その店の自慢の味を食べたいだけ
外食でランチタイム限定のサービスメニュー(以下、ランチメニュー)を頼む気になれない。
ランチメニューはお得だ。
夜だと高額な同じセットが、昼は割安で提供されているのは分かっている。
それでも頼む気は起きない。
戦争のように忙しいだろう厨房のことを考えると申し訳ないと思うが、僕はランチメニューではなく通常メニューから選ぶ。
ランチメニューが割安なのは、昼に味を知ってもらい、財布の緩む夜の再来を促すというマーケティング戦略の王道だ。
そんな安っぽい戦略に乗っかりたくないという思いもあるが、それ以上に僕は本当にその店のおいしいものを食べたい一心で通常メニューを頼む。
昔、知り合いと渋谷センター街の〈龍の髭〉に行ったときのこと。
今はなき台湾料理の名店だ。
昼どきの混雑する店内で順番を待ち、ようやく空いた席に2人で座った。
店員から渡されたのはランチメニューを記した1枚の紙のみ。
A定食、B定食、C定食…みたいな。
知り合いはその中から選ぼうとしている。
いやいや、ホンマにそれでえぇの?
僕は店員を呼び、通常のアラカルトメニューを持ってきてもらった。
オードブルから始まり、炒め、焼き、揚げの単品メニュー、そして点心、紹興酒までオーダーしていく。
次第に曇る店員の表情を見ると歓迎されていないことは分かるが、こちらも残酷な仕打ちをしたいわけではないから許してほしいと心で願う。
アラカルトで店員の顔が曇るということは、裏を返せばランチメニューは準備万端ということだ。
臨戦態勢の厨房に、つけ野菜だけ先に盛った皿が、皿枠と呼ばれるコルセットを使って何段にも積みあげられた様子は容易に想像がつくだろう。
本当に申し訳ないが、僕はその作り置きともいうべきランチメニューではなく、ただただ、その店の自慢の味を食べたいだけなのだ。
2人席として通された小さなテーブルは瞬く間に中華な皿々で満たされた。
イレギュラーなオーダーなのに待たされた感覚がないうちに出てくるのは、店の最大限の努力のたまものだ。
そこに僕も最大限の感謝をもっていただく。
店として冷静に考えて、夜の再来を促すためにほとんど利益の出ないランチメニューを大量生産する以外に、本当においしい作りたての品々を高い利益率で提供できることを意気に感じてくれていたら嬉しいのだけど。
以前少し書いたこともあるが、それはたとえ王将であっても同じ。
サービスの餃子ランチではなく、食べたいものを単品で。
そしてビール。
それはたとえサイゼリヤであっても同じ。
定番のワンコインランチではなく、食べたいものを単品で。
そしてワイン。
昼からビールを、そしてワインをテーブルに並べ、うっとりとランチする僕のことを周りはどう見ているのだろう。
一昔前なら、何あの人…一択だっただろうが、今なら、いいな自由なフリーランス!という時代に…まだなってはいないか。
(2024/11/28記)