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黄色い紙
胸くその悪い話、ということで友人が話してくれた話がある。
近所に住んではいたが、旦那さんの仕事場の近くに家を買うということで、彼女はロンドンのかなり郊外に引っ越した。ロンドンではない郊外である。
ロンドンほど移民も多くなく、伝統的なイギリス系のファミリー層が喜んで住むような街だから治安もよく、ロンドンが高すぎてマイホームどころではない人達や引退してロンドンに通勤しなくてもいい、というような人達に人気の街である。新規の家があまり建たない地域だから、空き家が出るのも珍しい地域らしく、友人も長いこと空き家がでるのを待っていた。待望の空き家が出て内見に行ったら45分で即決して家を買ったといういきさつがあった。
家から一番近いスーパーは車で10分程度、歩くと25分程度らしい。セインツベリーの中型スーパーがあって、車通勤の彼女は会社の帰りにいつもそこで買い物をして家に帰る。
家の近くに大きな空き地があるという。その空き地は今は亡き、高名だったイギリスの自動車メーカーのガレージ及び修理工場の跡地だったという。敷地の隅に小さなプレハブの小屋があり、そのプレハブはカフェになっていて名物のおじさんが簡単な食事を職員向けに出していた。自動車メーカーがよその国のメーカーに買い取られガレージが閉鎖になってもカフェだけは開いていたという。その自動車メーカーの敷地の周りにはスーパーがなく、小さなニュースエージェントもなかったので、その辺に住んでいるお年寄りが食事を買いに来たり、おじいさんの計らいでミルクやパンなどは大目に仕入れていたらしく、年寄りはそこでパンやらミルク新聞などを買っていたという。あと噂には聞いていたが、そのカフェに出入りしている仕入れ会社の若いのが、年寄りのリクエストを聞いて、1カ月に一回代理でスーパーに買い物に行ってあげていたらしい。
コロナ禍になってカフェは閉鎖になり、プレハブにはビニールシートが巻かれ、ガレージは完全に空き地になった。そのうち、プレハブの近くで見慣れない人間がうろちょろするのを時々友人は見かけるようになった。地元の人のうわさだと、マリファナたばこやカナビスの売人、本格的なドラッグを売るディーラーがうろうろしていたという。
コロナ禍もしばらく過ぎた最近、この空き地をとある格安スーパーが買い取り、スーパーを開くという。合わせてスーパーのテナントとして、ポーランド系の東欧からの輸入食品や肉などを扱うスーパーも入るという話がぶちあがってきた。
格安スーパーの名前は失念した。たしかLIDELかALDIだったはずである。両方とも、新興のドイツ系格安スーパーチェーンである。英国の膠着したスーパーマーケット市場に価格で殴り込みしてきたドイツ系のスーパーで、あっと言う間にイギリス全土に進出してきた。
そして、現在、この友人のコミュニティでは、このスーパーの建設反対運動が起こっているという。
理由は簡単で、この系列のスーパーを喜んで主に利用しているのは低賃金で働いている庶民そして移民が多く、この手の人達が集まるスーパーを作れば地域の治安が悪くなるのでご遠慮してほしいというのが主な理由である。
友人はスーパーの参入には賛成である。とにかく最寄りのスーパーが遠かったから近くにできるのはありがたいということ、今までカフェに頼ってきたお年寄りたちの代替案としてスーパーができたのは好ましい、そして、人が出入りする場所ができれば、ドラッグディーラーもお仕事をしなくなるであろうという意見であった。
地元の人達の反対運動は結構強硬らしく、スーパーの建設計画は止まってはいるが、そのうち建つだろうと言っていた。そして、スーパーが建った暁には、店の入口に反対運動に参加した人の顔写真を張って、全部出禁にしてほしいと友人は言って怒っていた。
多分、イギリス人なら、スーパーが建ったら平気の平左で利用するわね、私たちの地域のスーパーとか言いながらさ、と私と友人はそんなことを言ってこの話を終わりにした。
正直、この手の話は、何個か覚えがあるから、よくある話であるが、イギリス人の言動などにうんざりしてしまうことが多い。
ここでも何回も書いているが、私の昔住んでいた家のすぐそばにはプレミアリーグ所属のサッカークラブ、ブレントフォードのスタジアムがある。
このスタジアムは、ブレントフォードがプレミアリーグに昇格した年にオープンした17250人収容の小さなスタジアムである。(現在の主な有名チームのスタジアムの収容人数は4万人から6万人程度。それに比べるととても小さい。)
このスタジアムが建つのにはすったもんだがあった。2021年オープンしたが、正直、2007年くらいからすったもんだやっていた。とにかく建設の許可が下りなかった。地元の有志で強硬な反対運動があり、反対派は毎月ミーティングを開き、ブレントフォードの担当者が同席するという地獄のようなミーティングをやっていた。そして、ミーティング後は、近隣に住んでいる住民の郵便受けにワード印刷したようなミーティングの報告書がいつも配達されていた。
反対派の言っていることもわからなくはなかった。当時ブレントフォードは3部、お世辞にも強いとは言えず、グリフィンという当時のブレントフォードの本拠地の4つ角には全部パブがあり、試合がつまらなければ、サポーターがそこへ行ってビールを飲むのが習わしで、酒が入ればやれ喧嘩だ、チャントを大きな声でがなったり、といろいろあった。カップ戦になると時たま大きなチームがやってきたりすることがある。そうなると近くの狭い道には相手チームのサポーターが溢れ、交通渋滞やらバスが激混みになり、地元民としては「サッカーがある日は超めんどくさい」ということになり、うんざりしてるという気持ちもわからないでもなかった。時たま来るチームのサポーターはフーリガンみたいなのがいて、朝からバス停などを占拠してビール飲んで歌ってるのも時々見かけたりしたので、反対派の意見もわからなくはなかった。
