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さらば青春の光

いつごろか忘れたが暑い日だったと思う。会社が終わり、自転車を漕いで家に戻り、カバンを置いていつものパブへ行った。

パブに入ってライムソーダを注文し、一息つこうとしたら、便利屋のおっさんが声をかけてきた。「お前、今日どっちの入口から入ってきた?」パブは入り口が二つある。駅に近いメインの入り口と、バス停に近い2個目の小さな入口だった。

「駅の方だよ、いつもそうじゃん。あんたがたばこ吸ってるから見てるじゃん」「んだよ、あっちの入り口かよ、バス停の方じゃねーのかよ」「いや」そんな話をして、ソーダを飲もうとしたら、「おめーよ、いい女が待ってるからよ、バス停の方の入り口行ってこい」「あ?あたしはそっちじゃないよ」「男でも女でもどーでもいいけどよ、めちゃくちゃいいのがお前を待ってるんだよ。絶対にお前が好きなやつなんだ。もたもたしてたらいなくなっちまうぜ。早く行ってこいよ」というので、バス停の方へ入口に行ってみた。

ソーダを飲んでゆっくりしたいのに、という気持ちはあったが、言われてそっちの方のドアを開けて外へ出たら、そのいいものはすぐ目の前にあった。

それは、明らかに60年代のものとわかるランブレッタだった。ランブレッタが、パブの入口の前に止まっていた。車体は白とちょっとオレンジがかったトマトレッドだった。わあーと私が声をあげて近づいていくと、パブの前に喫煙用に置いてある大きなビール樽にもたれて、たばこを吸っていた男が、「どうだいい女だろう。たまんねえよな。後ろの曲線なんかほんとイカすよ」と話しかけてきた。

男はこの辺ではそう見ない人だった。細身で、腕っぷしなどを見ると肉体労働に長いこと従事していたろうな、という感じでいい塩梅で日に焼けていた。小柄で、フレッドペリーのポロシャツにチノパンを履いていた。足元は小豆色のコンバースだった。頭はかなり白かったので、この手のバイクが青春時代のシンボルだったのあろう年代だろう。鼻がちょっと曲がっていたが、そこそこハンサムに見えた。訛りはあったが、この辺の西ロンドン訛りと言われるような訛りなので、コックニー(これはロンドン北部、東部に多いと言われている。)ではないから、まあ、見ない顔ではあろうがそこまで遠いところの出身の人ではなかろう。

人懐こい人だった。「姉ちゃん、おれの女気に入ったかい?」といって、隅々まで見せてくれた。写真を撮っていいかと聞いたら、快くどうぞと言ってくれたので写真を撮った。

66年製造のランブレッタで中古で買ったのを、パブの近くの中古バイク屋に修理に出して引き取ったところだという。家には色違いで水色のランブレッタと、引き取ったばかりで修理をしていないやはり60年代の製造と言われているヴェスパを一台持っているという。自宅にある写真を見せてくれた。

「さらば青春の光」というモッズ族を描いた映画にこの手のスクーターがたくさん出てくる。ヴェスパといえば「ローマの休日」という感じだが、イギリスだとなんとなく、ローマの休日よりはランブレッタの方が人気で、この手のスクーターを表現するとなると、やはりモッズ族とか、その手の音楽になるのか、という感じである。

「ねーちゃんはモッズとか好きなのかよ」と聞いてきたので「まあね」と言っておいた。「おめー日本人だろ」というので「そうだ」と言ったら、「オレのバイクのことで質問してくるアジア系は日本人しかいないからすぐわかる」と言っていた。

