見出し画像

”総合職”制度の限界と終焉 ~日本から総合職がなくなる日~

日本の経済成長を支えてきた「会社に長く尽くす幹部候補社員」である総合職。将来の昇進期待と引き換えに、何をするか(職務)、どこで働くか(勤務地)などを会社が決める日本特有の制度です。
時間をかけて会社(の業務・文化)を知り尽くした幹部人材を育てることができる、という意味で安定した環境下では日本企業の強みの源泉ともなってきました。
しかし、社員が長期的に会社に尽くすことが前提となったこの総合職制度、働き手の価値観が変わる中、また、環境変化が激しくなり、企業としても専門性の高い人材を適時適切なポジションに配置しないと競争に勝てなくなってきている中、その存在意義が問われています総合職制度は今後どうなっていくのか、考えてみたいと思います。


1. 概要

日本企業の多くでは、新卒採用において「総合職」と呼ばれる職種区分が存在します。総合職とは、営業・企画・技術開発など企業の基幹業務を広く担い、将来の管理職候補として位置付けられる正社員区分です​。総合職に採用された社員は、適性や会社の人事方針に応じて様々な部署・職種へ異動し、必要に応じて国内外への転勤を経験します​。一方で、総合職と対比される区分として「一般職」(事務職などの補助的業務を担う職種)や、企業によっては「専門職」(技術職・専門職種)などが設けられてきました。

総合職社員は企業内で幹部候補として位置づけられ、幅広い業務経験を積みながらキャリアを形成していくのが特徴です。待遇面でも総合職は基本給や昇進の面で優遇されることが多く、長期的には管理職への昇格も期待されます。一方、一般職は主に定型的・補助的業務に従事し、転勤がなく勤務地限定で働くケースが多いです​。一般職では昇進の上限が課長相当までなど、キャリアパスが限定される企業もありました​。専門職は企業によって定義が異なりますが、研究開発や技術、医療・法律など特定分野の専門業務に携わる社員を指すことが多く、原則として担当分野に特化してキャリアを積む役割です​。

このような総合職制度は、日本特有の人事慣行として発展してきたものです。他国では新卒であっても職種別に応募・採用するのが一般的であり、日本のように職種を定めず一括で採用し入社後に配属・異動を繰り返す形態はほとんど見られません​。実際、「総合職」に厳密に対応する英語表現は存在せず、日本独自の概念だと指摘されています​。海外では新卒であっても営業職、マーケティング職といった職務内容ごとのポジションに直接応募・採用されるのが一般的であり、日本のような総合職採用・一括採用は少ないのです。


2. 総合職の歴史的背景

日本における総合職制度の成立には、1980年代の雇用制度の転換が深く関係しています。1986年に男女雇用機会均等法が施行されると、それまで事実上行われていた「男性は総合的業務、女性は補助的業務」という性別による職務分担が法的に禁止されました​。同法施行以前、日本企業では男女で募集職種を分けたり、女性社員には補助的な業務のみを担当させたりする慣行が広く見られました​。しかし均等法により募集・採用・配置・昇進での性差別が禁じられたため、企業は性別ではなく職務内容で区分する新たな制度として「総合職」と「一般職」のコース別採用を導入したのです​。つまり、総合職制度は表向き男女平等を図りつつ従来の男女役割分担を職務区分として残す目的で誕生した経緯があります。

総合職は勤務地や職務内容に制限のない「無限定正社員」として位置づけられます。企業の必要に応じて転居を伴う転勤や他部署への異動を命じられることがあり​、オールラウンドに活躍できる人材育成が意図されています。一方、一般職(あるいは現業職)は支社・支店や工場など地域限定で採用され、原則として転勤がない代わりに、業務範囲が補助的・定型的なものに限定されます​。このように職務範囲や転勤の有無で区別することで、企業は総合職社員に将来的な幹部登用を前提とした幅広い経験を積ませ、一般職社員には補助職務に専念させる運用を可能にしました。

総合職と一般職のキャリアパスの違いも明確です。総合職は入社後様々な部署を経験し、成果とともに昇進していく道が開かれています。企業によっては30代で管理職に就くケースもあり、将来的には経営幹部に至るまで昇格のチャンスがあります。一方、一般職は昇進範囲が限定的で、長年勤続しても一定の職位までしか到達しないことが多く、賃金水準も総合職に比べ低く抑えられがちでした​。例えば明治安田生命では、一般職社員は課長職までしか昇進できない運用となっていましたが、2017年の制度改革以前には約3,100人の一般職社員(主に女性)が事務全般を担い、総合職に比べ昇進・賃金面で不利な処遇に置かれていました​。

