おばあちゃん
日本人の孫は、祖母に尋ねた。
「おばあちゃん。おばあちゃんは、戦争を経験してるんだよね? いつの時代が、一番幸せだったの? 戦前? 戦中? 戦後?」
祖母は優しい眼差しを孫に向けながら、即答した。
「今よ」
敦賀半島と美浜原発を結ぶ「丹生大橋」の警備員は、一人しかいない。原発警備の民間警備員は電力会社が雇うが、非武装はスウェーデンと日本だけだ。
警棒しか持っていない警備員の山田は、あくびを噛み殺しながら、監視映像のモニターを眺めていた。山田は四季も日のうつろいを感じたことはない。
「ワイにできるのは、通報することだけやんなのぉ」
聞きづらい福井弁を丸出しにしながら、山田は今日も寝転がって放屁し、肥満の体をさらに肥えさせるファスト食品を胃に流し込みながら、歯を溶かす炭酸を飲み、安物のキャメルをダラダラと吸っている。もはや生死の境すら曖昧な山田の日常は、この日も流れる予定だった。けれど運命の女神は、山田に変化をもたらすことに決めた。
「なんなん!? 黒ずくめの奴等がぎょうさん海から上がってきよった! 担いどるの、機関銃とバズーカやんけ!」
モニターに現れる数百人の特殊部隊員達。彼等は土台人の手引きで上陸すると、音を立てず、一糸乱れず、上下左右にAKS七四と軽機関銃PKを向けながら真っ直ぐ丹生大橋に進んでくる。山田は窓外を見た。陽光は穏やかで、鳥はさえずり、山の緑は優しく、風は気持ちいい。人生において素晴らしいこの一時に、邪悪な者達が侵入してきた。
「悪夢やんけ」
山田は拝んだ。だが、現実だ。仏は助けてくれないが、彼にはやるべきことがある。それは宗教にすがるのではなく、作戦を発動するために、行動することだ。拝む暇など、一瞬たりとて、無い。
四百を超える北の特殊部隊隊員達は、天然痘と炭疽菌をバラ撒いた。
山田は赤色の電話を、震える手で握り、言った。
「テロだ!」
山田はバイオで神経と脳味噌を破壊され、肉体を五・四五ミリ弾で穴だらけにされ、RPGで駐在している小屋ごと、吹き飛ばされた。
彼の一報で、「作戦名・5055」が発動された。
山田の人生は、一本の電話をかけるために、あった。そう、山田は間違いなく日本に生まれた日本人であった。