切る。焼く。食べる。秋の味覚を丸ごと楽しむバレンシアの風物詩【焼きカボチャ】
夏が去り、広葉樹の葉が緑から黄色へと移り変わり、美しい色遊びを楽しませてくれる季節。
この時期になると決まって、小さなガレージの扉を潜り抜ける。お世辞にも清潔感があるとは言えない薄暗いガレージの奥から、ロリおばさんの「ハーイ!ちょっと待って!」という声と、左後足の短い老犬チワワの甲高い吼え声が一緒になって私を迎えてくれる。
この店ときたら、営業日も定休日も決まっていなくて、昨日、来たらお休みだった。もちろん『本日、都合により休みます』というような張り紙一つもない。不親切極まりない。
野菜があれば売るし、無ければ閉まっている。野菜の種類だって決まっていない。ロリおばさんのご主人ぺぺが、朝一番に畑で穫ってきた季節の野菜が本日のおすすめ商品となる。
「今日は何?カボチャでしょ?」
ガレージに入るなり、待ってましたとばかりにロリおばさんが、カボチャを物色しはじめる。客は商品を触っちゃいけない、とか邪魔くさいキマリも一切なし。何もかもが『適当』で、一緒になって、手を泥だらけにして美味しそうなカボチャを探す。自分勝手で素敵なお店。
ロリおばさんの本当の名前はドローレス。「痛み」という意を持つ彼女の名前を、彼女は好きではないと言う。
「もっと、ほら、綺麗な花の名前だとか、笑顔やら喜びに関わる名前ならいいのに、よりによって「痛み」なんてねぇ。ひい婆さんの代から、代々「痛み」だなんて、そりゃぁ、強くもなるわよね。痛み慣れっていうやつよ」
カボチャを転がしながら明るく笑う声が、ガレージの中に響き渡る。
カボチャは大きさも色も様々で、どの色、どの形のカボチャが一番美味しいかを探り合うのが、ロリおばさんと私の恒例となっている。
とびっきり美味しいカボチャの種を集めて植えようと言い出したのは、去年や一昨年どころの話ではない。だからと言って、種を保存したりもしなければ、どこかに書きとめておくこともない。おかげで、翌年もまた、同じようにカボチャ探しをする羽目になる。
「濃い緑の、彫が浅いゴツゴツしたのが美味しかったんじゃなかった?」
「緑じゃなくて、オレンジ色の濃いのだったと思うけど?」
「そうだっけ?」
「昨日、食べたけど、表面がツルンとしてるのも美味しかったよ」
そこへ、ガレージの奥から太っちょのぺぺが、大声で叫びながら出てくる。
「またやっとるのか!全部、うまいに決まっとるやろ!」
つまり、そういうこと。
ペペの畑のカボチャはどれも甲乙つけがたく美味しいのを承知の上で、一番美味しいのを探す。ちょっとした大人の宝探し。
結局、せっかく選んだんだからと、同じくらいの大きさで、外見の違うカボチャを3つも持って帰ることになった。
玉ネギ4キロと、カボチャ3つで12ユーロ也。さらに、ぺぺが手に持っていた2本のトウモロコシまで、オマケにしてもらった。安いったらない。
◇
持ち帰ったカボチャの3つのうちの一つを丁寧に洗い、ザックリと上下に切り分ける。ついさっきまで畑で転がって朝日を浴びていたカボチャ。切り目からすぐに水分が浮かび出てくる瑞々しさと、目に飛び込んでくる鮮やかなオレンジ色に思わず笑顔になる。
薄くスライスして食べてみる。瓜科植物ならではのシャリっとした歯ざわり。生のままで、すでに美味しいんだから困ってしまう。
オーブンを200度に設定し、温度が上がるまでの間に準備をする。
オーブン用のプレートにジャストサイズのカボチャ。種も抜かず、丸いままの切り口にスッポリとアルミホイルを被せる。ホイルで蒸し焼きにせず焼くだけの人も多いのだけれど、この方法は義母の姉エンカルナおばさん直伝の作り方。中までしっかりと火が通り、ほっくほっくに出来上がる。
さらに、後のお手入れが楽になるように、プレートにもアルミホイルを忘れない。料理が好きだから、後片付けも好きだとは限らないし、そうである必要もない。美味しい時間を過ごした後は、少しでもゆったりと寛げる工夫をする。365日、毎日何度もキッチンに立つ中で、そういう工夫は無くてはならないものだと思う。
予熱で温たまったオーブンの中段にそのまま入れて、ひたすら待つこと1時間半。ここでアルミホイルを外してみる。箸を刺してみると、スッと中まで入っていく。これが、充分に火が通っているサイン。カボチャによって、水分含有量が違うので、ここからは、様子を見ながら仕上げていく。
調理する人間は、食材が一番美味しい状態になるようにお手伝いをするだけ。全ては素材次第。
今度はホイルで蓋をしないで加熱する。温かいオーブンの中で少しずつ美味しく変身していくカボチャを覗く至福の時間。余分な水分が飛び、カボチャそのものの糖分がこんがり焦げて、甘い匂いがキッチン中を包み込む。何だかもう、カボチャになった気分すらしてしまう。
10分程で、表面の水分が完全に蒸発し、種の部分が黒くローストされたらバレンシア名物『カボチャの丸焼き』の出来上がる。ザックザックと大きめに切って遠慮なく食べるのがバレンシア風。皮と実の境目あたりをスプーンの先でこそげ取って食べる。栗のようにホクホクしていて「ん~!」となる。
年々、秋が短くなっていく。秋が駆け足どころか、猛烈な速さで走り去り、あっという間に冬になる。
そんな短い秋だからこそ、せっかくの味の風物詩を見過ごさないで過ごしたい。
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