聞くのが怖いの話
これから書くことが世の中のどれくらいの人に響くのか、共感されるのか定かではないけど、今、僕の気持ちや思いを吐き出しておかないと
どんどんストレスが溜まってしまいそう。
そう思ったのでとりあえず殴り書きする。
そして、このノートに解決策を求めてはならない。
ただ、同じ境遇の人がココにも居たんだ!って、そう思って欲しい。僕は君の仲間だと思うから。
(このノートの書き出しは2019/09/10、書き終わったのは2020/04/15です
文章に統一感はないです 国語の点数17点ですから)
わからないことを誰かに聞かないといけないことになった
何かの作業をしていると、ふとした瞬間にココがわからないという状態に陥る。授業中・勉強中・ゲーム中・仕事中・バイト中など
どんな人であれ何かしらの物事を進めていると、この状況に必ずなるはず。
もうちょっと具体的にすると、僕はプログラマでプログラミング言語というコンピューターがアプリを動かすための"言葉"を使って、とあるシステムの開発保守をしている。
(よくわからなければ、なんか難しそうなことをパソコンでやってるって思えばいいです)
で、この"言葉"を入力してアプリを動かすための専用のメモ帳みたいなのを使って、アプリに機能を追加しては正しく動くか確認することをいつもやってるんだけど、僕にとってこの作業は頭と知識を活用するすごく大変な作業なわけ。作業を進めていくと知識不足ゆえ、どうやってこの"言葉"を書けばいいのかわからなくなる時がよくある。
僕が"わからない"と言っているものの内容は一般的なプログラマからしたら大して難しくないことなのだが僕は普段から勉強しない人なので、他では大したことのないことでも手が止まってしまう。
でも、わからないからってずっと一人で悩んでるわけにもいかないのが世の常。
だから、誰かにわからない部分を教えてもらわないといけない。
ここで僕に重くのしかかってくる"ある思考"がある。
コイツに僕はいつも悩まされていて....
怖いという気持ちとその思考と原因
さあ、わからないことが出てきた。知ってそうな人に聞いた方が良いな。
聞いてみようかな....
さすがに僕だってここまでは考えるさ。脳みそが無いわけじゃない。
でも、いざ聞いてみようかなと思ったときに、必ず湧いてくる思考がある。
(普通のプログラマだったらこんなこと絶対知ってるよな...)
(こんなこと聞いて良いのか?)
(そんな事も知らないの?とかって言われそう...)
(ぁぁぁぁぁ、そう言われそうだと思うと怖い!)
(怖くて話しかけられない.......)
こんな具合だ。これで作業が止まってしまうんだ。
(ただ、これは例に過ぎず、この思考は様々な状況で生まれる)
非常に迷惑極まりない。
しかも、すべての質問でこうなってしまうわけでもないというのだから、
これまた純粋でない。自分でも非常に腹立たしい。
こんな状況が6年も続いている。
これは今、本当に今これを書いてるときに思ったんだけど、就職して1年目の現場で、何かしらのミスやスケジュール遅延が発生したとき、
決まって自分の管理者や上司(に位置づけられるような人)から指導を受けていた。このときに自分の脳内に「ミスったらひどく怒られる」というものがインプットされてしまったのかもしれない。
それによってミスったら怒られる→怒られるのは怖い→相手の反応を予想して怖がる→質問したくない。
と、なってしまうのかもしれない。
そう、僕は相手の反応が怖くて質問ができない。
質問ができないもう一つの要因
もう一つの観点で質問できないことに起因していることがある。
それがこれ。
①質問できたとしても内容がうまく伝えられない
②質問できて相手が内容を理解しても、その回答を自分が理解できない
話の内容に対して「理解する」という点だ。
①について詳しく書くと、わからないことを人に聞くときに自分の中でうまくまとめられないのだ。
理由はおそらく、相手への恐怖心と闘いつつ「でも早く聞かないと遅延しちゃう!」と思って、焦りながら意を決して聞いているから。
相手の反応を予想して恐がっているのに焦ってもいて、内容がまとめられていないんだ。
こうなると相手側は何を聞かれているのか理解できず、
「どういうこと?」「ごめん、もう一回言って。」と、聞き返されてしまう。