「ミラーつけないの?普通バリバリにつけるよね」「これからだ」「そうなんだ」「けどよ、普通に運転するならアレはつけないよ。あんなん邪魔になってしょうがない。頭が重たくなるだけだ。」「まあ、そうだよね。つける時あるの?」「毎年、ブライトンに遠出に行ってノーザンソウルのオールナイターに出るからそん時だな」「面白そうね」「一緒に行くか?」「免許持ってないし」「免許とって中古でスクーター買えばいっぱしに見えるぜ」「そうだね。モッズなのにノーザンソウルなの?」「どっちでもいいやな。とりあえずそういうイベントがあるんだよ。スクーターで集まってそれから踊るんだ」「フーン」(こういう時の一緒に行くかは、別にそういうのではなく、ただ、興味があるなら連れて行ってやるという感じ。好きなら行ってみたいだろう。機会を提供してやるよ、というニュアンス。)

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(一応こんな感じにミラーやら反射板をバッキバキにつける)

「今度水色の方を運転してきたらお目にかけてやるよ。じゃあな」といって、男はたばこを消してバイクに乗っていなくなった。

それからこの男はパットのパブが気にいったのか、頻繁に顔を出すようになった。名前はキースで、やはりこの近辺の出身で嫁もこの近辺出身の女性、レンガ積みの男で、若いころはボクシングをやっていて、カーナビーストリートにあるロンズデールというボクシング用品専門店でガウンまで買ってボクシングそこそこやりこんでいたという人だった。だから鼻が微妙に曲がっていたのかと思った。

色々話を聞いてみたいとは思っていたが、酒にはあまり強くはないらしく、酔っ払っているときが多かったので、あまりその辺の話は聞けていないが、服はいつもベンシャーマンかフレッドペリーで決めていて、モッズのおしゃれは崩していない感じだった。

あとパブにもう一人、キースと芸風がかぶる人が一人いて、名前は知らないが、いつもフレッドペリーかベンシャーマンで、小柄のしゃがれ声のおじさんがいた。結構童顔でかわいい顔をしていたが、ウエストハムの狂信的なファンだったので私はウエストハムお父さんと呼んでいた。ウエストハムお父さんは、ロンドン東部出身、生粋のコックニーという感じだった。

イギリスに来たころは、パンクスもモッズもそれなりに存在するものだと思っていた。音楽もなんというか、そういう音楽がしょっちゅういろんなところで流れていて、そういうのが好きな人と気軽に交流が取れるものだと思って、イギリスに来た。

しかし、だ、ロンドンは正直、探してもあまりそういう人はいないような気がした。カムデンとかにパンクスはいるという話ではあったが記念写真用のなんちゃってパンクスでものすごいすきでそういう恰好を貫いているというのは全然いなかったし、時たまモッズスーツを着ている男女などを見たが明らかに仮装という感じだった。

そして、ガチで好きな人というと、これは完全にそのカルチャーがメインカルチャーだったころに思いっきりはまって、大人になってもそのまま好きな人がほとんどということで、ある程度本当に年が行った人が多いような気がする。モッズが好き、ノーザンソウルが好きとなると全盛期は60-70年代なので、その辺の話ができる人となると自分の親世代とあんまり変わらなかったりする。おじさん、おばさんばっかりだなと。あとは時たま、本当に時たま会うくらいだが、若い人にはあんまりあったことはないかもしれない、、、、、

(最近はいらっしゃるかどうか、わからないが、私がまだロンドンに来たころは、オックスフォードサーカスの駅員さんで一人ものすごい有名なパンクスがいた。

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普通にこのいでたちで駅員さんやっていた。危ないので黄色い線からおさがりくださいみたいなことをしていたり、普通にお客さんに道を聞かれて案内などをしていた。あとでローカルテレビの何かの特集で彼が出てきてグレッグさんという名前であることを知り、まだロンドン市長だったボリスジョンソンが彼について「別に仕事してりゃどんな頭してようが構わないし、多様性の時代ですから、ただ彼の頭は我々の財産なので、乗降者の多い駅には行ってもらいますよ」みたいなことを言っていた。まじかで見て、結構いい男だったのでこの手の頭でもまあ、様になるなという感じだった。普通にしててもそれなりにこの人かっこいいんじゃないかと思った。オックスフォードサーカスのドクターマーティンには彼がブーツをはいて、ロンドン地下鉄の制服を着た写真が飾ってある。)

