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強い思い、強い興味が巡り合わせを引き寄せる。加島美術vol.3

日本に国宝がいくつあるかご存じだろうか? 答えは、1137件である(2024年現在)。重要文化財の数はおよそその13倍に及ぶ。これらは価値の頂点を極めた名品のエリートと言っても過言ではないが、実は新たな品が追加されることで国宝と重要文化財の件数は年々増え続けている。美は身近で眠っているのだ。今回は古美術の聖地である京橋に若くして日本美術の画廊を構える加島林衛氏を訪ね、4回にわけて話をうかがうシリーズの第3回目となる。
AI技術の隆盛でいかに速く目的を達成するかというタイムパフォーマンスに注目が集まる一方で、対極として『アート思考』がブームとなっている。この言葉はさまざまに解釈されているが、ここではアートを鑑賞する感性を身につけ、感動に至ることができる技術だと捉えてみたい。ロジカルに割り切ることが良かれとされる時代だからこそ、感じる心を研ぎ澄ませ、美術品がもたらす味わいに身を任せてみよう。


■話し手
加島林衛(かしま しげよし)
1974年、東京生まれ。株式会社加島美術 代表取締役。

メトロポリタン美術館所蔵の屏風の来歴

--今回はシリーズ3回目です。美術品との出会いや埋もれた作家の発掘を中心にお話を聞かせてください。よろしくお願いいたします。

加島:よろしくお願いします。

--発掘といえば、面白い出会いがありました。前回こちらに来た時に東京ステーションギャラリーの甲斐荘楠音(かいのしょうただおと。大正時代に画壇を席巻するも長らく仕事の全貌が顧みられることがなかった忘れられた画家)の展覧会のポスターが貼ってありました。横たわった女性の絵に惹かれてすぐ見に行きました。

画像:甲斐荘楠音《春》1929 メトロポリタン美術館、ニューヨーク Purchase, Brooke Russell Astor Bequest and Mary Livingston Griggs and Mary Griggs Burke Foundation Fund, 2019 / 2019.366 出典:美術手帖

これは90年間、関西の個人が持っていた屏風絵で海外の美術館に買われて里帰りしたと解説にありました。本物はポスター以上に力があり、これほどの力量の作家さんが埋もれていたとは驚きました。

加島:ニューヨークのメトロポリタン美術館所蔵の屏風ですよね。あれはうちが納めたものなのですよ。

--そうだったんですか! メトロポリタン美術館といえば、世界中のアーティストが収蔵されることを夢見る場所です。あの屏風を購入されたメトロポリタンさんも、もともと見つけ出した加島さんの審美眼もすごいですね。なかなかあれほどの作品には巡り合えない気がします。

加島:お金がどうこうという問題ではなく、作品と縁あって巡り合える、この巡り合わせが実はなかなか大変です。

--加島美術さんの過去の記録を拝見していますと、足利義満や伊達正宗の手紙、後水尾天皇や織田信長にさからった松永久秀ゆかりの品などをお持ちのお客様がいらっしゃいますね。そういったものは美術館が所蔵するのが通常だと思っていました。

加島:ええ、実際には個人間で流通しているものが多いのです。このことを私も発信し続けていきたいと思っています。ちなみに後ろに飾っている曾我蕭白(そがしょうはく)の作品は三重県の方からお話をいただいたものです。蕭白の唐獅子の作品は国の重要文化財に指定されているものとそれ以外では2つ3つぐらいしかなく、そのうちの1つなのです。そういうなかなか巡り合えないようなものと巡り合える仕事という意味でいくと、この古美術商の仕事は非常に魅力的です。

--人がよいものとの巡り合わせを仲介してくださるんですね。

加島:そうですね。そして不思議なものでとても強い思いを持つことで、ものと巡り合える機会は確率として高まってきます。具体的な裏付けがあるわけではなく、私の経験から来ることなのですが。例えば円山應挙(まるやまおうきょ)のコレクターのお客様が「應挙のいいものがあったらぜひ欲しい」とおっしゃったとします。必死に一緒に探していくわけです。そうすると不思議なもので、ある時に大変珍しいものとの巡り合わせが生まれる。強い思い、強い興味、強い意欲、そういうものが自然と巡り合わせにつながるのだなというのはあります。

