思い入れのある靴
イギリスに来て、働き始めたころの話である。
その当時住んでいた家からバスでちょっと行ったところに商店街があり、そこには昔からある有名なセレクトショップがあった。そこそこおしゃれな街で、日本で例えるなら二子玉川とか、自由が丘とかそんなおしゃれな街の一角にある商店街のセレクトショップだった。
そこで、バーゲンになっていたヴィヴィアンウェストウッドのタータンのジャケットを見つけた。春夏商品なのでクールウールという軽めのウールのタータンジャケット。タータンの織がめちゃくちゃきれいで、それでもいやらしくなく渋い色調、襟などの形はいかにもヴィヴィアンという感じではあるが、着てみると意外にしっくり収まった。肩と腕の長さはちょうどいいのだが、胸のあたりがガバガバなのがちょっと気になった。お値段は安くなっていたとはいえ、その時は週給で働いていたが、ちょうど一週間分のお値段のジャケットだった。
その時は一日だけ取り置きをしてもらった。どうしても決心がつかず、どうしたものかと考える時間が欲しかったのだ。まわりに相談したら、「そこまでほしかったら買えば。着てみて違うと思ったら返品すりゃいいじゃん」という意見がほとんど、あとは「肩と腕があっていれば胸とのころはなんとかごまかせるよ、たぶん」という意見があり、翌日そのジャケットを引き取ってきた。
確かに胸のところはガバガバではあるが、ごまかせるというか、そこまで目立たない感じだし、ボタンを閉めなければいいでしょうという感じだった。
気に入ってたくさん着ていたある日、誰に言われたか思い出せないが年配の男性だったことは確か。
「それだけいいジャケット着てるのだから、靴もいいのはかないともったいないよ。」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。言いたいことはたくさんあったが、「ハイ」としか言えなかった。
イギリスに来てから足元はいい加減になった。日本から持って行った好きだった靴は、一年たたないうちに全部だめになってしまったからである。
気に入っていた中ヒールの黒いパンプスは、ある日、乗っていた地下鉄が車両故障になり、地下鉄職員が先導して駅まで歩くことになり、ダメになった。もちろん線路の上を歩いた。一気に靴がダメになっていくのがその時にわかった。
石畳というが、イギリスはそこまで石畳という感じはしない。が、道がとにかく悪い。あと、アスファルトが日本に比べて硬いような気がする。繁華街などは道が汚い。犬の糞などはあまりない。(あったとすると狐の糞か馬の糞。)が、酔っ払いの吐しゃ物とか、そういうのが多い。掃除も甘いからなんとなく道は汚いのである。前に忘年会をピカデリーサーカスの裏でやっていたが、帰りに酔っ払いが放尿していた。それをまたがないと帰れない。一緒にいた人はご自慢のジミーチュウのブーツを履いていた。彼女はそれをまたがないといけないとわかったときに泣いてしまった。結局違う道を選んだが、終電ギリギリになり、高いヒールのブーツをはきながら走る羽目になった。
そして、とにかく雨がよく降る。そして、水はけが悪いのであっちこっち水たまりの中を歩かないといけない。
あとは、結構みんなごつい靴を履いているので、人の足を踏んでも気が付かないというか、皆さんの足さばきは結構乱暴である。人ごみで靴を踏まれそうになったりするとき、結構怖い。
そういうことが重なり、華奢なおしゃれな女性の靴を履くことはめったになくなった。それに加え、イギリスの女性の靴はバリエーションがあまりない。ぺったんこのローファータイプ、もしくはバレエシューズ、紳士用のひも靴の女性バージョン、でいきなりハイヒールである。(7センチヒールが一番低い。)なので仕方なくであるが、ナインウェストというアメリカのブランドの靴を昔はよく買っていた。日本の感覚に近く、OLさんが履く靴というイメージがあったからである。
女性用のブランドも割に限られていて、いいと思っても、街を歩いてみると同じモデルを履いている人をたくさんみたりする。
(キャサリン妃、メーガンがよくはいているブランド。結構一足のお値段はします。デザインは中庸、ものもそこそこいいが必ずかぶるブランド。お店の人の対応などはいいと思いますが。)
ということで、イギリスのブランドの靴はそうそう買う気になれなくなり、なんとなく買っていたのは、スペインのブランドの靴が多かった。スペイン、そこそこのお値段で面白いデザインの靴が多いような気がする。デザインも日本人が受け入れやすいものが多かったような気がする。ただ、ものがそこまでいいかとなると、カジュアルで、一年ではきつぶす感じの靴が多かったような気がする。
