ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 ≪春≫ Op.24
L.v.ベートーヴェン(1770-1827)
この作品はヴァイオリン・ソナタ第4番とほぼ同時期の1801年に作曲され、モーリッツ・フォン・フリース伯爵に捧げられた。ベートーヴェンは交響曲第5番《運命》と、第6番《田園》に見られるように、性格の異なる2つの作品を同時期に書くということがしばしばあるが、この2つのソナタもまた、第4番は暗く反抗的で情熱が内向していくのに対し、第5番は明るく伸びやかで温かいといった性格を持ち、全く異なる曲想を持っていることが分かる。《春》というタイトルはベートーヴェン自身が付けたものではなく、この曲を聴いた人が付けたニックネームである。
このソナタを作曲したのは、ウィーン時代初期の最後の時期で、一連の器楽創作の面で自身の個性を確立した頃である。この作品に先立って1800年に交響曲第1番を完成し、この作曲の年に有名なピアノ・ソナタ第14番《月光》(Op.27-2)も作曲されている。ソナタ形式の創作において、ベートーヴェンはこれまでの伝統的な作曲法を完璧にマスターし、自分の独自のソナタを模索していた時期にも当たる。そのような意味でもこのヴァイオリン・ソナタ第5番は彼の初期の創作の頂点に位置している。
第1楽章 Allegro ヘ長調 4分の4拍子
ソナタ形式。冒頭の第一主題は、爽やかで暖かみのある、流れるような旋律である。4小節目(C-B♭)と6小節目の(F-E)に現れる、2つの音の後の方が下がる音型は、バロック時代から定着している書法のひとつで「願望の動機」とも言われている。ベートーヴェンはこの動機に愛着を持っており、多くの作品(交響曲第9番の3楽章やヴァイオリン・ソナタ第1番の2楽章など)に用いている。第2主題は第1主題とは対照的に力強く推進力を持っている。展開部で初めて現れる3連音符は、緊張を高める意味でとても効果的に使われている。
第2楽章 Adagio molto espressivo 変ロ長調 4分の3拍子
後期ロマン派を思わすように美しく、幸福感や憧れが漂う楽章である。この楽章にも「願望の動機」が使われており、ベートーヴェンは幸せの時の到来を深く望んでいるのではないかと思われる。この楽章は特定の形式に従っておらず、一種の変奏曲的な書法で作曲されている。
第3楽章 Scherzo Allegro molto ヘ長調 4分の3拍子
とても短い楽章で、第2楽章から第4楽章への橋渡し、または間奏曲的な性格を持つ。全体は3つの部分からなり、主部はピアノで軽やかに始まり、トリオ部分はヴァイオリンとピアノの3度、6度の音階の上昇および下降の音型が特徴的である。
第4楽章 Rondo Allegro ma non troppo ヘ長調 2分の2拍子
3つの主題を持つロンド形式。冒頭のピアノによる旋律がこの楽章のロンド主題である。途中ハ短調の第2主題を経て、再びロンド主題が現れる。次に強いシンコペーションによる第3主題が奏される。コーダの部分は過ぎ去って行く春を懐かしんでいるように感じられる。
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