しかも、運が悪く相手が短期だったりスケジュールの遅延を重ねてひっ迫していたりすると、「○○さん何言ってんの?」「××が△△じゃない?(しかめっ面)」「はぁ?(半ギレ)」と、相手の反応も感情的になってしまう。
これが自分の心にグサッと突き刺さって非常に気分が落ち込んでしまう。
だから、質問したくなくなってしまう。
②は逆に自分が理解できない場合の話。
質問→相手が理解→相手が回答と、解決に向けての壁を1個ずつクリアしていき、いざその回答を自分が聞いたときに何を言っているのかわからないことがある。
ここ最近では何とか「すみません、どういうことですか?」とか「ん?ちょっとよくわからなかったです。」と理解するまで聞けるように少しずつなってきている。(それでもまだ詰めが甘い)
以前は、一度回答してもらったときに”理解したつもり”になって、そのまま話を終わらせてしまっていた。(今でもたまにある)
こんな仕事の仕方なんだからスケジュール遅延やミスで指導されるのは明白だ。
また、一度回答を聞いて理解できなかった時に“もう一度聞く”という行動をするのが恥ずかしいんだ。これも相手の反応を怖がっているからかもしれない。
気持ちのやり場と吐き出したい黒い部分
そして、こんな悩みを抱えていることを今仕事している現場、自分の会社の人、友達、家族には恥ずかしくて絶対に言えない。だから、気持ちを吐き出せずにどんどん塞ぎ込んでしまう。
今でこそ、何となくな原因を挙げてここにガリガリと思いを書いて自分と向き合い始めている。
だけど.....
しばらく前の話。今とは別の現場で僕はこの問題の原因を深く突き止めることなく仕事をして、いろんなところから指導を受けてしまった。スケジュールは遅延に遅延を繰り返し、わからないのに質問もできず。
挙句の果てに見切ったメンバーが自分の代わりに自分のことで動き出す始末。
気付いたら取り返しのつかない状況を生み出していた。そして、その全てを丸投げして僕はその場を出ていくことになった。勿論、自分の非は認めた。
ただ、僕から言わせてみればあの現場は相当荒んでいて、今では当たり前のハラスメント対策がまるでなっていない。相当仕事がしづらい場所だった。
一方では怒号が飛び、一方では大きな話声、また一方では陰口、また一方ではスメハラや音ハラ。
パワハラやセクハラとも取れる会話もあった。
”朝会”という名の毎朝自分とはまるで関係ない作業の報告会。これだけで30分40分平気で経っていた。入場から退場までの日数分でトータルしたら40時間は無駄になっていた。完全に蛇足な会。
社員に対して「できないなら怒ってあげようか?」という人。
怒って解決するなら今頃世の中うまく回ってるよ。怒った人中心だけど。非常に古風すぎる考え方だ。
他にも無断で休む人、離席して30分以上戻ってこない人、現場のお作法を”強要”してくる人、毎日遅くまで残業している人と社員自体の雰囲気も悪い。
仕事面でもおかしかった。
できる人材だと思って僕を採用してくれたのはいいさ。(結果できない人材だったけど)
ただね、そんなに大きくないシステムにしてもメンバーの数と技術の質が悪すぎだよ。
僕でさえその技術はほぼ初めてなんだよ。他のメンバーもその技術が初めてで、ついこの間勉強してきたっていう奴がね?僕の面倒見するっていうんだからこんな不安なことはない。
ただ、ついこの間勉強したで結構教えてもらってたからそのメンバーの吸収力っていうのはすごいと思った。
それでも限度がある。僕が彼に助けを求めても解決できないことがあるかもしれないのが明らかにわかるだろ。プロジェクト開始前から。
その辺のリスク管理ができてないんだよ。
しかも彼らに初めて会った時、その、ついこの間勉強してきた付け焼刃さんに対してね、その上司らしき人から「わからないことは"彼"が全部解決してくれるから」っていうんだぞ。最初の面談の時にだ。付け焼刃さんはびっくりしてたよ。こんなバランスの取れてない上司と部下の関係の中にだよ?そこの一員になって仕事するなんて僕はもう嫌だよ。
でも、これで行きたくない現場の判断基準が増えたからよかった。
ある意味勉強になったよ。
そういった意味では、その現場のユーザやパートナーの人材採用力っていうところに疑問が残る。
僕の技術と就業年数や会話からそっちがうかがい知れたものはどうだか知らないけど、採用の判断が曖昧じゃないか?結果を見てみろよ、プロジェクトとしては惨敗だぞ?