そんなときに「いい靴はけ」と言われてなんとも言えない気分になった。が、言っていることはもっともなので、いい靴を探す、ことにした。
何人かに意見を聞いたが、割にすぐに出てきたブランドはたったの二つだけだった。本当にたったの二つだけだった。「Church」か「Crokett and Jones」
「Church」はまだシティが本当の金融街で、街にステッキとボウラーハット姿の金融マンがいたころ、その人達の足元がチャーチだったという思い出話をシティに長年勤めていた女性二人から聞かされた。他日本人が好きなイギリス靴のブランドがあっても、そのふたりはかたくなに「Church」押しだった。よくイギリス赴任で来た日本人達が思い出にと買っていく紳士靴で名前が必ず上がるあの高級靴ブランドのことを彼女たちは知らなかった。おまけに彼女たちは実はチャーチが経営が思わしくなく、プラダグループに買われたことも知らなかった。それでも彼女たちにとってのザイギリス紳士靴は「Church」だった。
「crokett and Jones」を押してくれた人は「ちょっとダサいかもしれないけど、誰にでも合う形の靴があるよ」という。確かにここの靴は普通に見てちょっとやぼったい感じはする。ちょっところんとしているのだ。ジャーミンストリートにあるお店はすごい趣きのある、古さがちょうどいいお店だった。が、私がフラッと入って買うような靴屋ではなかった。たぶん私が、ちゃんとジャケットを着て「こうこうこういう理由で靴を探しています」といえばお付き合いはしてくれそうだが、そういう勇気はなかった。
「Church」は家の近所の大きなショッピングモールの高級品セクションに支店があるのも魅力的だった。なので結局「Church」にしてみた。おすすめしてくださった方がわざわざ私に似合いそうな靴の紹介ページをプリントアウトしてくれ、「これがいいんじゃない」と教えてくれたのもあり、結局そこに買いに行った。
入ってみてすぐまばゆいばかりの靴靴靴の洪水だった。おすすめしてくれたのは「Burwood」という鳥の子靴というか、ウィングチップのひも靴だった。確かにそれがすぐ目に入った。でもなんというか、初回はシンプルなプレーンな飾りのない靴がいいのではないか、とそっちも気になり、二つを試着したいといったらお店の人が「あんたはそれって感じしないけど。」とプレーンな方を指していいやがった。
そう、なんというか雰囲気的に、プレーンなの似合わない。クロケットアンドジョーンズが乗り気でなかったのも、鳥の子靴がいまいち気にいらなかったから。ドクターマーティンに行ったとき、4ホールを買うとき、お店の人がエナメル加工のものと鳥の子を持ってきた。普通のつや消しの靴は持ってこない。「つや消しがいいって言ってるのにお前ら人の話聞いてんのか」となりそうだが、とりあえずこういう場合は「似合わないのはすすめたくないし、こいつはまだ自分の似合わない靴を欲しがっているようだ」となるか「在庫があるやつで似合いそうなのがやってきたので買わせたれ」の2択。
「靴は用意しますので、ざっくりでいいから採寸しましょうか。たぶん横幅はEかFでしょうね」と言われ、採寸ボードに足をのっけるところから始まった。横幅はEだった。Fでもいいかしらね、という話だった。「東洋人独特の足でね」みたいなこと言ったら「確かに横幅はあるけど、そこまで独特の足してないわよ。足先の形が私たちとは違うけど。」とのこと。
で、履いてみてすぐに「あ、いいですね」でお買い上げ。買って、7年くらい前の話になるが、今HPでお値段みたら3割弱値上がりしていました。次は「紺色のモンクストラップ」とか意気込んでいましたが、適当な理由をつけて買えるような値段ではなくなりました。ハイ。
履いてみて思うのはとにかく丈夫というか、結構ガンガンはいてもそこまで、という感じではない。硬いとさんざん言われていたが、硬いとは思わない。意外に足に吸い付いてくれて、柔軟性もある。そこまで手ごわい靴だとは思わない。が、一回履いたら脱ぐのは面倒臭いし、脱いだらはくのも面倒臭い。なので、一日はきっぱなしの時にはくことが多いか。
服は何にでも合うわけではない。正直、つやがものすごい独特なので、カジュアルな服には浮く。ジーンズや綿のパンツなどとは合わない。なので、やはりフォーマルなときにはく靴になるのか。
時々思い出したように履いている靴だが、最近あんまり出番がない。秋ということもあり、秋雨が多く、革靴どころではなくほぼ毎日長靴履いている。なので、時々こういう靴も履きたいなとおもい、靴箱から出して風通しをしている。
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