また、企業によっては「専門職」制度を設け、特定分野の高度な専門知識・技能を持つ社員を専門職として処遇するケースもあります。専門職は研究開発職・デザイナー・プログラマー・財務専門スタッフなど職種を限定して採用・配置されることが多く​、職務範囲が明確な代わりに管理職への登用ルートからは外れる場合もあります。総合職がゼネラリストとして組織横断的な役割を期待されるのに対し、専門職はスペシャリストとして特定領域での専門性発揮が期待される点で異なります。

要するに、日本型雇用慣行の中で総合職制度は終身雇用・年功序列と並ぶ重要な柱として機能してきました。企業は総合職として若者を一括採用し長期育成することで、会社への忠誠心が高く広い視野を持った人材を内部から育て上げてきたのです​。この制度により企業は長期的な人材育成と柔軟な人事ローテーションを可能とし、従業員側も長期安定雇用と将来の昇進という見返りを得て強い忠誠心を示すという相互関係が成立していました​。こうした歴史的背景のもと、日本の総合職制度は独自の進化を遂げ、現在に至っています。


3. 総合職の限界・課題

近年、この日本型の総合職制度は様々な限界や課題に直面していると指摘されています。企業経営者や人事の専門家からも「従来の総合職・一般職という枠組みは限界を迎えつつある」との声が上がっており、日本企業は旧来の採用スタイルからの脱却を迫られています​。ここ10年程度の動向やデータを踏まえ、総合職制度が抱える主な課題を整理します。

  • 人材の価値観変化と早期離職の増加: 従来、総合職社員は会社に長く留まり昇進を待つことが前提でしたが、若手社員の意識は変化しています。終身雇用はもはや当たり前でなくなり、新卒で入社しても数年で転職を前提にキャリアを考える人が増えています​。実際、厚生労働省の調査によれば新規大卒就職者の3年以内離職率は約30〜35%に達しており、令和3年3月卒の大卒者では34.9%と上昇傾向にあります​。このように「新卒で入社=定年まで勤め上げる」という図式が崩れ始めており、長期雇用を前提とした総合職モデルは前提条件が揺らいでいます。社員が「会社に尽くせばいずれ報われる」という遅い昇進のインセンティブに従来ほど魅力を感じなくなり、むしろ早期に転職してキャリアアップや専門性獲得を図ろうとする傾向が強まっています​。mhlw.go.jp

  • 労働市場の変化・少子高齢化による人材不足: 日本の人口構造の変化も総合職制度を取り巻く環境を大きく変えました。少子化により新卒人口が減少する中、企業の新卒採用競争は激化しつつあります。​大企業では依然として新卒一括採用で大量の総合職採用計画を維持しているものの、十分な数の優秀な若手を確保することが難しくなっています。有効求人倍率は年々上昇し、2025年卒の大卒求人倍率は1.75倍と高水準(2024年卒1.71倍から上昇)で、企業側の人材需要超過が続いています​。works-i.com
    この結果、多くの企業が人材確保のために初任給を引き上げる対応を取り始めており、2024年卒では約半数の企業が初任給を引き上げたと報告されています​。さらに中途採用市場も活発化し、かつて新卒一括採用9:中途1程度だった大手企業の採用比率は、現在新卒と中途がほぼ5:5にまで急変しているとの調査結果もあります​。このわずか数年での劇的な変化は、企業が即戦力人材を中途で補充せざるを得ない状況を示しており、「新卒で総合職を大量採用し一から育成する」という従来モデルが成立しにくくなってきています。

  • デジタルトランスフォーメーション(DX)への対応力不足: 技術革新が急速に進む現代では、データサイエンスやAI、ITシステムなど高度専門人材の獲得が企業競争力の鍵となっています。しかし日本型の総合職コースは、ジョブローテーションによる汎用的スキル育成が中心で、特定分野の専門知識を短期間で習得させるには不向きです。企業内のDX推進には即戦力となる専門人材が不可欠ですが、そうした人材は総合職として新卒から育てるよりも中途採用や契約によって外部から登用する方が早い場合が多いのが実情です​。近年話題の「ジョブ型雇用」は、プロジェクトに適した人物を市場から集める点で優れており、DXを推進する上でも有効な人材確保手段とされています​。一方、総合職的なメンバーシップ型雇用では職務や役割が明確でないため、社内に必要なDX人材を育成・配置するスピードが追いつかず、企業のデジタル対応の遅れにつながるリスクがあります。ある調査では「約6割の企業がDX人材の大幅な不足に直面している」とも報じられており​、従来型の人材育成では需要を満たせない状況が顕在化しています。