ロンドンに来てもお店でかかっている音楽は、スターバックスでかかってるような毒にも薬にもならないような、コーヒータイムを邪魔しない音楽、もしくはチャートに乗っかっていて言葉遣いに問題ないとみなされた音楽、パブはフットボールアンセムというのだろうか、一緒にがなってうたえる音楽がほとんどで、その辺はなんとういか、もう音楽はそういうものだという感じだった。その中にたまにだが、古いバンドの曲が混じって流れる、と言った程度だった。そしてまあ老いも若きも古いバンドの曲は大体知っていた。が、そのバンドがどのジャンルに属してどんな風に評価されというのはもうどうでもいいようで、「古いけどいい曲よね」とか「お母さんが好きな曲」程度だったりする。(サッカー見に行ってあとから知ったのが、Dave Clark Five のglad it's all overだったりする。63年にはやった曲で、親に言ったら無茶苦茶びっくりしていた。)

そういう意味ではイギリスのポピュラー音楽いろいろに興味があって、それを期待してロンドン来たら、絶望することこの上ないだろう。正直、確かにいいナイトクラブなどはあるが、音楽的に割にどこ行っても同じ音楽が金太郎飴のように流れていることが多いような気がする。

歴史としては、ロンドンは本当にポピュラー音楽に関係するものがたくさんある。ジギースターダストが生まれたへドンストリート、ジミーヘンドリックスが初めてギグをやったパブ、オアシスのモーニンググローリーのジャケット写真の通り(ソーホーにある。)、ピンクフロイドのジャケットで有名なバタシーの発電所、アビーロードに、ローリングストーンズが初めてギグをやったトゥッケナムの小さなライブハウス、エイミーワインハウスとマッドネスがデビューを飾ったライブハウス付のパブ(なんと同じところ)、モッズが服を買っていたカーナビーストリート、など、まあこの辺は観光案内ですべて友人を連れて行ったところだが、歴史みたいなのはたくさんあるが、それがなんというか生まれる瞬間というかそういうものには立ち会える気配がロンドンにはあまりないような気がする。

日本にいたころはやたらにイギリスの音楽、そしてどこかにモッズやらノーザンソウルやら、そういうジャンルの音楽をかけ続けて、その愛好家が集まるというようなパブがたくさんあったり、常設になっていていつでもいければ会えるみたいなところがあると思っていた。愛好家は若い人達もそれなりにいて、かっこいい人達が集まるところだと思っていた。なんか音楽雑誌などを見て、勝手にそんな想像を膨らませていた。現実はそういうところはなかったし、愛好家は自分の親くらいの年が多かったり、演者もそれなりに年を重ねてきた人が多く、なんというか同好会の趣が濃いのが現実だった。

こういうところもあり、ロンドンに来た日本人で、正直、「音楽とか好きで、それに触れて居たくてこっちに来たんです」と言いながら、ロンドンに居続ける人はあんまり信用していない。もしかしたら、最近思うのだが、音楽というものはロンドンよりも地方の方が濃いものがあるような気がするし、いつの時代だよ、というような音楽でオールナイトイベントをやっていてそれなりに客を集めているのは地方だったりする。その辺行ってきてから、好きなので、触れて居たいし、とか言ってもらいたいものであると思っている。

なので、いつかはスクーターの免許取って、ブライトンに行ってノーザンソウルのイベントに参加してみるのも面白いかなとは思うけど、オールナイトなんてたぶん無理だろうし、たぶん、ブライトンまでスクーターで行ったら疲れるだろうなあと思う。

その前に体力作りかもしれない。あとモッズの服は細身が多いので、ダイエットもしなくてはいけないということで、ジムに行ったり、ランニングの距離を延ばさないといけなかったりするかもしれない。まあ運動のお供に音楽は非常にいいと思うので、まずはそこからか。いつかは一度オールナイターのモッズイベントとか、ノーザンソウルイベントには行ってみたいんだよね。日本にいたころ、自分が頭の中で勝手に想像していた、そういうところに行ってみたい、まだそこには出会えていないという思いがある。



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