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マンガ100年のあゆみ|マンガ史の最先端「webtoon」の面白さと難しさ【後編】

話し手:佐渡島庸平 聞き手:兎来栄寿(記事協力:マンバ

2023年は日本初の日刊連載マンガ「正チャンの冒険」の連載開始からちょうど100年。その間、マンガはさまざまな発展を繰り返し、現在では全世界で楽しまれている日本が誇る文化のひとつとなりました。そんなマンガの100年間のあゆみを、多彩な執筆陣によるリレー連載の形式でふりかえります。
今回は、『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』、『バガボンド』など数多くの大ヒット作を担当しながら独立して業界初のエージェント会社「コルク」を立ち上げ、従来の見開きマンガと並行してwebtoon制作にも取り組む佐渡島庸平さんに、今現在世界中で熱い注目を集める新たな形のマンガである「webtoon」についてインタビューで語っていただきました!

この記事は【後編】です。【前編】こちら。

「見られ方」に伴う表現の変化

――佐渡島さんはどのあたりに縦スクロールマンガの難しさを感じてらっしゃいますか?

佐渡島 webtoonそのものより別の例を言った方がわかりやすいかもしれないですね。例えば、『ドラゴン桜』・『ドラゴン桜2』のマンガ版の主人公の生徒たちは2人ずつ。でもドラマ版の場合、6人ずつ。マンガとTVドラマで映える人数が違う。また、手塚治虫さんや石ノ森章太郎さんの時代はマンガを雑誌で読むのが中心だったから各ページのコマの数は10~7コマとかあった。それが単行本が中心になったら、7~5コマ。コマ数が後からどんどん変わった。そして、最近スマホで読まれるのを意識して5~3に変わった。そういう風に変化してて。やっぱりどの速さで読むのか、どういう速さで縦スクロールの位置を読み終えたいのか、っていうのがみんな違うというか。例えば映画館行ったときに、映画を作る人たちが今すごく重視してることってわかります?

――う~ん……なんでしょう?

佐渡島 昔の人たちと比べて圧倒的に違うのが、「音楽」。クライマックスとかでどの音楽をどう使うかっていうところの工夫が、昔以上になってる。『君の名は。』とかもそうだけど、エンディングだけじゃなくて真ん中でも音楽をすごく丁寧に使う。これ、何で起きるか? 倍速にされたくないんですよ。ミュージックビデオを倍速で観る人はいないでしょ。だから、映画を作る人たちはどうやって倍速にされずに映画館で楽しみたいものを作れるかってことを考えてるわけです。

――なるほど。確かにそこはファスト映画などでは味わえず、映画館だからこそ体験できる魅力ですね。

佐渡島 YouTubeを作る人たちって、倍速にされる前提で文字テロップを出しておいて、倍速にされても面白いことを作ろうとしていて。だから同じ動画でもその撮り方や作るときに神経を使うポイント、UI/UXが全然違うと。その昔ガラケーのときのUI/UXとスマホのUI/UXが全然違ったように。その差というものに対して、日本はうまく追いつけなかった。それと同じで、あまりにも見開きマンガでたくさんの技術を磨いたがゆえに、簡単に縦スクロールマンガの技術に行けないというところもあるわけです。

従来型のマンガのようにモノクロで情報を伝えようと思うと、線を相当描き込まないといけなくて、すごく大変だった。けど例えば、緑と白と赤の3色が横に並んでいたらセブンイレブン、白と青だったらローソンを思い浮かべるように、背景に色を入れると「コンビニなんだ」とか「学校なんだ」というのが線の描き込みがなくても相当わかる。今までは線やトーンで情報量を出さないといけなかったけど、色によってキャラクターの感情だったりだとか、いる場所の情報が足せる。日本ではモノクロ作画の工夫は何十年間分も溜まってるんだけど、色の工夫ということでいうと、印刷されて雑誌や本になったときの色合いとかしかなくて。でも韓国だと単行本化がされないから、ディスプレイやスマートフォンで見たときの発色がいいかどうかといったところを見ていて。

