海と過去の話
これはまだ自分が魔法の国にいた時のことで、もう随分と過去の話。
魔法の国の魔法学校には初等部とか中等部とか、こっちでいう小学校や中学校みたいなものがあって、その子とは中等部で出会った。なんで会ったんだっけなあ、たぶん最初は友達の友達って位置付けだった。
第一印象は互いに最悪だった。あ、こいつ合わなそうだな。私はその子に粗野な印象を受けたし、その子は後から聞いたら私のことをいい子ちゃんの八方美人だと思ったらしかった。仲良くなることは、まあ、ないだろうなあ。そんな感じの空気が流れていた。
違った。
好きなものが同じ。好きな音楽が同じ。趣味が同じ。クラスは違ったのに、すごく仲が良くなった。ほとんど2人でしか話さないSNSのアカウントがあって、毎晩内緒話をして。厭世的で、後ろ向きで、こんな世界バカみたいだよねって笑った。粗野だと思ったあの子は、思っていたよりもよっぽど繊細なこころの持ち主だった。
たぶん、互いが互いの特別だった。
高等部、私は外部の魔法学校に行って、その子は魔法に関わらない学校に行ったから、その子と同じクラスになることは終ぞ無かった。それでも帰り道にわざと遠回りして一緒に帰った。一緒にご飯を食べた。電車でイヤホンを分け合いながら音楽を聴いた。
手を繋いで、ひとつのポケットにふたりで手を突っ込んだ。
冬に花火をした。夏にクーラーをかけながらくっついて寝た。クリスマス、夜中にピアスを開けてあげた。毎年夏祭りに行った。頻繁に泊まりに行った。アイスもあんまんも半分こだった。
海を見ると思い出す。毎年冬に、寒がりながら一緒に海を見に行ったこと。
冬は海に訪れる人が少ないから、波音を聞きながら誰にも邪魔されずに好きな曲が好きなだけ聴けるのだ。まるで世界に私たちだけになったような気分だった。星を見て、高い空に白い息が解けて消えて、体の芯が冷えるまで互いに好きな曲をかける。
一緒に過ごす時間がどうしようもなくしあわせだった。
たとえその子の口から恋人の愚痴が出てきても、よしよしと頭を撫でた。だいじょうぶだよ。つかれたね。私ならそんな思いさせないのにね。私にしたらいいのにさ。そんな言葉を飲み込んで、抱きしめて背中を撫でた。すきな女の子の口から出てくる女の子の話は、ほんとうはちっとも聞きたくなかった。
高等部を卒業したあと、魔法少女試験の影響で地元を離れることになった。もしかしたらほんの少し、あの子から離れたくなった気持ちもあった、のかもしれない。わからない。なんだかすごく、全てを終わらせてしまいたくなっていた。筆を置くことに近かった。区切りをつけたかった。悲しんでくれるかしらという悪戯心もあった。私のために悲しんでほしいと思うのは、性格が悪いかもしれない。
最後の日、絶対に会いに行くからねと、私よりも泣きながら抱きついてきた。そんなに泣かなくてもと思いながら、ちょっと嬉しかった。その子の中で私が小さな存在じゃなかったんだと思えた気がした。
それから私は、ありがとう、私も会いに行くね、と笑顔で嘘をついた。
この話はここで終わり。私たちはこれでおしまい。それが全てだった。
海を見ると、思い出すのだ。
いまでもずっと。あの温もりを。半分のイヤホンを。夜中の公園を。
これは内緒の過去の話。わたしと海と、過去の友人の話。