  • ジョブ型雇用の台頭と制度ミスマッチ: 日本企業においても近年「ジョブ型」への関心が高まり、多くの大手企業が人事制度改革に乗り出しています。ジョブ型雇用とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)で各ポジションの役割・責任を明確化し、それに見合う人材を採用・評価する仕組みです​。海外では一般的なこの手法を、日本の人事慣行に合わせて導入する企業が相次いでいます。しかし、従来の総合職制度は職務を特定せず人に仕事を割り当てる前提で運用されてきたため、ジョブ型への移行は既存の制度と根本的に相容れない部分があります​。たとえば、総合職社員には「何でもやる」ことが期待されてきましたが、ジョブ型では「ポストごとに責任範囲が限定」されます​。このギャップにより、人事評価や配置の見直しが必要となり、企業内で混乱が生じるケースもみられます。また総合職社員側にとっても、自分の市場価値や専門性が不透明なままではジョブ型への適応が難しく、不安要因となっています。要するに、人事のパラダイムシフトが起きつつある中で、総合職制度は現代の雇用トレンドとのミスマッチを露呈し始めています。
    meti.go.jp

以上のような課題から、従来型の総合職制度は様々な面で「時代に合わなくなっている」と考えられます​。かつて総合職制度を支えた前提(長期雇用、従業員の無限定の貢献、年功的な昇進保証など)が崩れつつある今、制度そのものの見直しが避けられない状況に来ているのです。


4. 終焉の兆候と未来予測

上記のような限界を受けて、日本企業では総合職制度の廃止・再編に向けた動きが徐々に広がっています。その兆候は各種データや企業の制度変更から読み取ることができます。いくつかの伝統的大手企業は既に総合職と一般職の区分を見直す改革に踏み切っており、総合職制度は大きな転換期を迎えているといえます。

  • 職掌区分の統合・廃止の事例: 総合職と一般職という二分体系そのものを廃止し、全正社員を単一の枠組みに統合する企業が増えています。例えば大手総合商社の丸紅は2024年に総合職と一般職の区分を全面廃止し、「職掌制度の改定」に踏み切りました​。これにより従来一般職として補助業務を担っていた全員(主に女性社員)を新たに総合職相当のポジションに登用し、実力本位の適材適所を図る方針です​。同時に、丸紅では管理職に先行導入していたミッション(職務)に応じた評価・報酬制度を非管理職にも拡大し、職務内容に基づく処遇への転換を進めています​。

  • ジョブ型人事制度への移行: 総合職的なメンバーシップ型雇用を見直し、ジョブ型人事制度を本格導入する企業も相次いでいます。たとえば通信大手のKDDIは、全ての総合職社員を対象に自社版ジョブ型人事制度を開始し、社員一人ひとりの役割を明確化した上で適材適所の配置と処遇を行う取り組みを進めています​。また製造業の雄である日立製作所は、2020年にグループ社員約30万人へのジョブ型人財マネジメント導入を発表し話題となりました​。日立では国内外の全職種について職務記述書を整備し、2024年度までに約16万のポジションについて職務を「見える化」する計画です。これはほぼ全社員をジョブ型で運用することを意味し、従来の名ばかりの総合職的運用からの脱却を図るものです​。さらに富士通資生堂パナソニックなどの大手企業も管理職層からジョブ型評価を導入しはじめており、日本版ジョブ型雇用への移行は広範な広がりを見せています。これらの動向は、企業が従業員の職務を明確化し市場価値を基準にした人材活用へとシフトしつつある兆候であり、暗に総合職制度の形骸化・終焉を示唆するものと言えます。

