ノラガミ設定考察 終レポート 完全版⑥
注:看護学士より一次救命措置の描写について注意点を記す。(まず誰かAEDを取りに行け。救国のオレンジが知ったら卒倒するような描写だ。)
2011年頃より、一次救命処置の心肺蘇生における口対口人工呼吸は一般的に不要であると世界的に基準が改められた。なぜなら、旧来において適切と言える人工呼吸をおこなった場合においても、人工呼吸のために胸骨圧迫を中断すると、心拍の再開率が下がるためである。心原性の心停止における心肺蘇生で重要なのは、心停止からいかに早く胸骨圧迫を開始するかである。早ければ早いほど救命率は上がる。10秒胸骨圧迫が中断すれば全くしなかった状態に戻る。気道を確保して胸骨圧迫を継続すれば、口対口人工呼吸ありより無しのほうが、救命率が高いという統計学的な結果が出ている。近年、胸骨圧迫の深さと速さも改められて、深さ5.5cm、110回/分が推奨されている。
道具や高濃度酸素を用いない口対口人工呼吸は、呼気しか入らないため、酸素濃度が通常の呼吸より薄い。さらに自発呼吸がないことで胸腔も肺胞も陰圧にならないため、空気が十分に肺胞に行き届かないので、酸素供給の意義が非常に薄い。むしろ呼気(排気)が無理に入ると気管内が陽圧となり、患者の呼気が妨げられる。患者が呼気になる時、肺胞内が陽圧になることで細胞膜から酸素が吸収される、このメカニズムが口対口人工呼吸では気道が陽圧になるので妨げられる。口を塞いで排気を送り込んでも窒息状態になっているということである。リザーバー付きマスクや気管挿管など、高濃度の酸素を用いた機械的陽圧換気以外は、このデメリットを上回らない。(肺は胸郭と胸膜によって作られ胸腔は陰圧で、肺胞内は呼気は陰圧、排気は陽圧。人間は息を吐く時に酸素を吸収しているのである。呼吸メカニズム参照)もちろん、機器と酸素があるならば絶対に人工呼吸も有用で必要である。
では胸骨圧迫だけで換気は不要というのかと言われるが、その問いは大きな勘違いである。なぜならどんなに換気したところで、新鮮な血液が流れていない肺胞はほとんど酸素を取り込めないし、取り込んだ酸素も運べないからである。心肺機能というように、心臓から出た血管はまず肺に入り、肺に入った血液は心臓に戻る。つまり心臓が働いていない時の肺も働かないのである。そこに気管内を陽圧にして排気が入っても、患者は息を吐けず換気にならない。その後の胸骨圧迫で一回は排気になるが、人工呼吸による強制換気の薄い効果は一瞬で終わり、胸骨圧迫を中断し時間をロスすることのリスクの方が大きい。
そしてまず、自然に息を吐いて欲しい。その状態で胸骨に手を当て、なるべく5cm以上沈むほど胸を凹ませる。すると自然に深い呼気が出るのである。そこまで息を深く吐くと、胸が元に戻る時、否が応でも吸気する。即ち、心臓をポンピングする胸骨圧迫が、そのまま深く早い換気にも繋がるのである。圧迫リズムが早いため吸気が不十分という意見もあるが、実際に押せば、肋骨が折れていても、必ず次に押す前に胸は持ち上がってくる手ごたえがある。胸骨圧迫で、必要な換気は得られているのである。換気と同時に心臓ももちろん血液を肺と全身に次々と送り込む。よって、途切れない持続的な胸骨圧迫は一次救命に必要な血流と換気の両方をより効果的に達成する。だから口対口人工呼吸は効果不十分で不必要であり、本来あるべきレベルから救命率を下げるのである。
日本では一部の臨床経験やデータから口対口人工呼吸も必要とする声があるが、科学的に上記の理由を覆すことはできない。口対口人工呼吸ありでも、効果的な胸骨圧迫が速やかに開始されていれば、遅れるよりは救命率が上がるというだけである。人工呼吸ができる人は胸骨圧迫の訓練もしたことがあるか、救急救命士に電話越しの指示を受けており、胸骨圧迫しかしない人は訓練不足で恐る恐る圧迫するため効果が十分得られないなどの理由で、効果に差があるケースが多いと考えられる。人工呼吸のために10秒以上胸骨圧迫が停止すれば血流が停止して救命率は急激に下がるが、より短時間でもリスクが高い。しかし臨床において、10秒以内に口からの排気で効果的な酸素供給をすることは、医学的に見て限りなく難しい。とにかく人工呼吸が必要と訴える意見は、病院外での一次救命における口対口も、病院や救急車等での二次救命における酸素ありの機械換気も混同しているものが多く見られる。
