大統領選挙前に観ておきたい映画『スイング・ステート』~米国選挙もカネ次第!?
『スイング・ステート』2020年/ジョン・スチュワート監督
日本も裏金・政治資金不記載問題に揺れているが、アメリカも!?
選挙制度の皮肉と矛盾、リベラル自虐コメディを通じて学べて、大統領選挙が少し違って見える作品。
「鎖の強さは"最も弱い輪"で決まる」
舞台は中西部のウィスコンシン州。ここは選挙のたびに民主党にも共和党にも揺れ動く"スイング・ステート"の一つ。シカゴに近く、全米23位の人口589万人を有する伝統的で平均的な米国の州の一つ。
産業の基幹だった工場地帯は今や見捨てられ「さび付いた地帯」と揶揄され、市の財政は基地も撤退して補助金がなくなり火の車。
ついに町議会は米国市民権か州の運転免許を持っていない不法移民への社会福祉や補助金を取りやめることを採決。
その議会の公聴席に採決が始まった直後に一人の中年男性ジャックが扉を開けて乱入。
ジャックは町長に「これは悪いアイディアだ。勝手な理由で住民を裏切るな」と言い、町長は「不正受給者を排除すべきだ」と反論。
ジャックは「良い時代に強がるのは簡単。問題は悪い時だ。そこで正義を貫けないならそれは主義じゃなく趣味だ」と聴衆に呼びかけました。
このやりとりが動画サイトに投稿され、ヒラリー・クリントンの選挙参謀も務めた民主党の選挙を仕切るゲイリー(主人公)の目に留まります。
ゲイリーはヒラリーが余裕で勝てた大統領選にまさかの敗北を喫したことで意気消沈、自堕落な生活をしていました。
ジャックは海兵隊の退役軍人で、現在は農家を手伝っている男やもめ。
多くの人の共感を呼びそうなこの人物像のジャックを使って、ゲイリーは赤い州に揺れ動きつつあるウィスコンシンで、民主党の弱い田舎の票をこの前哨戦となる町長選挙で50年ぶりに取り込むことができればその布石になると考え、自分たちが支援すれば共和党候補に大勝できると楽観的に目論見み、ゲイリーは、ジャックに「民主党から町長選へ出馬しないか」と打診するためにウィスコンシンへ乗り込みます。
秘書が予約しようとする現地の車はリベラル野郎がやって来たと思われないためにBMWシリーズ7(900〜1500万円の高級価格帯)から隣の州に本社や工場を構えるフォード製の地味なものへ変えさせる撤退ぶり。
飛行機の中ではWikipediaでウィスコンシン州の情報を学び、機内食はオーダーメイド。
地味なアメリカ車なのに高級オーディオからお気に入りの音楽で町までドライブしますが、町に近づくと地元のローカルラジオに切り替え町に溶け込もうとします。
しかし都会育ちのエリートの思惑はなかなか思うようにいかず数々のどんでん返しが…。
物語の端々に偏りすぎた米国のリベラルの自虐、保守的な価値観への皮肉・矛盾もちりばめられていてその演出の巧みさに思わずニヤリ。
日本でも衆議院選挙が間もなく行われ、裏金・不記載問題などに対する処遇も一つの話題となっていますが、何処の国でも「政治とカネ」の問題はあるということです。
耳当たりの良い言葉になびいてしまいやすいポピュリズム、または衆愚政治に陥らないためには一人一人が自分のこと(ミクロ)だけでなく、社会(マクロ)で物事を考える癖を持つ必要があることを改めて感じさせてくれます。
ここからは物語の中で登場する「PAC(Political Action Committee/政治活動委員会)」について触れたいと思います。(作品のネタバレを含みます)
PACは立候補者から”独立”した企業・市民グループが設立する"任意の組織"を指し、日本的にいえば「政策研究会」(派閥)に近いでしょうか。
元来、米国では政治団体への献金に上限を設ける規制があり、富を持つ者の意見に偏った政策が打たれないようにする"安全弁"でもありました。
しかし2010年に連邦裁判所*は、候補者と"直接意思"を通じることなく支出を行う政治団体に対する寄附に制限を掛けるそれまでの法律を違憲としました。
これ以降はPACを「スーパーPAC」と呼ぶようになり、候補者から"独立"した政治団体を設立すれば"青天井"で政治献金を"非課税"で寄附する事が出来る事に。
しかもスーパーPACの支出は"非開示"で良く、その資金の使い道は米国政治におけるブラックボックスと化しています。
近年の米国大統領選挙はまるでコンサートのような華やかなシーンが報じられますが、2020年大統領選挙では34億㌦超をスーパーPACが集めたとされています。例えばトランプ候補の数々の訴訟費用等もこうしたスーパーPACを介して捻出されてきました。
また2024年大統領選挙で民主党はバイデン大統領が2期目に出馬する前提で「バイデン大統領候補・ハリス副大統領候補選挙活動委員会」として9600万㌦の政治資金を集めていました。
しかし8月下旬にバイデン撤退となった際にこの政治資金を解散(返金)してゼロから集めるとなればトランプ大統領候補に大きく出遅れてしまうため、ハリス大統領候補として流用することを選択しました。
もし他の候補者を擁立する事になった場合に民主党はスーパーPACを介して、政治資金を移転して大統領選挙に活用する案が実際に模索されていたとされています。
米国大統領選挙は二大政党から出馬しないと実質的に戦えず、予備選から撤退する際に候補者は〇〇を支持すると表明してスーパーPACを介してその支持者へ政治資金の移転が行います。
選挙人だけでなく、政治資金でも勝者総取りが出来てしまうのが米国選挙です。
ハリス候補はバイデン大統領が撤退発表後の8月単月で3億6100万㌦、トランプ候補は同月に1億3000万㌦の資金を調達。
その後、トランプ候補は暗殺未遂事件を経て世界第一位の資産家イーロン・マスクを大統領選挙を1回目の銃撃事件後に支援者に迎え、月4500万㌦の献金を発表。
一方でハリス候補の献金の95%は一口200㌦以下の小口、女性からの寄附が6割以上を占めているともされています。
こうしたことを考えると果たして米国大統領選挙は民主主義の体裁を取りながらも、実質的に金のチカラが動かしている側面も見えてきますね。
これを資本主義と呼ぶべきなのか、金権政治と呼ぶべきかのか、しかし米国市民の有権者が投票する民主主義でもあり非常に混沌としています。
さて、大統領選挙は11/5(日本時間11/6未明)…即日決着にはならず数日もつれる事も予想されます。果たしてどんな結末が待っているのでしょうか。
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