  • 採用手法の変革: 従来の新卒一括採用・総合職一辺倒だった人材獲得のやり方も変わり始めています。通年採用中途採用拡大に踏み切る企業が増え、例えばユニクロやソフトバンクは新卒の定期一括採用から通年採用への転換を先行して進めています。​経団連の就活ルール見直しもあり、新卒採用市場自体が過渡期にあります。今後、日本の採用は海外のスタイルを見習って多様化・オンライン化していくとの予測もあります​。実際、数年後には日本企業も「世界標準の採用方法」を取り入れざるを得なくなるとの指摘があり​、総合職一括採用という形自体が縮小していく可能性があります。既に経団連は会員企業に対し中途採用比率の公表を義務付け(2021年施行)しており、各社とも新卒・中途の垣根を越えた人材戦略に舵を切っています​。この流れが進めば、「総合職採用○名」などと毎年掲げていた日本企業の風景は変わっていくでしょう。

以上の兆候から、日本独自の総合職制度は曲がり角に来ており、将来的には有名無実化するか大幅に形を変えることが予想されます。海外(アメリカ・欧州など)の雇用形態と比較すると、日本だけが古典的なメンバーシップ型を維持するのは困難になりつつあります。欧米では労働市場を流動的に活用し、職務ベースで人材を採用・配置するのが当たり前です​。日本もグローバル競争下でそれに倣わざるを得ず、「総合職」という言葉自体が将来的には死語になる可能性も指摘されています​。今後はジョブ型雇用への移行や職種別採用の定着により、企業内で従来型総合職=正社員一般という概念は徐々に解体され、専門性と役割に応じた新たな人材区分が主流になるでしょう。


5. トレンド・データ分析

総合職制度を取り巻く最近のトレンドをデータで分析すると、その変容ぶりがより具体的に浮かび上がります。ここでは新卒総合職採用数や離職率、給与・キャリアパスの変化に関する最新データを概観します。

  • 新卒採用数の推移: リクルートワークス研究所の分析によれば、大手企業における新卒採用数(大卒中心)は2000年代後半にピークを迎えました。例えば2008年度に大手企業が採用した新卒者数は延べ18.7万人(大卒13.1万人)でしたが、直近の2024年度では合計16.7万人(大卒13.5万人)程度とピーク時よりやや減少しています​。一方で2020年代に入ると、新卒採用数はコロナ禍の落ち込みから回復し再び高水準になっています。ただし注目すべきは中途採用数の急増で、2024年度計画の中途採用数は3年前の2倍以上に達するなど劇的な伸びを示しています​。大手企業全体では新卒:中途の採用比率がほぼ1:1に近づいており​、新卒総合職一括採用だけに頼らない人材調達が定着しつつあります。このような採用構造の変化は、総合職制度の前提である「毎年大量の新卒正社員を確保できる」という状況が変わりつつあることを物語っています。
    works-i.com

  • 若手総合職の離職率: 前述の通り、新卒入社後3年以内の離職率は34.9%(大卒, 令和3年卒)に達するなど高止まりしています​。特にZ世代(1990年代後半〜2000年代生まれ)の早期離職志向が課題となっています。この離職率の高さは総合職制度にも大きな影響を及ぼします。本来、総合職として入社した若手が将来の幹部候補となることを期待して長期育成するのが従来モデルでした。しかし現実には投資した人材が定着しないリスクが顕在化しています。総合職の大量早期離職は人材ポートフォリオの空洞化を招き、結果として中堅層の不足や将来の管理職候補の枯渇につながりかねません。この傾向はここ10年で悪化しており、総合職制度の持続性を揺るがす要因となっています。

  • 給与体系・処遇の変化: 総合職の給与体系にも変化の兆しが見られます。従来、日本型雇用では年功序列を基本に勤続年数とともに賃金が上昇し、昇進(肩書)に応じて処遇が上がる仕組みでした。総合職は一般職より初任給が高めに設定され、昇給幅も大きい傾向がありました。しかし、人材の流動化や業績主義の浸透により、昨今は若手でも能力に応じて高い報酬を与える動きが出ています。前述のように新卒初任給を引き上げる企業が相次ぐほか​、早期に成果を出す社員への昇格・昇給を加速する企業も増えました。また、一部企業では職務給・役割給への転換が進んでおり、丸紅のように「ミッションの大きさ(職務責任)によって報酬を決定する」制度を管理職以外にも広げる例もあります​。これにより、単に年次が上だから高給という構造から、担う仕事の価値に見合った報酬を支給する構造へのシフトが起きています。