その他の例は、火事の有毒ガスや、幼児の溺水、異物を誤飲した窒息などである。肺胞に酸素が入らないことによる呼吸源性心停止は、気道上の障害を速やかに取り除く必要がある。しかし上記同様、呼吸を吹き込む口対口呼吸では障害を取り除く効果は薄い。気道を確保するため、ハイムリック法などの腹部圧迫ほか、専門の手技が必要である。また一酸化炭素などのガスは血液中に速やかに入り、赤血球と強固に結合し酸素の結合を妨げるため、排気のみの口対口人工呼吸で取り除くことはできない。
また低体温症では、心室細動及び心静止以外では胸骨圧迫は行わない。還流液の補給と保温により速やかに回復する。衝心脚気ではビタミンB群補給以外では心機能を回復できない…などなどある。
胸骨圧迫では骨折が頻発する。ヒビはほぼ全例で見られる。女性や高齢者では破断していることもある。胸骨圧迫を受ける人のうち90%がなんらかの骨折をし、肋骨は60%、胸骨は40%ほどの人が折れる。骨折しない様に気をつけても、胸骨が5.5cm以上沈む効果的な胸骨圧迫のためには、骨折は大前提であり、ある程度気にしない。骨折しないのは体格と骨密度に優れた人間であるが、そもそもそういう人は心停止しにくい。
筆者は実際に一次救命のため胸骨圧迫を実施した経験があるが、4人中2人が蘇生している。病院内で、看護師、医師ともすぐ酸素あり陽圧換気ありの二次救命に以降しており救命率は高かった。蘇生は胸骨圧迫開始後5〜10分以内であった。しかし、全例において、肋骨や胸骨をボコボコと折る、鈍い感触は忘れたことがない(高齢者だったためそのまま看取る方が良かった気もするが)。とはいえ、胸骨圧迫による骨折が内臓を傷つけることによる死亡は記録が無い。患者の年齢が若ければなお、肋骨が数本ポッキリ折れたところで心拍が戻れるメリットには敵わない。だが、十数分以内に蘇生しない場合における過剰な胸骨圧迫は無駄に遺体を傷つけるのみである。だからこそAEDによるその場での電気的な除細動が効果を発揮するのである。
ひよりの場合は症状及び環境から、神経及び内分泌疾患による低代謝、それに伴う低体温症によって心停止したのでは無いかと推察される。口対口人工呼吸で遅延したが、胸骨圧迫と、何よりコートと摩擦の保温効果、静脈還流により蘇生した可能性が高い。胸骨圧迫しても体温が上がらなければ蘇生できない。ある意味野良の判断が最も救命に重要だった。
頑張ったのは野良も雪音も夜トも五分である。ただし、縁切りが必須だったことと、ひよりの中身がそこにあるということ、呼気が呼び声であることなどの漫画的要素を除けば、救急車に任せた方がはるかに救命の可能性はあった。あんな寒いところで1人で交代もせずに胸骨圧迫しても、すぐに疲労で圧迫する力が減って知らず知らずに、5.5cm、110回/分の効果の範囲を逸脱するし、人工呼吸で胸骨圧迫が止まって血流も止まるし、体温は上がらない。しかも3人いるのに誰もAEDを取りに走らない。気道確保のため首の下に何か枕を入れもしない。静脈還流のための足も上げない(10〜15cm)。亀裂骨折で済んだのは夜トが途中で疲れたからで、ひよりの骨密度も正常だったからと考えられる。本当に心静止ではなく、高度な徐脈だった可能性もある。
読者には決して本作の一次救命処置は参考にしないでいただきたい。頸動脈触知不可と呼吸停止を確認したら、即座に1人目が気道確保と途切れない胸骨圧迫(5.5cm、110回/分)を開始し、同時に2人目が救急車を呼び、3人目がAEDを取りに走る。その後はAEDに従って胸骨圧迫と除細動を繰り返す。効果的なCPRを実施していただきたい。一次救命なら換気はともかく絶対に心臓を止めるな、その手で心臓を動かせ。これに尽きる。
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