――日本ではそういう経験値を長年積んで来ている方はあまり多くなさそうですね。

佐渡島 だから縦スクロールってゲーム会社のイラストレーターたちがいっぱい今入ってきてて。彼らの持っているイラスト制作の知見はいいんです。しかし、画面が縦に移動するっていう時間の概念がないんです。画面が縦に移動してるカメラワークで何が気持ちいいのかっていうのは、これはもう全く未知数で。韓国でもそこの知見がどんどん積めてるようなスタジオはまだ5つぐらいしかない。だから日本が追いつけるかもしれないけれども。さっきの映画とかYouTubeとかと同じで、読むスピードが違うと面白く感じるものが違うっていう。どういう風にして縦スクロールマンガを作るのか。続きが気になるマンガはもう韓国ができている。そこの先がまだできてないなって思っているわけです。

『女神降臨』yaongyi(LINE Degital Frontier 2022年)

マンガ史から考えるwebtoonの立ち位置

佐渡島 歴史というのはやっぱりすごく重要だなと思って、僕は今すごくマンガの歴史を勉強してるんですけども。日本の真ん中の人たちって、マンガを読むと馬鹿になるって言われて育っていて。PTAなどからマンガは子供を馬鹿にするって言われて。学校で自分たちの本が焼かれたりするところとかを見ている。だからライバルが文学だって思って一生懸命作ってたんですよね。

――丁度先日、現代の親世代へのアンケートを取ったところ8割以上の人が「マンガを子供に読ませることはいい影響を与える」と考えているという結果も出ていましたね。

佐渡島 その初期の人たち、ちょうど少女マンガの人たちも歴史や古典をマンガ化したりだとか、すごくみんなしていて。どうやったら文学に負けないマンガが作れるだろうかって真ん中の人たちが考えた。それに対して、スマホの中でwebtoonの人たちって自分たちがどうやったら最強の暇潰しになれるのか。サクッとYouTubeの方やソーシャルゲームの方に行っちゃわなくて、このwebtoonからどうやったら離れずにいてくれるのか。ちょっと3分暇なときに、このマンガ読みたいってどうやって思ってもらえるのかっていうことで試行錯誤しているわけだから、安易に僕はwebtoonの方が幼稚だとか駄目だとかっていうっていうのはすごく違うと思っていて。

――そうですね。webtoonはまだ黎明期で暇つぶしが主目的のため特定の人には刺さらない作品ばかりではあっても、多様性もこの後生まれていくのだろうと思います。

佐渡島 何に対して頑張るのかというところが歴史的背景によって違うと思って。僕はwebtoonの人たちの方が、その日本の見開きマンガをやってる人たちとか日本のマンガや歴史を作った人たちに比べて考えてないとは全く思わなくて。ただ社会的状況によって、「これをクリアしないと世界から認められない」っていう問いの種類が違うと思ってるんです。webtoonを作ってる人たちが暇つぶしとかUI/UXのところでいいなって世界から信頼を得たら、次はどうやったらハリウッドに負けないかとか、どうやったらこれを原作として世界中で勝つのかとかそういうことを考え出すようになり、そうなるとまた違う発展をするだろうと。常にその作品の発展というのは社会のニーズとセットで、それを無視してはできないなと思ってます。なんだけれども、最後の最後は常にクリエイターにとって表現とはどういう意味かっていう問いにたどり着くだろうなって思っていて。

――やはり根本的にはそこですね。

佐渡島 僕は社会的な事情とか、結局はスマホが全部勝ったっていうのと同じところからスマホの時代が来るだろう、縦スクロールマンガの時代が来るだろうという予想をしてそっちに張ってはいるんだけれども、かと言ってそれに最適化したマンガを作ろうとは思っていなくて。結局、マンガ家たちにはそこを工夫しながらも、なぜあなたはマンガというものを、絵というものを使って、絵とセリフによって自己表現をしたいのか、あなたは何者になりたいのかっていうことを問いながらマンガを作りたいと僕は思っています。そういう挑戦をしてるから、webtoonの時代が来るっていう風に思いながらもwebtoonっていうものがチープで見開きマンガの方がすごいよねっていう風に言われてるっていうもの自体も全部ひっくり返す。そういう創作をしたいし、そういうチームを作りたいっていう風に思って、僕は今日々仕事をしています。

