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上辺だけの言葉は誰の心にも響かない。
一昨日書いた中で出てきた「群れる母親」について思い出したことがある。
子供同士はさておおき。
幼稚園時代からの仲良しグループで常につるんでいる3人グループがある。
子供が同じクラスなので、会えば軽く話もするし、子供が約束してくれば放課後一緒に遊んだりもする。
個々で話せばなんともないけれど、群れている中へ入っていく勇気も愛想もないので、さささーっと離れていくのが常。
自分に害が無いので、それはそれでいいんじゃないか。と思っている。
先日。
放課後のグラウンドでそのグループと遭遇。
相手も私に気づいたので、挨拶がてら軽く会話をしていると
子供達はそれぞれ走り回ったり、自由に遊んでいたら約束していた帰る時間になったので、私のもとに子が走って寄ってきた。
子が「約束の時間だけど、もう少し遊べる?」と聞くので
帰ってからやる事を考えて、大丈夫なら15分は延ばせるよ。と伝える。
しばし考えた子は「10分で大丈夫!」と遊びに戻っていた。
その様子を見ていた母達が口々に「〇〇ちゃん、利口だよね!」「うちのは全然無理」「時間なんて気にした事ないわ」などと言い出した。褒めてくれてるのか知らないけれど、こうも利口だ利口だと言われると、なんかうちの子、犬じゃないんだけど。みたいに思えて、正直不愉快。
私は時間を守る事。自分のやる事を考えて、時間の計算をする事。
これって幼いうちから、失敗しながら練習していかないと、大人になっても出来ないと思っていて。だからこそ、時計が読めないから出来ない。じゃなく、根気強く小さい時から一緒に考えてやってきた。読めないんだから、形で覚えりゃいいじゃん。なんて常に試行錯誤しながら。
終わりの時間がきたら終わる。帰る時間がきたら帰る。それをしっかり守らせて、自分も守る。この地道な作業をちゃんと続けてきたからなのに、未だに「最後だよ!」からの終わりが延々先延ばしになる事が当たり前なのは、うちのが「利口」だからなんじゃなくて、親が教えず育てている結果なんだと思う。
時間にルーズな人は大人になっても治らない。
そして時間にルーズな人は信用を失う。
国によって時間のルーズさは様々だってのも知ってるし、実際にそれで嫌な目にもあってるけれど、これは人や場所は関係なくて自分の問題。
だから私は子にはちゃんと時間の守れる人、時間を管理できる人になって欲しい。今もまだまだ練習中だけど、限りある自分の時間を大切に使える様になる為にも必要だから。
なので、子が自分で遊びを切り上げる。まだ時間が伸ばせるかを相手に確認する。自分の先の時間を考える。これをただただ「お利口ね」と褒める意味が分からない。それが大切だと思うなら、ちゃんと自分の子供に教えたらいいのにね。
そして、ついでの話しになるけれど、実際に目に見た事を伝えるだけでいいのにな。とも思う。参観日で一生懸命発言していた。しようとしていた。なら「頑張って発言しようとしてたね。」と相手の親にも伝えられるし、子供にも「沢山手を挙げてたね。観てたよー。頑張ってたね。」と言ってあげられる。
でも、それを知らないのにただただ褒めるってのは、私には難しい。
だから相手が見ていた事、それを伝えてくれたらとても嬉しくなる。だから子にもこんな事言ってたよ。って伝えてあげられる。
子にもちゃんと誰のお母さん(お父さん)がこうやって言ってたよ。って教えてあげた時の子の嬉しそうな顔。ちょっと照れながらも、見ていてくれたんだ。って事が自信につながるんだろうなぁと思うから。
そんな顔を見ると、思わず愛おしくてぎゅっとしちゃうよね。笑
うちの子はペットじゃないから、適当に褒めないでいいですよ。って事ね。