120%のラブストーリー〜METライブビューイング「ロメオとジュリエット」
「世界の誰もが知っているストーリーであること」
この3月、ニューヨークのメトロポリタンオペラで、グノーのオペラ「ロメオとジュリエット」のロメオを歌ったフランスのテノール、ベンジャマン・ベルナイムに、このオペラの魅力を尋ねたところ、まず返ってきた答えがそれでした。
「たとえば『トゥーランドット』にしたって、タイトルは有名かもしれなけれどみんなストーリーは知らないですよね。『ロメジュリ』はみんな知っている。それは強い」
ふーん、そういうものか。なるほど。
その場では、そのくらいにしか感じなかったのですが。
今回、「METライブビューイング」として映画館で上映された「ロメオとジュリエット」を観て腑に落ちました。そうか、ベルナイムが言っていたのはこういうことだったのだ、と。誰もが知る「ロメオとジュリエット」だからこそ、とことんその世界に浸ることができるし、そうそう!という発見がある。パフォーマーが優れていればいるほど。
そういう意味で、今回の「ロメオとジュリエット」は完璧だったと思います。素晴らしい歌手と指揮者を得て、作品が輝き、いい面を見せてくれた。ストーリーがわかっているのに、いやわかっているからこそ泣ける、その快感。「120%のラブストーリー」を堪能しました。
まず主役の二人がスーパーです。ロメオ役のベルナイムとジュリエット役のアメリカのソプラノ、ネイディーン・シエラ。二人ともすらりとスタイルが良く、ビジュアルが美しい。やや華奢でスタイリッシュなベルナイムはメランコリックなロメオにぴったり。溌剌と若々しいシエラは顔の作りが派手な美女、太陽のように明るく、ガラスのように繊細でもある情熱的なジュリエットでした。正直、二人とも映画俳優と言ってもいいくらいの容姿。加えて演技も映画俳優並みです。ジュリエットに一目惚れしたロメオのとろけるような表情、ロメオに惹かれるジュリエットの、初めて知った愛のときめきに身を任せるうっとりした表情。二人が初めてキスを交わすシーンでは、オペラを見て生まれて初めて!ドキドキしてしまいました。もうこれはオペラを超えています。
とはいえ、オペラであるからには「声」と「音楽」がまず先に立たなければならないのですが、二人の「声」は、(これはNYで見た時も思いましたが)少なくとも、これまで見た「ロメジュリ」の中で最高でした。まずベルナイムの完璧なフランス語歌唱!エレガントで優美。フランス語がわからないこちらでもわかるような気になる。絹のように繊細で滑らかなレガート。素晴らしいの一語です。
シエラも若々しく輝きのある声を客席に行き渡らせ、ベルナイムの共演で得た相乗効果なのか、だんだん言葉もまろやかになっていきました。二人の数々の二重唱は陶酔の極み。
そして二人とも言葉の表現が素晴らしい。あらゆる形容を駆使して繰り広げられる愛の告白。原作がシェイクスピアなのですからセリフには含蓄があり、ロマンティックで痺れるのですが、その表現がきちんと伝われば伝わるほど惹きつけられる。そう、これは文学オペラなのだ!と思い知ったのです。すぐれた表現者を得ると、作品の美質がストレートに伝わる。目から鱗が落ちる。これだけで、今回の公演の凄さがわかるというものです。
フランス・オペラを得意とするヤニック・ネゼ=セガンの指揮も巧み。歌手の呼吸に寄り添い、よく歌いよく歌わせ、オーケストラが前面に出るところでは輝く糸を縫い込んだゴブラン織のような音色の音楽を、場面に応じて時に甘く時に劇的に時に悲痛に響かせます。ああ、なんてロマンティック!
正直、主役の二人が俳優であっても通じる舞台。バートレット・シャーによるスタイリッシュで躍動的な演出〜18世紀ヨーロッパの都市の街並みを背景に、中央の空間が邸宅や礼拝堂や広場や霊廟に移り変わる〜も美しく見応え満点。そこにグノーの光り輝く音楽(それを引き立てる指揮と歌。合唱も聴きごたえ満点)が加わると最強です。「オペラ」を見た、というより、史上最高の、120%のラブストーリーを堪能し尽くした気持ちでした。
「オペラを見る」のではなく、「ラブストーリーを体感」してほしい。「ロメオとジュリエット」、オペラを見たことがなくとも、そしてオペラをよく見ていても、楽しめます。
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