――ぜひ応援したいと思います。

注目の作品とwebtoonの未来

――そんな佐渡島さんがwebtoonを語る上で欠かせないと思われる作品、個人的に注目している作品や好きな作品があれば、その理由とあわせてお伺いしたいのですが。

佐渡島 『俺だけレベルアップな件』は代表的な作品。『喧嘩独学』はYouTubeなどを上手く出してきたり社会背景や設定もすごくぴったりZ世代に寄ってるから上手いと思います。最近減ってきたけど、日本のマンガを見ると「この世界YouTubeないんだっけ?」ってなったり(笑)。調べものをそんな風にやるっけ、人との待ち合わせそういう感じだっけとか。ちょっとそういう風に思うときもあったりするし。

『俺だけレベルアップな件』DUBU(REDICE STUDIO) ・ Chugong(piccomics 2022年)

――少し前のスマートフォンが普及していない時代を描いたマンガも今読むとかなり違うなと思いますよね。

佐渡島 後は『女神降臨』ですね。もうベタベタだけど『梨泰院クラス』も良いと思う。日本だと『六本木クラス』の名前になってるけれども。あれは映像化がほとんど原作と変えてないからね。

『六本木クラス』Kwang jin(piccomics 2022年)

――『梨泰院クラス』は原作者が脚本も担当して作り込んでいましたね。

佐渡島 これからwebtoonに入るんだったら読んでおいた方が良いですね。手塚治虫作品などが持っていたような人間的深みはなかったりするわけだけれども、それはさっき言ったように歴史のせいだと思う。もしもそういうことを求められる中でマンガを作らないといけなかったなら、韓国の人たちもそう作ってきただろうし。

――今後のwebtoonと紙の見開きマンガの関係はどうなっていくと考えてますか。

佐渡島 テレビ業界と映画業界が違うみたいな話で。作り方が違っていて、縦スクロールは人数もすごくかかるし制作コストもそんなに簡単に減らせない。テレビドラマとか映画とかってどうしてもみんなでお金をかけて作るから作家性って出しにくい。それと同じだと思っていて。webtoonも、どうしても作家性というより企画書段階でどうするか決める感じだから。テレビのヒット作が映画になるように、交わるときもあるけど、やっぱりテレビにふさわしいドラマと映画館で観るのにふさわしいものは違うから。違うジャンルとして切磋琢磨しながら。

――佐渡島さんはwebtoonが進化していった先にはどういう未来があり、どんなマンガ表現が今後生まれていくと思いますか。

佐渡島 ネットと繋がっているからファンコミュニティとかも作りやすくなるだろうし、映像化・アニメ化は近しくやりやすくなる。後はデータとかを保管する形でやったりとかってことも起きそうですね。

――韓国や中国では既にwebtoon自体に音声を付けたり動画化したりみたいなところも行われていますね。

佐渡島 そう、中国だともうかなり手軽なアニメみたいな感じにもなっていて。ゲームも映画も100億円かけて作るようになっているから、それに対してwebtoonはまだ初期段階なので1億円かけていろいろ試すみたいなものっていう感じになってくるだろうなと。

――スモールスタートできることによって今後多様性が増していき、さまざまな可能性が花開いていきそうですね。本日はどうもありがとうございました。

100年前、まさに本企画の『正チヤンの冒険』によって吹き出しのマンガの歴史が始まりました。往時はまだ多くの人々にとって子供の娯楽・暇つぶしとしてしか見られなかったマンガが、ここ100年でどんどん内容も濃くなり、創り手の技術も進歩してきました。最早マンガはあらゆる世代に読まれるようになり、単なる暇つぶしの域を越え、私のようにマンガで人生を変えられたという人もたくさん増えてきています。マンガが広い世代に伝わっているのは、やはり多様化したマンガの持つ素晴らしさが根底にあるからでしょう。今はまだその歴史が始まったばかりであるwebtoonもこれからどんどん多様化して進化し、ますます多くの人に受け入れるようになっていくはずです。そんな確信を改めて得られたインタビューでした。100年後にはマンガやwebtoonは一体どのような存在になっているでしょうか。誰かの人生を変えてしまうような素晴らしいwebtoonが数多く生み出されることを楽しみにしながら、筆を置きます。


佐渡島 庸平
1979年生まれ。中学時代は南アフリカ共和国で過ごす。灘高校から東京大学文学部に進学し、大学卒業後の2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。
2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、株式会社コルクを設立。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集や著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。