【ベトナムエッセイ#4】一年に二度の戦い

暑い。ここ数年のサイゴンは雨季の終わりとともに灼熱地獄がやってくる。少し前までは、乾季の始まりのこの時期は暑すぎず湿気もなく過ごしやすかった。こんなに暑くなるのはテト(旧正月)明けからと決まっていたのに。


ベトナムは南北に長い。わたしが住んでいるのは南部のサイゴン。ホーチミンというのが今の正式名称だが、この街の人々は昔からの名前「サイゴン」を好んで口にする。

ちなみにサイゴンと呼ばれるのは1区や3区などの街中のことで、ここ数十年で急激に開発されて整備された2区や7区のような場所はサイゴンではないらしい。2区でバスを待っていると「サイゴンへ行くの?」と声をかけられる。2区だけでなく7区にしてもそうだ。サイゴン川を渡ると天気が変わる。1区は大雨だったのに、2区や7区は降っていないなんて事がよくある。その逆も然り。川の向こうは晴れているのにこっちは大雨、ここからこっちは雨ですよと線でも引いたようにはっきり天気が違うのは、見ていてなかなか面白い。

なので、正確にはわたしが住んでいるのはサイゴンではないのだけれど、響きが好きなので、サイゴン在住と言っている。メコンに住んでいるという方が合っているのかもしれないが。

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区が変わる川の向こうは真っ黒な雲。川を挟んで天気は変わる。



ベトナムは北部に首都であるハノイ があり、南部にサイゴンがある。

ハノイ は夏が長く冬が短いものの、四季があり、冬場は長袖にコートが必要なほどである。気温で見るとそこまで寒くなさそうなのだが、湿度が高いせいで底冷えがする寒さだ。また冬が短いので暖房器具があまりない上に、こちらの家は床がタイルだったりするので、お風呂に入る習慣がないベトナムでは日本人の多くは体の芯から冷えてしまうようだ。もちろん日本の冬に比べたら寒さなんて比べものにならないだろうけれど。


サイゴンに四季はない。雨季と乾季の二つだけ。日本が新緑に囲まれている頃に雨季に入り、街中がクリスマスの飾り付けを始める頃、乾季に入る。10年前くらいまでは雨季になると、夕方決まった時間にザーッとスコールが降っていた。雨雲が去っていった後には再び青空が広がるので、雨の間だけどこかで雨宿りをしていればよかった。ところが、最近は朝から雨がしとしと降り続いていたり、グズグズとずっと曇っていて一日のうちで一回も青空を見かけない、そんな日も多い。おかしな天気になってきたと友人とよく話している。

そんなわけで、サイゴンには季節の変わり目が一年に二回あるのだが、乾季から雨季に変わる方がわかりやすい。数ヶ月ほとんど降らなかった雨が急に降り始めるのだから。それに比べて、乾季の始まりはこのところわかりにくくなった。例年、雨季の終わりにドーンと大雨が降る。大雨の後はカラッとして乾季になったと実感できるのだが、今年は台風が何度もやってきて大雨が続いたおかしな年だった。中部ではひどい洪水被害だった。これが最後の雨だねと話していたのに、その後も何回か雨が降り、乾季はいつかね?と待っていたら、急に暑くなってしまった。日本でも猛暑が続いた後に急に寒くなり、秋はどこへ行ったの?なんて事が増えてきた気がするが、サイゴンでも同じように、一年で一番過ごしやすい乾季の始まりが感じられないまま猛暑に突入してしまった。


季節の変わり目がわかりにくくなったと書いたものの、我が家には季節の変わり目を知らせる出来事が起きるので、かなりはっきりと雨季と乾季の始まりがわかる。他の家でも同じようなことが起きているのだろうか。そういえば、誰にも確かめたことがない。


季節の変わり目をお知らせしてくれる出来事、それは蟻の出現である。乾季の到来、そろそろ奴らがやってくる。そう身構えていたら、案の定やって来た。今年は11月22日(日)だったということをここに記録しておこう。


普段から蟻との共存をしている人はわかりにくいかもしれないが、我が家は徹底して蟻の侵入を阻止しているので、蟻が出るとすぐにわかる。この国ではなかなか難しいことではあるけれど、新築マンションでまだ蟻の侵入経路が出来上がっていないうちから住み始めたので、なんとか阻止し続けられている。

蟻と言うと、一列に並んでゾロゾロと食べ物を運んでいるのを想像する人が多いのではないだろうか。または巣穴の近くをウロウロしている姿だろうか。わたしがイメージする蟻は真っ直ぐに歩かず、ウロウロ進む小さな茶色い蟻である。わたしはそれらを偵察隊と呼んでいる。一番初めにやって来て、餌を見つけた後に仲間を呼びにいく蟻たち。団体行動はせず数匹でふらふらとやって来て、それぞれが動き回る。

ベトナムへ来て、何度も蟻との戦いを繰り広げたわたし。赤、黒、茶色、いろいろな蟻の行動を観察して来た。侵入を防ぐためにまず大切なのは、最初にやってくる偵察隊を見逃さないことだと思っている。偵察隊が何か食べ物にありついてしまうと、その日の夜には行列を作って団体が押し寄せてくることになる。袋に入っていようが、奴らは破って中に入り込んでしまうので、食べ物は全てプラスチックの大きなタッパーに入れておいたり、冷蔵庫に保管するようにしている。


毎年キッチンの裏だの、バスルームの棚の裏だのから現れる蟻。一匹見つけたら、その近くに十匹弱いることが多い。見つけたらまず、殺さずに泳がせて侵入口を突き止める。穴の近くに蟻を退治するアリの巣コロリなどを置いておいてもいいが、あまり食いつきが良くない場合が多いので、最近はもっぱら穴にスプレー攻撃をした後、ボンドなどで塞いでしまう。その後、泳がせていた帰る場所がわからなくなったはぐれ蟻たちを一匹ずつ片付けていく。もし、すぐ近くに巣を作っていた場合、大慌てで引っ越しをしているだろうし、穴を塞いでしまえば、それで大丈夫。次の季節の変わり目まで奴らが現れることはない。


それにしても、毎年毎年、よくも飽きずにやって来るものだと思うけれど、もはや風物詩のようになっているので、季節の変わり目になると、まだかまだかと待ち構えている自分がいる。

昔住んでいたマンションでは、ふと窓の外を見た時に見た外壁を列になって進んでいく蟻の姿に感動したこともあったが、(そこは16階だった)、自分のうちへやって来るとなると話は別だ。容赦なく退治する。


たかが蟻、されど蟻。一度でも気を許せば、ちょっとした食べこぼしに蟻が群がる部屋へと変わってしまう。我が物顔で我が家をウロチョロされたのではたまったもんじゃない。

季節の変わり目になるたびに、なぜ蟻がやって来るのかはわからないけれど、今年も無事に侵入を防ぎ、乾季を迎えられたことを嬉しく思う。

さて、次は五月。


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