TIME-EMIT(時・間・排・出)
超大型建築現場のある日、Aさん(70)が休憩時間が終わったのに全然作業場所に来ない。Aさんは携帯電話を持っていないので、わたしは別の人間を作業場所に呼び、Aさんがうっかり休憩中死んでたらヤバいので捜索しに行った。するとプレハブの裏に段ボールを敷いて上半身裸で麦茶を飲んでいた。
「Aさん!もう時間ですよ。」
「えっ時間ですか…今何時ですか?」
「Aさん時計持ってないの?」
「はい。」
「今までどうやって仕事してきたの?」
「勘でやってます。」
それでは困る。わたしはAさんに、時間守らないと人(主に俺)に迷惑かけるよ。携帯無いんだったらせめて腕時計ぐらいつけてきてね。100円ショップにも売ってるよ。と言って、作業場所に連行した。令和4年の話である。
しかしわたしも丸くなった。昔だったらAさんに「てめえ!ジジイ!」と怒鳴って現場の外に叩き出していたのは間違いない。
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若かりし頃、主に街路樹や灌木の剪定・伐採・植樹などを行う造園会社で働いていた。道路上に工事車両を設置しての作業なので、交通量の多い場所では大渋滞の原因となってしまう。それを避けるため、
「明日は2時に甲州街道の高井戸インター下集合な。」
という連絡が親方からくる。昼の2時ではない。深夜の2時だ。
ある日のこと。いつものように午前0時に起きて身支度をし朝ごはん(夜食)を食べてバイクで高井戸インター下に向かう。午前2時作業開始。休憩なしで枝を切りまくり掃除。午前8時、切った枝を東京都清瀬市の牧場までゴミ収集車で運ぶ。葉っぱを牛が食べる。帰りはゴミ収集車で家まで送ってもらう。午前11時アパートに帰宅。
バイクをわすれた。
電車と徒歩でバイクを停めた場所に行くとバイクは駐禁を切られていた。警察署で13,000円払った。カネがなくなったのでチョコチップパンと水が晩ごはん(昼ごはん)、風呂に歯磨き午後3時就寝。明日は午前2時荻窪駅前。疲労困憊でおやすみなさ………
…ヤバい!起きた瞬間なんかイヤな感じがした。時計をみたら6時。朝か?夕か?窓の外はオレンジで朝焼けか夕焼けかわからない。
しかし、携帯の着信履歴が100件以上ある。
「絶対朝だ…。」
そして親方にボコボコに怒られた。
──などという暮らしを3年ほどしていたため、全然遅刻をしなくなった。ヤバいことにここ20年ぐらいは遅刻した記憶がない。暴力による躾は恐ろしい。そして、自分が親方になった27歳頃からは、作業員の遅刻に異常に厳しくなってしまっていた。怒鳴ったりしてしまった皆様大変申し訳ございませんでした。しかしわたしの怒りっぷりは、造園屋の親方の怒りっぷりには遠く及ばず、わたしのアパートのドアを蹴破り絶叫しながら土足で家に入ってきて布団ごと何度も踏みつけられた事はいまだにトラウマだ。その時はパトカーが来た。
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というわけで次の日の朝。「おはようございまーす」と現場詰所に行くと、Aさんが既に着替え終わってカップヌードル ビッグを食べていた。
その胸にはブリンブリンのネックレスがあった。
イーストサイドの大物ラッパーのような金色に輝くブリンブリンのネックレスが光っていた!
わたし「どうしたんですか」
Aさん「昨日100円ショップで買いました。」
Aさんはそう言うとブリンブリンネックレスの先についている物をジャラリと見せてくれた。
そこにはめざましテレビのキャラクターのような頭にベルが2つついている直径12cm厚さ5cmほどの立派な目覚まし時計がついていた。
A「これでもう遅刻しないです。」
わたしは心の中で声にならない叫びを上げた。
「こんな物が100円ショップで売ってるのか!
こんな物が100円ショップで売ってたとしても買う奴がいるのか!」────
「おはようございまーす」次に現場詰所に入ってきた若い作業員が「ブヒャヒャヒャAさん何ですかそれ!!」と爆笑していた。
──ちょっと詰問してみたところ、Aさんが100円で買ったのは「ブリンブリンのチェーン(軽い)」だけで、目覚まし時計は家にあるやつがちょうどチェーンにくっついたから持ってきたと言っていた。