  • キャリアパスの多様化: 総合職社員のキャリアパスにも変化が生まれています。従来は総合職=会社に長く勤めて管理職になる一本道でしたが、現在では社内で専門職的なキャリアを歩む道や、一定期間で転職してキャリアアップする道などが認識されるようになりました​。企業側も社内副業や社外留学制度を設けて社員のスキル向上と流動化を支援するケースが増えています​。例えば日立製作所は社内公募制度や社外副業制度を導入し、社員が自ら希望する職務にチャレンジできる仕組みを整備しています。
    cas.go.jp
    social-innovation.hitachi
    これは従来の人事部主導で一律に異動を決める総合職運用から、社員の主体的なキャリア形成を尊重する方向への舵切りと言えます。結果として、社内においても総合職といえども必ずしもゼネラリストを目指す必要はなく、専門性を深めるキャリア地域に根ざすキャリアなど多様なパスが生まれています。こうした動きは総合職制度の画一性を緩和する一方、制度そのものの再定義を迫るものでもあります。

以上のデータ・トレンドから、総合職制度は新卒採用・育成・処遇というあらゆる面で変容しつつあることがわかります。新卒偏重から中途とのバランスへ、人材定着重視から流動性容認へ、年功賃金から職務給へ、そして一律キャリアから多様なキャリアへ――総合職制度を取り巻く環境は急速にシフトしています。これらの変化は制度の終焉を裏付けると同時に、次世代の人事制度への移行期にあることを示唆しています。

6. 批判と反論(完全に廃止すべきか?)

総合職制度には上述のような課題がある一方で、そのメリットや存続を望む声も依然存在します。日本企業が長年培ってきた雇用システムだけに、一概に「廃止すべき」とも言い切れない側面があります。このセクションでは、総合職制度の肯定的な面と、それを維持・活用しようとする理由、さらに制度を急激に廃止・転換することのデメリットやリスクについて、バランスよく考察します。

〈総合職制度のメリットと維持される理由〉

  • 長期的な人材育成と企業特殊技能の蓄積: 総合職制度の最大の利点は、企業が長期的視野で人材育成計画を描ける点にあります。新卒から自社で教育し、様々な部署を経験させることで、自社の業務フロー全般に精通したゼネラリスト人材を育て上げることができます。こうした人材は社内の人脈や裏事情まで把握しているため、部門間の橋渡し役や総合調整役として極めて有用です。また、企業特殊の技術やノウハウは長年勤続する中で身につくものも多く、総合職的なローテーションを通じて初めて体得できる知見も存在します。例えば、日本企業では長期的・無限定的コミットメントの下で柔軟な人事ローテーションが可能となり、強い社員の忠誠心や高度な社内知識が醸成されてきたとの分析があります​。これは日本型人事制度の強みそのものでもあり、総合職制度がその基盤を提供してきました。企業にとっては、短期的にスキルのある人を採ってくるだけでは得られない組織への理解度・帰属意識の高い人材を内部育成できる点で、総合職制度は依然価値があります。

  • 柔軟な人員配置と危機対応力: 総合職社員は契約上職務限定がなく「何でも屋」として扱えるため、経営環境の変化に応じた人員再配置がしやすいメリットがあります。景気変動や事業再編時にも、総合職社員を別部門へ異動させたり本社へ呼び戻したりすることで、人手不足や余剰を調整できます。一方ジョブ型で社員が専門職務に固定されていると、部署の仕事が減った際に配置転換が難しくなり、人件費削減のために解雇せざるを得ないケースも出てきます。総合職的な雇用は企業にとって雇用のクッションとして機能し、不況期でも人材を社内に留め置いて将来に備えることを可能にします。日本企業が1990年代以降の度重なる不景気でも欧米ほど大規模なレイオフに踏み切らずに済んだのは、総合職的な内部人材プールで調整してきた背景があります。つまり総合職制度は企業の経営安定装置としての役割も担ってきたのです。

  • 企業文化の継承とチームワーク: 総合職社員は新卒で一斉に研修を受け、寮や研修センター生活を共にすることも多く、企業文化や価値観の共有が図りやすい面があります。配属後もジョブローテーションで様々な上司・同僚の下で働くため、社内で共通の言語やネットワークが醸成されやすく、組織の一体感を高めます。こうした暗黙知の共有絆に基づくチームワークは、日本企業の強みとしてしばしば指摘されてきました。総合職制度により「会社の一員」としてのアイデンティティが強固になることで、従業員は個人の損得より組織全体の成果を優先する行動を取りやすくなるとされています​。実際、日本的経営の下では従業員の忠誠心が高く、労使協調関係もうまく維持されてきた歴史があります。総合職制度はその土壌を提供した一因であり、企業にとって今なお組織力の源泉とみなす向きもあります。