そういう意味では100%僕に非があるわけでもない。
それぞれの人にそれぞれの問題があってそれぞれの非がある。
一番ダメなのはメンタルがやられてしまうこと。僕はかなり落ち込んだよ。部屋を真っ暗にしてPCのサブモニターで焚火の動画を流し、音楽を聴いて泣いた。日常生活であーあーと叫んだり自分の頬を何度も強く平手打ちしたこともあった。
最悪、人が死んでしまうかもしれない。そこまで考えた方が良い。今のご時世では。
人は簡単に落ち込み、鬱になる。一度落ちたら立ち直るのには相当時間が掛かる。
キミらに考えて欲しいのは、効率のいい仕事の仕方やお金の稼ぎ方なんかじゃない。どうすれば、人の心が脅かされない職場を作れるかだ。
ちょっと前に一人辞めてったろう?その子もつらいワークライフだったはずだぞ?
人との接し方、話の仕方、物事の考え方を改めて考えて欲しい。
そして、理解できたのならそれを肝に銘じてほしい。切なるお願いだ。
余談だけどね、ユーザがパートナーに任せっきりなところもあった。
パートナー各々に渡した案件のスケジュール管理をほとんど彼らに任せてるんだから。それだけ信頼関係を築けてるのはいいことだと思うけど、何か起きたときにユーザはどう責任とるんだろう?と思ったよ。
これじゃ社員の教育にもならないとも思ったね。せっかくもらった案件で社員がレベルアップできる、対応できる分野を広げられるチャンスを掴めてたのにパートナーに丸投げだもの。いざパートナーがいなくなったらどうするんだい?抱えきれない作業を持って疲弊して潰れちゃうよ?いろんなものが。
終いには本来ユーザがとるべき電話をパートナーに取らせるからね。もしクレーマーだったり緊急の電話だったらどうするんだ?パートナーじゃ対応しきれなだろ?
本当の原因?
それは、SNSで自分が好き勝手に投稿していた時のこと。
僕は多少荒々しい口調で文字を起こして
癇に障るようなことがあれば、あーでもないこーでもないと投稿していた。
それが煙たかったのかどうなのかわからないが、指摘を受けた。
その時、僕は自分が“自己中”であることを疑った。
小学生くらいの頃にも何となく言われた記憶があった自己中。
当時はその意味さえ知らなかったが、改めて思い返すとどの場面でも自分を優先するか自分のことだけ考えていることが多かったように感じる。
陰ながら“自分は正しい人”とも思っていた。
更にネットで自己中の特徴を調べてみるとその殆どが自分に当てはまる。
完全に自己中であることを自覚した瞬間だった。
おそらく、これが本当の原因ではないかと思い始めている。
作業を進めることより自分のメンタルが傷つかないようにすることを優先しているのでは?と...。
やっと、“変わらないといけない”ということを少しずつ意識しないといけないということに気付き始めた。
しかし、いきなり 0 から 1 に変わることはできない。
じゃあ明日から質問できる自分になろうといってなれるわけがない。そんなことができたら逆に人としておかしいし、逆に信頼されないだろうし、この手のことは苦労しないわけがないと初めからわかっている。
だから、一歩ずつ...本当に小さい一歩から、ゆっくり自分のペースで改善していくことにした。
その初めの一歩が “自己中な自分に気付くことができた” ということ。
そして次に、弱い自分を認めるために自己中という社会的弱点について調べ始めたことも大事な一歩。
そして、次に踏み出す一歩は...
自己中を改善するために今の自分ができる事を探すこと。
自分のペースで、と言っている時点で自己中だと言われるだろう。
でも、これには自分の人生と心が掛かっている。もっと大胆に言ってしまえば自分の命が掛かっている。
だからこればっかりは大目に見て欲しい。。。
...あれ...?改善に向けての行動で自分を甘やかしている....。
自分のことしか考えてない?
こういうところが自己中...?
わからなくなってくるなぁ....。でも、改善策を調べなきゃ。
この問題に関わってくるのは自分だけじゃない。
被害を被っている人は数えきれないほどいたに違いない。
あぁ...つらい......。
前を向かなきゃいけない。できることを探さなきゃいけない。
まずは一歩を前に踏み出してみよう。