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ブロンソン氏の見果てぬ夢 ~著書「ライク・ア・ヴァージン」に見る氏の行動力

 一週間前のことになるが、ヴァージン・グループの創始者として知られているリチャード・ブロンソン氏が宇宙遊泳を行った。今日は氏の著書「ライク・ア・ヴァージン」について書いてみたい。ヴァージンのグループ企業の一つであるヴァージン・ギャラクティックは、宇宙飛行士になりたい出資者を既に民間から500人、出資額合計5000万ドル集めている(※)。氏の宇宙遊泳は、企業のコマーシャルであると同時に、実際に齢70歳の人間が宇宙遊泳をするとはどういうことかを身を持って示したという点で画期的なデモンストレーションであった。
(※ 「ライク・ア・ヴァージン」執筆の時点での数字。)

 なお今月後半には、アマゾン・ドット・コムの創業者であるジェフ・ベゾス氏も同じく宇宙遊泳に飛び立つ。ブロンソン氏はベゾス氏へのライバル心によって打ち上げを早めたという話も聞く。両氏が宇宙に行くのを見て「よし俺も!」と闘志を燃やすビジネス界の大物も少なからずいることだろう。
 話がそれたが、氏のレコード会社設立から宇宙遊泳までの、ビジネスと人生に対する考え方は、最近読んだ本の中でも特に印象的だった。

第10章 民間宇宙旅行 ヴァージンの新たな挑戦

 ヴァージン・ギャラクティックの宇宙遊泳が実現する何十年も前から、氏は宇宙に興味を持っていたことが本章から分かる。まずスペースシャトルの事故(40年前)によって、宇宙旅行の夢が一時的にごく少数の宇宙飛行士のものだけになってしまったという「過去」の後に、技術の進歩がその状況を一変させようとしている「現在」を持ってくるという、力強い構成となっている。
 氏は、宇宙でのビジネスの発展には「コストが障壁になっている」という問題を説明した後、他のほとんどの産業が過去40年間で変化を遂げてきたのと同様、宇宙旅行も例外ではない、と問題を解決するのが「技術の進歩」であることを明確にする。そして「地球の外に太陽光発電パネルを設置し、電力を生み出すことも可能」と具体的な宇宙ビジネスの例を挙げて説明している。
 本書の中では一章分に過ぎないが、ヴァージン・ギャラクティックという会社が、単に宇宙旅行が目的なのではなく、これから何十年にも渡って産業として成長していく「宇宙ビジネス」の一歩に過ぎないことが分かる。

第6章 ゴリアテ、覚悟しろ
 氏は自身を「投石器と石ころだけで、巨人ゴリアテに立ち向かうダビデ(※)」のようだと形容している。起業家としての経験から「必要なのは巨人の弱みを知り、それを最大限に生かすことだ」と述べている。
  氏が1984年に設立したヴァージン・アトランティック航空(現在はアラスカ航空が買収)が巨人ブリティッシュ・エアウェイズに戦いを挑んだ時「勝ち目はほとんどなかった」と振り返る。それでも「ライバルの大企業にはコストがかかりすぎてとても真似できない顧客サービスも可能になった」と具体例を挙げて説明してくれる。過去に2回ヴァージン・アトランティック航空を利用したことがあるが、特に何か特別なサービスを注文したわけではないにせよ、従業員の対応からサービスが一味違う印象を持ったのを覚えている。


  本章にもヴァージン・ギャラクティックについて、民間宇宙旅行ではおそらく最大手といえる分野であると言えるが、「最大手」の持つ典型的なイメージに当てはまらない、と氏は述べている。最王手の企業のトップが「これから実現するサービスを広く知ってもらうために命を懸けて宇宙を飛行する」とは確かに想像し難いかもしれない。

※ダビデとゴリアテは以下を参照してください。

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Osmar Schindler (1869-1927) - , パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1148038による

第37章 成功って何だろう?

 特に大学生からアドバイスを求めるメールが山のように来る、という話から氏はこの章を始める。氏の知名度を考えれば当然であろう。この章では、そういった個別の質問に対して回答するわけではない。しかし、実際にそういったメールに眼を通した上で、ある種の回答を提示しているとも言える。

 その回答は、そもそも「成功」とは何か?というところから始まる。そしてビジネスの成功はどれだけ利益をあげるかとは無関係である、と。自身の経験から得られた氏の回答は、
「ビジネスにおける成功の指標に最もふさわしいのは、あなたが心から誇りに思える何かを生み出したか、そして他の人々の人生に本物の変化をもたらしたかだ。」
という氏のこれまでな人生を総括するようなメッセージとなっている。同時に「ビジネスにおいても人生においても大切なのは、何かポジティブな行動を起こすことだ」と明確な行動方針を示している。

 氏がビジネスを進める上で、上記のようなことを常に念頭に置いているとすれば、おそらく一番最初に「このビジネスで最終的にどんな変化を起こすことが出来るか」という明確なビジョンを持ち、それを忘れないということではないだろうか。
 どんな人であれ、自分のやっていることがポジティブな影響を与えられるかどうか、それを自分で判断するのは、時には難しいことかもしれない。特に組織の内外でいろいろな繋がりが出来た上で物事を進めるビジネスの場合、自分のすべてのアクションが、自分に関わるすべての人にポジティブな影響を与えられるとは限らない。
 それでも氏は様々なことをビジネスとしてやり遂げて、さらにその先に行こうとしている。「その先」には無限の銀河(ギャラクティック)が広がっているのだろう。

51章 悪いニュースは良いニュース?
 
 突然だが「行動力のある人、ない人」という括り方を普段から無意識のように自分はしてきたように思う。「どうしてそんなに行動力があるのですか」という質問をよくされる人(彼女はハリウッドで女優として活躍している日本人)の話を聞いたことがあるので、世間一般にもそういう括りがあるのだろう。「行動力」とは何で、行動力を測るような物差しはあるのだろうか。

 この章では氏が事業を拡大して企業幹部となった経験を元にして「(経営者として)行動を起こすことが大切なのだと社員に示し、勇気づけよう」と書かれている。「現場の実態がわからなくなっていると感じたら(中略)スタッフが日々どんなふうに過ごしているかを見に行くことだ」と説く。「どんな組織でも(中略)人の上に立つ人々が定期的に自ら現場で汗をかいたほうがいい」と述べる。

実際に氏がそうした行動をとったことが、例えば、何年か前に氏がヴァージン・アトランティック航空のオフィスを訪れて、仮眠をとっていたクルーと共に写真を撮ってソーシャルメディアに投稿していたこと、からも分かる。クルーは眼を覚ました後で、氏が訪問していたことに気づいて驚いたことだろう。ソーシャルメディアでは「茶目っ気のあるブロンソン氏」の話題として広がっていたかもしれないが、一方で、氏は本書で述べられている通りの行動をとっていたに過ぎないのだろう。

 「行動力」とは一人で海を渡って女優として活躍する、という個人のアクションだけでなく、一つの企業の中で全体を注視する幹部という役割の中でも発揮されるものである、という学びがあった。自分はハリウッドの俳優にも大企業の幹部にも、なることはなさそうだが「行動を起こすことが大切なのだ」と、先日の氏の宇宙遊泳を見てあらためて思った。

 本書「ライク・ア・ヴァージン」は80年代のマドンナのヒット曲のタイトルでもある。80年代に音楽産業から始まったヴァージン・グループの総帥は、2021年の今でもその頃のように「ヴァージン」であろうとしているだけなのかもしれない。

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