は珍しく何のエフェクトもかかっていないローズ・ピアノの素の音が使われている曲を聴いていただきたいと思います。多分これを聴くと金属のバーを叩いて音が出ているっていうローズ・ピアノの性質が非常にわかりやすいと思います。
特にイントロは他の楽器が入っていなくてわかりやすいので、
是非注目してお聴きください。
James Taylorで『Let It All Fall Down』
youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。
金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。