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マンガ100年のあゆみ|1980〜90年代編 ラブコメ、ニューウェーブの台頭~マンガ雑誌の黄金時代【前編】

執筆者:伊藤 和弘(記事協力:マンバ

2023年は日本初の日刊連載マンガ「正チャンの冒険」の連載開始からちょうど100年。その間、マンガはさまざまな発展を繰り返し、現在では全世界で楽しまれている日本が誇る文化のひとつとなりました。そんなマンガの100年間のあゆみを、多彩な執筆陣によるリレー連載の形式でふりかえります。
今回は、『「週刊少年マガジン」はどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか?』(星海社新書)の著者であり、さまざまな分野で執筆活動を続ける、ライターの伊藤和弘さんに1980年代〜90年代のマンガについて寄稿していただきました!!

1960年代編・1970年代編も併せてお楽しみください!

「ラブコメ」が大ブームに

1970年代終わりから80年代初めは、マンガ史における重要な変化がいくつも起きた激動の時代だ。

まず少年マンガの世界では“ラブコメ(ラブコメディ)”ブームである。以前から『愛と誠』(梶原一騎・ながやす巧)など、少年マンガにも「男女の恋愛」をテーマにしたものがなかったわけではない。それに加えて、ラブコメではあくまで軽いタッチでコミカルに恋愛が描かれた。その背景には梶原一騎に代表される暑苦しい「熱血」が飽きられてきたことや、1970年代編でも触れたように少女マンガを読む男性が増えたことなどが挙げられる。

もともと少女マンガのものだったラブコメを初めて本格的に少年マンガに導入したのは、78年に「週刊少年マガジン」(講談社)で始まった『翔んだカップル』(柳沢きみお)とされている。しかし「マガジン」で始まったラブコメは「週刊少年サンデー」(小学館)で花開く。『翔んだカップル』から半年後、「サンデー」78年39号から『うる星やつら』(高橋留美子)の連載が始まり、大反響を呼んだのだ。

左:『翔んだカップル』1巻 柳沢きみお(ビーグリー)
右:『うる星やつら』[新装版]1巻 高橋留美子(小学館)

そこに81年から『タッチ』(あだち充)も加わる。70年のデビュー以来、あだちは主に「サンデー」で原作つきの熱血野球マンガを描いていたが、長いこと鳴かず飛ばずだった。担当編集者・武居俊樹の異動で「週刊少女コミック」(小学館)に描いた『陽あたり良好!』で初のヒット。この少女マンガの経験もプラスに働いたのだろう。

さらに『ただいま授業中!』(岡崎つぐお)や『さよなら三角』(原秀則)など、一気にラブコメが増えた「サンデー」は新たに女性読者をつかみ、83年には同誌最大部数となる228万部を記録。「マガジン」を抜いて首位の「週刊少年ジャンプ」(集英社)に肉薄し、“ギャグのサンデー”と呼ばれた60年代に続く第2次黄金時代を築いた。その勢いに恐れをなした「ジャンプ」編集部では、有名な「友情・努力・勝利」のキーワードを「友情・勝利・愛」に変えることまで検討したという。

左:『ただいま授業中!』1巻 岡崎つぐお(ナンバーナイン)
右:『さよなら三角』1巻 原秀則(小学館)

元祖だった「マガジン」もラブコメに力を入れ、『胸さわぎの放課後』(村生ミオ)や『The♡かぼちゃワイン』(三浦みつる)といった作品を投入していく。それなりの支持は得たが、上品で中性的な「サンデー」に比べてエロティックな要素が強かったせいもあってか、女性読者がつくことはなかった。それから40年後の2020年代、“複数ヒロイン”を売りに「マガジン」では当時を上回るラブコメブームが巻き起こる。

左:『胸さわぎの放課後 』[合本版] 1巻 村生ミオ(SMART GATE Inc.)
右:『The♡かぼちゃワイン』1巻 三浦みつる(ビーグリー)

「ニューウェーブ」の衝撃

少年誌でラブコメが人気を呼び始めたころ、青年誌を中心に“ニューウェーブ”と呼ばれる一大ムーブメントが生まれた。

それまでのマンガは、少年マンガ、少女マンガ、劇画、と明確にジャンルが分かれていたが、そのような従来の枠組みに収まらない新しいタイプの作品とマンガ家が続々と現れてきたのだ。当時、ニューウェーブと呼ばれたのは、大友克洋、高野文子、さべあのま、いしいひさいち、吾妻ひでお、諸星大二郎といった面々だった。

中でもニューウェーブを代表する作家は『童夢』や『AKIRA』で多くのマンガ青年に衝撃を与えた大友克洋だ。

盛り上がりのない日常を淡々と描くストーリーも斬新だったが、大友の“新しさ”は何よりも「絵」にあった。小さい目、低い鼻、メリハリの乏しい女体など、人物はいかにも黄色人種の日本人であり、白人のようにカッコいい従来のマンガのキャラクターとはまったく違った。汚れも含めて細部までリアルに描かれた建築物、俯瞰を多用した大胆な構図もそれまでのマンガにはなかったものだ。それらの描写は“映画的”と評されることが多い。リアルといっても劇画のリアルとは違い、少年マンガ的でありながら少年マンガに分類するのもためらわれた。

大友の作風は当時のマンガ家志望者たちに多大な影響を与え、マンガ史上に「大友以後」というエポックをもたらした。この後にデビューしたマンガ家たちは多かれ少なかれ大友の影響を受けているという意味だ。浦沢直樹、土田世紀、吉田秋生など、人気マンガ家たちにも新人時代に大友との類似性を指摘された者は少なくない。

高橋留美子のように少年マンガを描く女性マンガ家もいれば、竹宮恵子(現・竹宮惠子)や萩尾望都のように本格SFを描く少女マンガ家もいる。そこに“新しい波”がやって来て、マンガ表現の幅はどんどん広がっていった。


後編は2023年4月27日公開予定です!

伊藤 和弘
ライター。1967年生まれ。マンガ、文芸、医療・健康分野を中心に執筆を続ける。著書に『「週刊少年マガジン」はどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか?』(星海社新書)など。現在、好書好日で「マンガ今昔物語」、現代ビジネスで「マンガ名作館」を連載中。Twitter:@itokazraita