土と感染症について
サイエンスZEROをご覧いただいた方、ありがとうございました。再放送、オンデマンドもあります。ここでは伝えきれなかった(=カットされた)ことをもう少し書きたいと思います。
また、エキノコックスについて新聞社の取材を受けたのですが、土=汚い、土=危険というセンセーショナルな取り扱いにしないように求めたところ、ボツになってしまいました。そこで、こちらに重要そうな情報を置いておきます。
土壌微生物の多様性
コーヒースプーン2杯(10グラム)の土には、1万種類、100億個もの細菌が存在しています。私たちの腸内細菌のウイルス感染率は土の10倍です。エイズウイルスやノロウイルスのような有害なものはごく一部で、土や腸内の細菌の生死を司り、新陳代謝を促進することで物質循環(腸内なら消化)を助けてくれる働きもあります。土も腸内も微生物、ウイルスとの共生体なのです。
微生物は植物の根のそば(根圏)や団粒構造の内外に居場所を得ています。また、微生物どうしが相互に依存しあう高度な社会で生きているため、微生物の99パーセントは土を離れると死んでしまい、納豆菌や一部の放線菌(抗生物質を生産)のように単独で培養して利用できるものは1パーセントにすぎません。
土壌生物の怖さ
土壌で今心配されているのが寄生虫のエキノコックスです。北海道でキツネに触れなければ大丈夫、というわけではなく、感染したキツネの糞便によって虫卵が土壌中や川に放出されます。土と川の水も要注意となります。
エキノコックスの卵は土の中で1年間も生き続けるという知見があります。ミミズが土を飲み込み、それをモグラやネズミが食べて感染し、それを野犬が食べるという経路が考えられます。感染した犬の糞便によって虫卵がさらに放出されます。食料を生み出す土の腐食連鎖、物質循環がここでは問題を引き起こします。引っ越しや旅行で本州と北海道のあいだを移動する犬は毎年約1万頭以上。愛知県ではすでにエキノコックスが定着したといわれます。
永久凍土の感染症の時限爆弾
新型コ口ナウイルスを環境破壊による人獣の接近を原因とし、ウイルスを「自然からの警告」として捉える説があります。環境に対して後ろめたい人間の気持ちの表れでしょうか。同じように、永久凍土の融解は「感染症の時限爆弾」と恐れられています。融解した永久凍土層から炭疽菌(細菌の一種)や巨大ウイルス(モリウイルス)も発見されています。感染症は宿主あるいは媒介者、そしてヒト・ヒト感染を必要とするので、遠隔地の永久凍土が融解することでただちに感染症が蔓延するわけではありません。
土との付き合い方
未知のウイルスや病原菌のリスクは永久凍土に限りません。土の中には多くのウイルスが存在しますが、一つひとつのウイルスは低密度です。土の中では、一つのウイルスだけがむやみに増殖しないよう、多数の生物やウイルスが競合し、制御されています。これはホモ・サピエンスという一種の生物が密集して暮らす都市と対極をなすものです。
地質学者や農家が土を食べて土の質を判断する、というメディアの演出がありますが、そんな人いません。土を触った後は手を洗う、川の水を飲まない、土は食べない。土=汚い、危ないと遠ざけるのではなく、「共生微生物」、「善玉細菌」のように都合のいいところだけを切り取ろうとしない。正しく知り、正しく畏れることが重要だと思っています。
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