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【ベトナムエッセイ#2】薬局嫌い

先週、我が家の近くにチェーンのドラッグストアがオープンした。

なんだドラッグストアか、と思われるかもしれない。そこはマンションの下の小さなスペースにできたチェーン店、コンビニよりも小さいくらいの店だ。そう、それはただのドラッグストア。

それでも、近所の人間は大いに喜んだ。特に我々ベトナムに住む外国人にとっては、この店は実にありがたい存在だ。近所の奥様方も、この薬局ができた話で大盛り上がりしている。


重要なのは「セルフサービス式」だということ。


セルフサービス式って何ぞや?と思われる方も多いだろう。わたしもついこの前、「おしん」の再放送で知った言葉だ。魚屋だった店をスーパーに変える時、あの時代の人々は言っていた。スーパーというのは「セルフサービス式の店」だと。自分で品物を選びレジへ持っていく、それがセルフサービス式。

セルフサービス式、当たり前のように思うかもしれないが、少し前までベトナムにはセルフサービス式の薬局は存在しなかった。多くの薬局はカウンターの奥に店員がいて、客は店員に欲しいものを伝えなくてはならなかった。日本のドラッグストアにも調剤薬局のコーナーがあるから、あれをイメージしてもらえばわかりやすいかもしれない。あれの薬剤師さんがカウンターから出てこないバージョン。手に取れる位置に薬はなく、お店の人に言って取ってもらうという形だ。


察しの良い方はここまで言えばおわかりだろう。外国語で欲しいものを伝えるというハードルの高さを。しかも、使用する言語はベトナム語だ。


かつて、10年以上前の話。わたしの前に最初に立ちはだかった壁は「痒み止め」だった。

当時売っていた日越辞書は本当に薄っぺらいものばかりで、痒み止めなどという項目はなく、もちろんインターネット上にも便利な翻訳機能などなかった。今も昔もベトナム語はマイナーな言語だ。(今でもいい辞書は少ないが、Google翻訳はだいぶ意味が通じるようになってきた)

ベトナム語も初級レベルだったわたし、身振り手振りで伝えようにも埒が明かず、一度出直し、簡単な絵を描いて、使えそうな単語を片っ端からメモして、再び戦いに臨んだ。痒い、蚊、刺される、塗る、薬、軟膏…

結果、出されたのは緑の油の小瓶。ベトナムでは万能薬とも言われているポピュラーな物。Dau Gio Xanhという名のこの油は 風邪、咳、鼻水、頭痛、日射病、乗り物酔い、吐き気、腹痛、炎症、筋肉痛、関節痛、腰痛、倦怠感、虫刺され、手足のリウマチに効くと書かれている。町の至る所でこの臭いがするので、かなりの人が愛用していると思われる。が、この臭いは遠慮したい。

続いて出されたのが、Cao Sao Vangという軟膏。日本でいうタイガーバームのような物だ。先程の緑の油と大差なし。

そして、奮闘虚しくしょんぼりと立っているわたしに救いの女神が現れる。たまたま薬局へやって来た英語がわかる若い女性が教えてくれたのだ。薬局と一口に言っても、輸入物の薬(漢方薬ではなく西洋薬)を多く扱うNha Thuoc Tay と書かれた薬局へ行かなければ、わたしが欲しい痒み止めは売っていないということを。歩いて行ける距離ではないので、近くにいたセオム(バイクタクシー)のおじちゃんに連れて行ってもらうことになったが、痒み止め一つのためにどれほどの時間を割いたのか。

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それ以来、薬局へ行くのは極力避けるようになった。そして、使い終わった物であれ、箱は捨てずに取っておき、次回購入時に持っていくという癖がついた。


2度目の壁は「妊娠検査薬」だった。日本でも買ったことがない上に、初めて買う物なので形がわからない。説明できるだろうか。痒み止めと同じような戦いに挑むのは時間の無駄だと判断したわたしは、セオムとバスを乗り継ぎ、30分以上かけてバックパッカー街まで繰り出し、英語の通じるであろう薬局を探した。そして、見事にゲットしたそれは、相場の1.5倍の値段だったことが後に判明する。ぼられたという経験は金額の大小に関係なく、しばらく心を痛め続けるのだ。

やっぱりベトナムの薬局は嫌いだ。


とにもかくにも、薬局で欲しいものをゲットするのは、本当に大変だったのだ。怪我をした時を想像して欲しい。滅菌ガーゼ、それを止めるテープ、消毒薬…必要なものはどれもほとんど辞書には載っていない単語ばかりだ。


今ではロート製薬がベトナムにやってきてくれたおかげで、痒み止めも虫除けも簡単に手に入るようになった。そう、コンビニができて化粧水も洗顔料も、日焼け止めだって、ビオレやその他、日本製品がいつでも買えるようになったのだ。便利な時代になったものだ。


この話を一緒に懐かしがってくれるだろうと8年ほどベトナムに住んでいる友人にしたところ、「スマホで写真見せればすぐだったから、何も困らなかったよ。」との返答あり。わずか数年で時代は大きく変わっていた。スマホの出現!チョイオーイ、そうだ、ちょうどその頃から時代は大きく動いたのだった。


ベトナムでの暮らしは、スマホ前とスマホ後で天と地ほどに差があると言っても過言ではない。


紙の地図を頼りに町を歩き、とにかく道の名前を覚えなければどこにも行けなかった時代。道を知らなければタクシーで遠回りされるからだ。一方通行の多い場所ではどこからどう乗るのがいいか知っておかなければ、ぐるっと回って大変なことになる。Google mapで行き方を確認しながらタクシーに乗れる現代とは大違い。

バスロータリーで配られている路線図で行き先近くを通るバスを確認し、待てど暮らせど来ないバスをひたすら待つだけだったあの頃。今はバスアプリをダウンロードしていれば、バス停に何番のバスが止まるか、更にGPSの位置情報でどのバスが何分後に来るかわかったりもする。Google mapを使えば、行き先までの最短ルートだって示してくれる至れり尽くせりの時代。


わたしが今でも忘れられないのは、市場でボビンケースを探した時のこと。今であれば、スマホで写真を見せればすぐの話だ。

ただでさえ交渉が必要な市場での買い物。相場を知らない者はベトナム人であってもぼられる世界。また、どこに何が売っているかは、行って探してみないとわからない時代。

市場の奥の手芸用品を扱っている小さな二軒の店のおばちゃん相手に、知っている限りの単語を使い、身振り手振りでボビンケースが伝わった時の感動と言ったらなかった。


そんな昔話。20年以上前からベトナムに住んでいる友人の話はもっと過酷だった。わたしなんか足元にも及ばない。


けれど、こういう昔話をする時はものすごく楽しい。同じ時代を共有したという仲間意識が生まれ、何だかグッと親しい関係になれる気がする。

どんな事でも、時間が経てば思い出に変わる。いい思い出もあまり思い出したくない思い出も、全部ひっくるめてわたしの経験。そんなベトナムでの暮らしが気に入っている。

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