あなたもアリス、私もアリス:『特別展アリス― へんてこりん、へんてこりんな世界 ―』
すっかりご無沙汰してしまいました……。長らく投稿できずにおりましたが、少女文化を紐解く者としてこれだけはレポートしなければ!と、足を運んできたのが『特別展アリス― へんてこりん、へんてこりんな世界 ―』(六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリー)です。
会期終了までまだまだ日にちがありますので、「行くまでネタバレは一切見たくない!」という方はどうぞご注意くださいませ。
ちなみに、この展覧会にはおめかしして出かけるといいことが。アリスルックやロリータファッション、双子コーデ(トウィードルダムとトウィードルディーのように!)など指定の服装で来場すると、ステッカーをもらえるキャンペーンがあるそうです(平日限定で各日先着150名まで)。私が行った日にもアリス風の人が数人いましたよ。
また、場内の撮影も許可されています。入場前のルール説明によると、
・NGマークが付いている作品以外は撮影OK
・ただし、作品は3点以上をまとめて撮る。1点をズーム撮影するのは不可
・フラッシュ禁止(だったと思います)
撮影できるものはたくさんありますので、ぜひスマホを充電してお出かけくださいね。
1. あなたもアリス、わたしもアリス
会場に入ってほかの来場者たち(9.9割が女性)と入り混じっている間、私は胸がザワザワするのを感じていました。このザワザワの正体はおそらく、ライバル心?独占欲?のようなものだったと思います。私がギュッと胸に抱えてきた大切な世界は、こんなにも大勢の人たちのものでもあった……そのことにザワザワしてしまったのですね。
私がアリスに初めて出会ったのは1979年のテレビ版(ディズニーのアニメ映画を、キャロライン洋子さんやペギー葉山さんが吹き替えしたもの)で、親が録画してくれたビデオテープを2〜3歳の頃から何度も何度も繰り返し観ていました(親曰く、どんなに泣いていてもそれを見せるとパッと泣き止んだそうで……)。そうしているうちに、私の中にはアリスの存在が刷り込まれ、「アリスと友達になりたい」という距離感を通り越してすっかり自分と同一視するようになっていた気がします。だからこそザワザワしたし、来場していた方たちのなかにも、もしかしたら同じような感覚を覚えた方がいたのではないでしょうか。
実際アリスとは、そういう不思議な引力を持った存在であるようです。
展覧会の後半には、映画や舞台、ファッションなどの分野で自由に表現されていったアリスたちがいろいろ展示されているのですが、私はそれらを見ながら「アリスを知っている誰もがアリスなのだなあ」という、最終的な感想を持ちました。
出会った人の心に宿り、そしてさまざまな解釈や翻案が生まれていく……「パラサイトと増殖」というとSFホラーのようで、かわいいアリスには似つかわしくないかもしれませんが、この展覧会ではまさにそうした「アリス現象」を体感できました。
2. 1931年版『不思議の国のアリス』に釘付け
もともとは本だった『不思議の国のアリス』は、やがて映画化されるようになります。
展覧会ではサイレント時代からトーキー、そしてティム・バートンの『アリス・イン・ワンダーランド』までずらりと紹介されているのですが、私が釘付けになってしまったのは初のトーキー作品である1931年版。アリス役の女の子がダントツでかわいかったんですよね……!この時代らしいメイクの効果で、暗黒耽美的なニュアンス(ドイツ表現主義の映画のような)もごくわずかに感じられて本当に素敵でした。公式サイトやニュースにスチールがピックアップされていますので、ぜひご覧ください。フル尺映像がどこかで手に入るなら、プロジェクターで自室の壁に投影してみたいものです。
ちなみにサイレント時代の作品も、白ウサギが大きなハリボテの首を被っていたりするのがグラン・ギニョル的でとても好きでした。
逆にいちばん微妙だったのは、1983年に日本で放送されていたテレビアニメかも。こんなにかわいくないキャラデザありますか……。
ともあれ、知らなかった貴重な映像に出会えたことは大収穫でした。
3. 少女の髪の長さはかくあるべきか
アリスの物語は「黄金の午後」にボートの上で生まれ、その後ドジソン先生の手書きで一冊の本になりました。その本には挿絵も描かれているのですが、「アリス・リデルは黒髪のボブヘアだったが、本ではブロンドのロングヘアの少女となった」という解説に思わず足を止めました。あの象徴的なヘアスタイルは、原作から始まっていたのですね。そして「ドジソンがアリスの髪を長く描いた」ということに、彼の理想の少女像や厳しい美意識を垣間見た気がしました。
少女の髪といえば、個人的に印象深いのが宮崎駿監督です。『魔女の宅急便』では、原作でロングヘアだったキキをショートにしているし、『天空の城ラピュタ』でもシータは長い髪を切られてしまいます。少女たちの髪を短くすることにどういう理由があるのか……もしかしたらどこかで語られているのかもしれませんが、気になっています。
そういえば私は少女の頃、父によく「髪をもっと短くしたら? ショートにしたら?」と言われていました。けれどその度に、自分を勝手にお人形扱いされたような気持ちになって「私は長い髪がいいの」と怒り返していたものです。その長い髪だって、誰かにこっそりと押し付けられた少女性だったかもしれないのに(『ローマの休日』のアン王女が、飛び込んだ美容室でロングヘアをばっさりカットするシーンは、まさに強いられたプリンセス像からの軽やかな脱却でしたね)。
少女と髪のことは、もう少し自分なりにいろいろ調べて考えてみたいと思います。
最後に、アリスにちなんで蔵書のご紹介を。
『ヴィクトリア朝のアリスたち ルイス・キャロル写真集』(新書館)
ルイス・キャロルことドジソンが撮影した少女写真が、豊富に収録された一冊。少女写真家としてのキャロルの情熱……というより熱狂に圧倒されますが、写真の中で時を止められた少女たちはそれぞれに尊く、儚く、『ポーの一族』の「そのあまりの美しさに 神は少女のときをとめました」というメリーベルの歌を思い出します。
『英国レディになる方法』(河出書房新社)
ヴィクトリア朝の女性たちの生活誌。当時の女性たちは普段おうちの中で何をしていたのか、どんな化粧品を使っていたのか、お茶会やガーデニングをどんな風に楽しんでいたのか……といったことが細かに紹介されています。アリスや、アリスのお姉さまもこんな暮らしを営んでいたのかなと想像して楽しくなれる本です。
たとえば「幻灯機」。当時は簡易なものが家庭用の玩具として普及していたそうで、アリスの挿絵のスライドが展覧会にも展示されていました。当時の子どもたちは、ワクワクしながらこれを眺めたのでしょうね。
アリスのビデオを繰り返し繰り返し観ていた幼い頃、なぜ自分は眠ってもそこへ行けないのか、もどかしく残念でなりませんでした。そして大人になってからはやや遠ざかっていたけれど、今回の展覧会で不思議の国に親しみ直し、幼い日の自分にも久々に再会できた気がしています。
「そこは近くて遠い国 夢の国」