この日本という国には様々な地方があって、その土地に古い歴史がある旧家がまだまだあったりしますから、そういったところからいつどんな形で歴史的なものが出てくるかというのはわからないですよね。こちらとしては機会が生まれるように、思いをもって足しげく行脚して情報を収集することぐらいしかできません。

過小評価されていた渡邊省亭

--美術商の仕事の基本は、眼で見て価値を見抜くことかと思います。その醍醐味とはなんでしょうか。

加島:醍醐味というか自身の感性が試されているという感じはあります。私の例でいうと、ちょうど今、1階の入り口に飾っている渡邊省亭(わたなべせいてい。明治から大正期の日本画家。日本的な美意識と西洋的な写実を融合させた花鳥画が特徴)ですが、昨今とても人気が出てきて、当然のことながら市場でも価値が上がってきています。

写真:渡邊省亭《四季花鳥(春 杉に山鳩・夏 木角豆鵲・秋 白芙蓉・冬 雪松に鷹)》
出典:加島美術

私が東京に戻った18年ぐらい前には、省亭はまだ20、30万円くらいでした。当時から技術、感性まで総合的に見て過小評価されていると思っていました。そういった価値をいち早く見抜き、それに伴っていろいろな美術関係の先生方などの力があって、今は認められてきている。これが省亭という一つの良い美術品、美術作家を見出すことができたという自負につながっています、「自分の見方は間違っていなかった」というふうに。こういったところが美術商冥利につきますね。

--確かに美術館へ行くと渡邊省亭の特集が組まれて名前が頻繁に目に入る時期がありました。美術館へ働きかけをされたのですか。

加島:その時は行いましたね。そのように魅力的だと思う作家は他にもいるので、今後も改めて世に推し出していきたいなと思います。

--それは誰ですか。

加島:まだどうなるかわからないですが、昭和の戦後の画家で、富岡惣一郎(とみおかそういちろう)という油絵の画家がいるのですが、彼は、今一度再評価されるべきだと思っています。富岡惣一郎の魅力についてはここでは伝えきれないですね。

--それは楽しみです。省亭のように画家が再発見されていく過程の裏側では美術商の方がその価値を美術館に働きかけていくことがあるのですね。

加島:もちろん美術館側がされている企画もあると思います。近年、日本では徐々に美術商と公的な美術館との距離感というのは近くなってきていますが、世界的に見たらまだ壁が残っていると感じます。海外では美術商と美術館は距離が近いので、さらに近づきあって関わることができるという時代に早くなってほしいと思っています。

素晴らしいコレクションを作っていただくために


--これまで扱ってきて売りたくないと思った品はありますか。

加島:やはり私の場合は美術商という立場にいますので、その作品を理解してお求めいただける方がいらっしゃる以上、金額的な折合はあるにせよ、お譲りするというスタンスは貫いています。なので、売りたくない、売らないというものはありません。ただ、手放すのが惜しいなという思いがある作品は確かにあります。幸いまだ売れてはいないところで、曾我蕭白がありますね。

--やはり人間ですからありますよね(笑)。

加島:ただ、父からの教えで、常にすべての作品を平等に見ていく、そして商品であるというふうに腹をくくっています。お客様に素晴らしいコレクションを作っていただくのが仕事です。自身がコレクションしたいというふうになる時はこの仕事を一区切りする時かなと思っていますね。

--こういった名品があると来店したいと思う方もいると思いますが、画廊を訪問する準備を教えてもらえますか。

加島:ギャラリーに足を踏み入れる時には、多少知識があった方が楽しめると思います。やはり以前も申しましたが最初は東京国立博物館や根津美術館、山種美術館などを見て学ばれてくるのがおすすめです。

来店されたらお店のご主人もそうですし、うちでしたら営業のスタッフがいますので、気軽に意見交換するのはどうでしょうか。「この作品の制作はいつ頃ですか」「そういう見方があるんですね」などと話を聞きながら徐々に自身の知識に枝葉をつけていく。そして機会を見て購入というものを目的としていくという流れでしょうか。あとはマナーになりますが、基本的に美術品には手を触れないということが絶対条件です。

