見出し画像

デジタルファンタジー〜光の技術者〜

魔法に魅せられて、人はファンタジーの世界への扉を開く。

その入り口は世界の至るところに散りばめられていて、本のページ、テレビの画面、深海の底、部屋のタンスの奥が異世界に繋がっているくらいなのだから、もはや、現実とファンタジーの世界はごちゃ混ぜになっているのかもしれない。

しかしまだ、我々は現実世界に留まっている。

IT技術で魔法を再現しながら、その裏にあるアナログな努力を見せないことで、誰かの世界に魔法を存在させているのだ。

つぎはぎの魔法が、技術者の疲労が、現実とファンタジーをつなぐ楔となって世界の均衡を保っている。

さぁ、冒険の始まりだ。物語のきっかけは、1人の『光の技術者』が過労で倒れたことから始まる。

タキオン粒子の気まぐれ

自分と他人の価値の違いはどこから生まれるんだろうか。そんなことを突き詰めることもなく、それでも人は『自分』と『他人』の労力を算出する。

自分だったら1時間かかるし、面倒なのでやりたくない仕事を、『勉強』『経験』『可能性』『幅』など変幻自在に形を変えてOSする。

自分よりも高い給料をもらっているから。あの人はこういうのが好きだから。あの人がやった方がいいから。そんな理由が業務の適正化に大きな貢献をもたらして、一塊の平社員の采配で企業活動は今日も続いている。

いつの間にか社内独立を果たし、自分ベンチャーの役員に昇格した平社員は、労働時間の価値は法律に縛られないどころか、現実世界の物理法則まで変えてしまう。

そう、彼こそが『調和を乱す者』

ラスボスたる彼の能力は『他人の時間を圧縮すること』

物語のラスボスはたいてい時空間系の能力を持っているし、今回もセオリー通りのお決まりヴィランとの戦いが軸になるようだ。

18:30、ラスボスは言う。『すいません。このタスク、お願いしてもいいですか?』

たったこれだけで、ラスボスたる彼は自分の業務時間を2日分生み出し、1つの仕事を片付けた。恐ろしい能力。しかしそれだけではない。翌日、出社時、彼はさらなる攻撃を仕掛ける。

『すみません。昨日頼んだタスク、もう終わりました?』

彼の圧倒的な時間操作能力で、頼んだ瞬間にそのタスクにかかる時間は圧縮され、1日経っても終わるはずのなかった量のタスクは『終わっているかもしれないタスク』に姿を変えた。

自分以外にもそれほどまでの変化を及ぼす強大過ぎる力に、技術者は膝を折る。

『仕事を受ける』の選択肢を選んだ時点で負けイベントが確定していたことを知るのは、ずっと先のことである。

3分ワーキング

仕事が自分の手から離れた瞬間、人はその仕事が『自分の仕事』だったことを忘れてしまう。駅前の再開発で潰れた八百屋の跡地に、おしゃれなカフェがオープンした瞬間に、人々の世界から八百屋は消え去る。

次にそのタスクと対面するとき、そのタスクは『成果』に姿を変えて、『あの時投げていただいたタスクです』なんて挨拶せずに、障子の向こうでコツコツとはたを折る。

3分で青椒肉絲を作ることなど不可能なのに、そんな番組内のレシピと自分の仕事を重ねてしまう。上沼恵美子がゲストのエピソードを引き出して『おしゃべり』している間に、料理人がピーマンを切っている方が現実なのだ。

『一晩漬け込んだものがこちらです』

とキッチンの下から出てきたボウルは、決してキッチンの下に精神と時の引き出しがあるのではない。単に、昨日準備したおいただけなのだ。

頼んだタスクが完了して返ってきた時、人はそのタスクに魔法がかかったかのように、自分から離れた瞬間にファンタジーの世界で処理されたかのように、他人の労力を0にするのである。

頼まれたタスクに魔法をかけて、今日も3分ワーキングがオンエアされる。

『完了したタスクがこちらです』

魔法のPCから送信された添付ファイルに、ウイルスでも仕込んでしまえたらとすら思う。

異世界転生後の現世へようこそ

もしも魔法が使えたら、と、誰もが思いを馳せてしまうのは致し方ない。いつだって隣の芝は青く、隣の次元はユニバースなのだ。

しかし、だからといって現世でできないことを別次元に外部委託したとしても、マルチバースの自分は、さほど変わらないはずだ。

勉強をして仕事をして成果を出して給料を稼ぐルールのこの世界で、人は『平社員』の肩書きを背負う。

戦闘をして攻略をして経験値を得てステータスのアップするファンタジーの世界で、なぜだか自分は『勇者』に、『賢者』に変わると信じている。

時空間の移動の際には現在の能力が数倍になるのなら、自分以外にも同じだけの能力向上がある。自分だけが異世界に飛んで最強になるのなら、それは多分、何かしらのバグが起きている。

最強から始まるゲームを『クソゲー』と切り捨てる現実世界から、最強になった自分が夢想する世界への転生を望む。そんな自己矛盾を、自分だけは適用外だと主張し、特例措置の中で疎外感を感じながら生きるのをやめない。

生まれ変わったらどうなりたいかは知らないが、少なくとも今望むべきは、別次元への転生よりも、前世の自分との対話なのではないかと思う。

最後に

『君は+30%頑張ったのだから、今月は給料を30%アップしよう!』

季節外れのボーナスに歓喜の声が沸く。利益の先月比が1.3倍になっていないのに1.3倍にされた自分の給与を見て、弊社への不信感は高まる。

ほくほくとした顔で帰宅する同僚は、奮発して自分へのご褒美を買うそうだ。

『君は先月の70%しか頑張っていないから、今月の給料は70%だよ』

妥当な評価を噛み締めながらも、『大丈夫、2ヶ月前に戻っただけだ』と自分を慰める。

1.0 × 1.3 ×0.7 = 1

そんな計算式が成り立った彼なら、異世界に転生したら最強になれそうな気もする。

人の命は平等か。人の価値は平等か。チャンスは公平で、報酬は妥当か。そんな価値基準を流体のように扱いながら、人は迷う。

誰かの睡眠時間を自分の余暇に変換して、誰かの労働時間を自分の賞与に変えて、人は仕事をする。

独身のまま物語を終えた技術者は、誰よりも働き、1人分の成果を上げられない同僚の分まで成果を上げた。間接的に同僚の家族を養い、娘の大学進学をまかない、息子の結婚式の費用を捻出し、自分とは関係のない家族の幸せな人生を支える魔法。

光の技術者。その存在は伝説として語り継がれ、物語は幕を閉じる。

世界は闇に包まれた時、光の技術者が現れる。勇者は仕事をアウトソーシングする。そんなファンタジーが、この世界を支配している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?