  • 人材の汎用性と将来のリーダー育成: 総合職として幅広い職務を経験した社員は、将来的に管理職・経営層になった際に全社的視野で判断を下せると期待されます。特に事業会社では、製造・営業・管理と多様な部門を経験したゼネラリストが経営トップに就くことで、バランスの取れた意思決定ができるという考えがあります。専門特化型の人材ばかりだと視野が狭くなりがちなところ、総合職的キャリアを積んだ人材は「木も森も見る」力を備えているというわけです。このようなジェネラリストのリーダーシップは日本企業の統治構造の特徴でもあり、総合職制度はその候補者プールを提供する役割を果たしてきました。企業が総合職制度を維持したがる理由の一つは、「将来の幹部候補を若いうちから囲い込み、社内で計画的に育成できる」という点にあります。ジョブ型で外部から都度リーダーを招へいする方法もありますが、自社のことを深く知る内部昇格者には信頼感や組織統率力で勝る部分も多く、日本企業は引き続き内部昇進モデルを重視しています​。総合職制度はその前提条件を提供するものとして、依然重要視されているのです。

以上のようなメリットから、総合職制度には「企業内で腰を据えてキャリアを積みたい」という社員や「自社で一から人を育てたい」という企業のニーズに応える面があります。そのため、近年のジョブ型ブームの中でも「あえて総合職的一括採用を維持する」企業も一定数存在します。また中小企業などでは、人員数が限られるため一人ひとりに様々な業務をこなしてもらう必要があり、ゼネラリスト志向の総合職採用が適している場合もあります。その意味で、総合職制度は必ずしも時代遅れの遺物ではなく、組織形態によっては合理的な選択肢となり得るのです。

〈総合職制度廃止のデメリット・リスク〉
総合職制度を完全に廃止しジョブ型・職種別に切り替えることには、いくつかのデメリットやリスクも考えられます。

  • 従業員の雇用不安・モチベーション低下: 総合職的な無限定正社員制度が廃止されると、従業員にとっては「会社が面倒を見てくれる」という安心感が薄れ、雇用不安が高まる可能性があります。職務限定の契約になると、担当業務が無くなった場合に解雇されたり、評価が悪ければ減給されたりするリスクが現実味を帯びます。そうなると従業員は会社への忠誠心より自分の市場価値向上や待遇アップを優先するようになり、結果的に早期転職を促進してしまう恐れがあります。総合職制度があった頃は「会社にいれば将来は報われる」という心理的契約が社員のモチベーションを支えていました​が、制度廃止後にそれに代わるインセンティブを用意できないと、働く意欲の低下や組織へのコミットメント低下を招きかねません。

  • 組織の断片化・オープンポジション主義の弊害: 職種別・ジョブ型運用では従業員一人ひとりが自分の職務範囲に責任を持つ反面、組織全体の視点で動く人材が減少する恐れがあります。各人が自分の仕事にフォーカスすることで専門性は高まりますが、部門横断的な協力やジョブローテーションによる相互理解の機会は減ります。その結果、組織が縦割り化・サイロ化し、部署間の連携不足や企業内のノウハウ共有の停滞が生じるリスクがあります。総合職制度は「色々な部署を経験した人材」が潤滑油になることで組織の一体性を保ってきましたが、それが無くなると社内で共通言語を持つ人が減り、企業文化の継承も難しくなるかもしれません。

  • ジェネラリスト不在による経営人材不足: 全社員がスペシャリスト志向になった場合、将来的に経営の全体を見渡せるジェネラリスト人材が不足する懸念があります。高度に専門分化した組織では、それぞれのトップは自部門には精通していても他部門の事情に疎くなりがちです。日本企業ではこれまで総合職出身の役員が部門横断的な調整を行ってきましたが、そうした人材パイプラインが細ると経営の視野狭窄を引き起こす可能性があります。また、仮に経営幹部を外部から招聘するにしても、自社の状況を理解するまで時間がかかったり組織の支持を得られなかったりするリスクがあります。総合職的に内部育成したリーダー不在のツケが将来回ってくる懸念は無視できません。