いつか扱いたい憧れの品

--尊敬する美術商はいらっしゃいますか。

加島:もう亡くなられましたが、日本橋に坂本五郎さん(古美術店「不言堂」の経営者。1972年にロンドンの競売で、中国・元時代の「青花釉裏紅大壺」を約1億8千万円という当時の東洋陶磁の世界最高価格で落札した。国際美術市場で中国古陶磁の評価を高めた)という方がいらっしゃいました。そのおじいさんとは生前から様々なお話をさせていただきました。日本経済新聞の『私の履歴書』で美術商として初めてコラムを書いた方で、台湾の故宮博物館に作品を寄贈されるなどしています。そういったところを含めて生き様が素晴らしい方でした。いつの時代にも歴史に名を残せるくらいの美術商はいまして、そういった方々からご指導を受けるなかで金言のような言葉を頂いていくつか心に留めているものがあります。

--どんな言葉が印象に残っていますか。

加島:「必ず3回は素晴らしいものと出会う機会はあるはずだ」という言葉を頂いたことがありました。しかし、古美術の絶対数が減っているなかで3回というよりも1回になってしまっているかもしれないという感じです。その方々の商いの時代と同じやり方をして、現代に素晴らしい作品と出会えるかどうかというと少し違うのではないかと思います。いつの時代も変化していっていますから。

--扱いたい品はありますか。

加島:もちろん数限りなく。先ほども申した通り、古美術は基本的には一点しかないものと、どこでどう巡り合えるかが鍵を握る世界ですから。その機会が訪れれば扱ってみたいものが無限にあります。

--加島さんのような方が憧れるのはどんな品ですか。

加島:普通にこの世にはないだろうと思われているものが、実際はまだあったということがあるのです。近年では運慶作と言われる仏像が栃木の方から出てきたことがありました。そういった希少なものと巡り合える機会があって自分が関われたら、これほどの美術商冥利はないと思いますし、これ以上の幸せはないですね。

--ありがとうございます。(vol.4へ続く)

株式会社加島美術
1988年創業の東京・京橋に店舗を構える画廊。中世から近代までの日本画・書画・洋画・工芸など日本美術を取り扱っている。定期的な販売催事や選りすぐりの優品をご紹介する日本美術を中心に取り扱う画廊。展示販売会「美祭 撰 -BISAI SEN-」、日本美術に特化したインターネットオークション「廻 -MEGURU-」、イベントなどを通じて新たな美術ファンの開拓を行っている。公共機関や美術館への作品納入も行なっている。
店舗住所:〒104-0031 東京都中央区京橋3-3-2
https://www.kashima-arts.co.jp/

「廻 -MEGURU-」とは
⽇本美術をもっと気軽に、安⼼して、正しく売買してもらうために2019年に始まったのが、⽇本美術に特化したオークション「美術品入札会 廻-MEGURU-」だ。国内外の美術品を売りたい⼈と買いたい⼈をつなぐプラットフォームとして、全国から出品された作品が揃う。2021年にはインターネットオークション「廻 -MEGURU- オンライン」がスタートし、アート初心者も構えず参加できる身近なプラットフォームへと進化を続けている。

「美術品入札会 廻 -MEGURU-」:https://meguru-auction.jp/
「廻 -MEGURU- オンライン」:https://www.meguru-online.jp/


取材・執筆:杉村五帆

執筆者プロフィール
杉村五帆(すぎむら・いつほ)。株式会社VOICE OF ART 代表取締役。20年あまり一般企業に勤務した後、イギリス貴族出身のアートディーラーにをビジネスパートナーに持つゲージギャラリー加藤昌孝氏に師事し、40代でアートビジネスの道へ進む。美術館、画廊、画家、絵画コレクターなど美術品の価値をシビアな眼で見抜くプロたちによる講演の主催、執筆、アートディーリングを行う。美術による知的好奇心の喚起、さらに人生とビジネスに与える好影響について日々探究している。
https://www.voiceofart.jp/

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