クワくんとのおわかれ
4歳の息子は虫がとくいではなく蝉の抜け殻も触れないほどであったが、今年の6月に庭のダンゴムシをビンに入れて飼い始めてからは少しずつだけどほかの虫たちともおともだちになり始めていた。
そんな息子が幼稚園の仲間に乗り遅れまいと、父親と一緒にクワガタを捕りに行ったのが夏休みの始まった頃だっと思う。一匹だけ雄のノコギリクワガタが捕れた。よく見かける、プラスチック製で青いフタのついた虫かごに土と木の皮と昆虫ゼリーを入れてもらって、そこへクワガタを住まわせ、夏のあいだ一緒にすごした。虫かごの中の土が乾かないよう霧吹きで水をかけてやり、昆虫ゼリーを変えようと新しいゼリーの上蓋をめくって、それをおもわずぺろっと舐めてしまった息子のお茶目さに家族みんなで笑ったのも良い思い出だ。
息子はいつからかクワガタを「クワくん」と呼ぶようになっていて、ずっと触れなかったのにクワくんをつまんで持つこともできるようになった。それが嬉しくてなんども虫かごからクワくんをつまみ出しては私に見せてくれたし、木の皮にとまらせたりプラレールの上を歩かせたりしてなお一層クワくんと親しんでいた。
夏休みが明けると毎日クワくんを幼稚園に連れて行き、クワガタ仲間たちと交流したりして楽しんでいたおかげで息子の行き渋りもなく、私も安心していた矢先のことであった。クワくんは昨日とつぜん死んでしまった。時期的にそろそろかなと思ってはいたけれど、ついにこの日が来てしまったのだ。
最初に発見したのは夫で、「クワくん、しんじゃったよ...」としずかに言うと、動かないクワくんを見せてくれた。私も見せてもらうと、クワくんのつややかに黒くひかっていた上翅(じょうし、上羽のこと)はすでにひかりを失い、茶色っぽくなっていた。木の実みたいにころんとして、もう動くことのないクワくん。
床でゴロゴロ寝ていた息子は夫の言葉を受けると飛んできてクワくんをじっと見た。そしてみるみる赤くなる目を自分で知ってか知らずか、声を詰まらせながらも元気をよそおって「でもさ...だいじょうぶだよ...!クワくんさ...!」と言った後、すこし間をおいてからわっと泣き出した。私は息子の姿を見ていられずそれより前に泣いていた。
息子がはじめて仲良しになった昆虫のクワくんは、息子にとって初めて身近に感じる『死』という体験をもたらしたのだった。
わぁわぁと泣く息子の背中を撫でながら、4歳の息子のむねにいつのまにか「死を悼む」という感情が育っていたことに、心のなかですこしだけ感嘆した。