それでも、強行に反対することもないだろうとなんとなく私は思っていた。スタジアムが新築でキレイになれば、その手の人達も出入りすることも減るだろうし、悪いことではないと思うのになあ、というのが私の意見だったが、ある時まではずうーっと、家の郵便受けに黄色い反対集会の報告書が定期的に投げ込まれていたし、地元の人のうわさだと「ブレントフォードの反対集会に来てる職員は使えない。ひどい」ということだった。
しかし、だ、ある時から反対集会はなくなり、スタジアム案は採用された。
もう黄色い紙は来なくなった。そしてその辺からオーナーも変わった。新しいオーナーは地元出身で、オックスフォード大学の経済学部を優秀な成績で卒業し、アメリカの投資銀行で成功し、自身でギャンブルの統計分析会社やら予想会社を作って成功を収めた地元のビジネスマンだった。自身のポケットマネーから、経営難にあえぐブレントフォードに無利子で120億とかポンと貸してしまう人だった。
地元の人はブレントフォードを舐めていた。弱いブレントフォードだとずっと思っていた。オックスフォード出の成功したビジネスマンが本気出してサッカー界にカチコミに来たことを見くびっていたと思う。
ほどなくして、3部からすぐに2部まで昇格し、2部なのに「将来彼はイングランド代表に呼ばれる逸材」などと言われて取材されるような選手が所属しはじめ(現在アストンヴィラ所属、イングランド代表オリー・ワトキンスのこと)、多少のもたつきはあったものの、2021年になんと74年ぶりにプレミアリーグ(1部)に昇格、昇格年の最初の試合は北ロンドンの盟主、名門アーセナルだったが、これを撃破、プレミアリーグに居座るようになる。
地元の人達はプレミアリーグ昇格がなんたるかを舐めていたと思う。
プレミアに昇格すれば、試合の相手チームはマンチェスターユナイテッドやリバプール、チェルシーなど、名門チームが試合にやってくる。ということはロナウドやサラーやラッシュフォードなどのスターがブレントフォードに来て試合するのである。家のすぐそこで、テレビで見ただけの人達が試合をしているのである。いつもは閑古鳥が鳴いていた地元の蒸気機関車博物館や古楽器が展示されている小さな博物館も試合の前後には暇つぶしでアウェイチームのサポーターがぽつぽつやってくるようになったし、スタジアムの隣にあった汚かった古いパブが隣の敷地を借りて大規模に改装したりと地元の経済がそれなりに潤い、確かに交通渋滞などは生じるようにはなったが、プレミアのサポーター達は心配するほどガラは悪くなく、そこまでどうこうという話も聞かなかった。
こうなるとみんな試合は見たい。チケットは争奪戦である。しかし、スタジアムの客席数は限られている。そうなるとみんな「なんであのスタジアムあんなに小さいの?」「子供にリバプールの試合見せてあげたいのに取れないのはおかしい。地元の子たちを優先すべきだ」とか「私たちはブレントフォードのコミュニティの一員なのにチケットにアクセスできないのはおかしい」などと言いだした。
出たよ、コミュニティだよ、またこれだよ。誰だっけ?コミュニティにサッカーチームいらないとか言ってて、毎月、サッカーチームの事務員呼び出してあーだこーだ言っていたのは。そういう人達とチームの妥協の産物があの小さいスタジアムだよ。その辺わかっててアンタたちはそういう発言してるのかい?と私は思わず言いたくなった。
イギリス人ってそういうところあるよね、と私はこれで学んだ。正直、なんというか、現金なのである。恥も外聞もないというか、そういう人達である。
ブレントフォードからちょっと離れているところにある、やはり高級住宅地で現在は有名で、住んでいる人達は主に高所得の白人及びお金持ちのロシア人などが家を買い漁ったことで有名な地域がある。世界的に有名で知名度のある映画俳優やらミュージシャンやらデザイナーなど文化人たちが好んで住んでいて、ちょっとビレッジ感のあるこじんまりとした地域である。そこには昔ながらのケーキ屋さんとカフェがあったが、つぶれてしまった。その跡地を借りたのはマクドナルドだった。時々そこのマクドナルドに行っていたが、2階にあるトイレはものすごい豪華な鏡張りで、びっくりするくらいきれいだったのがケーキ屋の名残だった。
マクドナルドのリース期間が過ぎ、彼らは契約を延長しなかったので、空き店になった。そしてそこに入ったのが、パウンドランドというイギリス版100円均一のお店だった。このお店が入るときに地元では反対運動が起きた。「この地域に住んでいる人達はそんな店に用はありません。低所得者が来るようになり、治安が悪くなるのでご遠慮してほしい」というのが趣旨である。
本気で言ってんの?という感じだが、本気で言ってるのである。イギリス人というのはそういう人達なのである。
しかし、だ、この地域で10年以上パウンドランドは頑張っている。他の店やレストランはバンバンつぶれて入れ替わっているのに、パウンドランドは続いているのである。おまけにこの地域で一番続いているのは、パーティーグッズを売っている体だが、店の奥ではアダルトグッズを売っているという噂のあるパーティーグッズ屋とパウンドランドである。誰もそこに行かないということであれば、つぶれるはずだが頑張っている。
申し訳ないが、イギリス人というのはそういう人達なのである。プライドだけはやったら高いが、自分の利益になることであれば、自分の意見なんかなくて、利益に飛びつく人達なのである。
そういう人達のことだから、たぶんすぐに私の家の近所にスーパーは建つわよ、と友人が言うのもなんだかうなずけてしまうのである。