  • 既存社員への影響と移行コスト: 長年総合職として勤めてきた中高年社員にとって、突然のジョブ型転換は自身のキャリアの否定にも映りかねません。自分の市場価値や専門性を改めて問われるプレッシャーから動揺が広がったり、従来の評価制度が変わることで不満が噴出したりする恐れがあります。労使間で十分な合意形成がないまま制度廃止に踏み切れば、労働争議や士気低下を招くリスクもあります。また、人事制度を全面的に作り変えるには相当のコストと時間がかかります。ジョブディスクリプションの整備、評価基準の再設計、社員への説明・教育など、移行には労力を要します。それにも関わらず必ずしも成果が上がらなかった場合、組織の混乱だけが残る可能性もありえます。総合職制度を廃止する際には、こうしたトランジションコストとリスクを念頭に置いた慎重な対応が求められます。

以上の点から、総合職制度には問題が多い一方でその功罪は一長一短であり、全面的な否定には注意が必要です。制度改革にあたっては、総合職制度のメリットをいかに継承・代替しつつデメリットを克服するかが課題となります。たとえば総合職的な柔軟配置の良さを残しつつ職務明確化を進めるハイブリッドな仕組みや、社員の雇用安心感を維持しながら専門性を伸ばせるキャリア制度など、バランスの取れたアプローチが求められていると言えるでしょう。

7. まとめ

日本の総合職制度は高度経済成長期からバブル期にかけて確立し、長らく企業と従業員双方にメリットをもたらしてきました。しかし、社会・経済の構造変化に伴い、その前提条件が揺らぎ始めた現在、制度の転換期に差し掛かっています。労働力人口の減少、若年層の価値観変化、DX時代の到来、グローバルスタンダードの波――これらは総合職制度に大きな見直しを迫る外圧となっています。実際、「総合職」と「一般職」の二分法は限界に達しつつあり、日本企業は従来の採用・雇用スタイルを抜本的に変革せざるを得ない状況です​。

では、日本の総合職制度はこの先どのように変わっていくべきなのでしょうか。総合職制度を時代に合わせて進化させる選択肢と、思い切って終焉させ新制度へ移行する選択肢の双方が議論されています。いずれにせよ重要なのは、以下の点に留意しバランスを取りながら進めることです。

  • ①メリットの継承: 総合職制度が培ってきた長期育成や組織的連帯感といった強みを、可能な限り新しい仕組みに織り込むこと。例えば職務を明確化しても社員が社内でキャリアを積み上げる道(社内公募やキャリアチャレンジ制度など)を用意し、企業へのエンゲージメントを損なわない工夫が必要です。

  • ②公平性・多様性の確保: もはや暗黙の性別役割分担を残す意味はなく、性別や属性に関係なく平等に活躍機会を得られる制度へと刷新することが不可欠です。総合職・一般職の統合はまさにその一環であり、多くの企業が取り組み始めています。

  • ③人材戦略の柔軟化: 終身雇用神話が崩れた以上、社内人材と社外人材を機動的に融合させる戦略が求められます。総合職一括採用に固執せず、中途採用やプロジェクト単位の契約社員活用を積極的に行い、不足スキルを迅速に補う体制を整えるべきです。その際、内部の総合職社員にも社外の専門人材にも公平な処遇を行い、双方のモチベーションを高めることが重要です。

  • ④透明性と納得感のある評価制度: 総合職的な年功昇進から職務能力主義への転換期においては、社員が自らのキャリア展望を描けるよう評価・昇進のルールを透明化する必要があります。ジョブディスクリプションを明示し、「何をすれば昇格できるのか」「専門職として報われる道は何か」を示すことで、従業員の不安を取り除き、成長意欲を引き出すことができます。

総合職制度の終焉は単に古い仕組みを捨て去ることではなく、新たな日本型雇用モデルへの再構築と捉えるべきでしょう。数年後、日本の採用・雇用は今より格段に世界標準に近づいているとの見方もあります​。その未来に備え、企業は今から変革に着手しつつ、自社の強みや文化をどう残すかという視点を忘れずに取り組むことが重要です。日本企業が持つ組織力と適応力を活かし、総合職制度の良質な部分を残しつつ新時代に合った雇用システムへと進化できるか否か――まさに今、その岐路に立っていると言えるでしょう。そして、その選択如何によって、日本企業の競争力と働き手の幸せの両方が左右されることになるのです。


いいなと思ったら応援しよう!

vinegar
色々な情報やノウハウをまとめて共有していきますので、もし気に入ったら協力いただけると嬉しいです。