馬とカルシウム

生理

カルシウム(Ca)は筋収縮、血液凝固、血管系機能などの生理反応において主要な機能を果たしており、全ての動物にとって重要なミネラルである。
体の構造を保つために、その多くは骨格に存在(99%以上)しているが、臨床的な観点では、細胞外 Ca 濃度が最も重要であり、そのうちの血漿 Ca 濃度だけが容易にモニタリング可能である。
また血漿 Ca は、タンパク結合型、イオン化型、複合型の三つの分画として存在している。

Caの恒常性に関与する主なホルモンは、上皮小体ホルモン(PTH)、ビタミン Dおよびカルシトニンである。

PTHは、血液中のイオン化型 Ca の減少に反応して上皮小体から分泌され、骨吸収の促進、Ca の尿中排泄の抑制、活性化ビタミンD代謝産物の産生増加を促す。

ビタミン D は、Ca の骨から細胞外液への移動と、腸管における吸収を促進する。

なお、Ca に対する PTH の反応は即時的だが、ビタミンDの作用はより遅延的・長期的であるとされている。

カルシトニンは、高 Ca 血症に反応して、甲状腺から分泌され、骨吸収を抑制し、Ca の尿中排泄を促進させる。

測定

総 Ca(tCa)
最も一般的に測定される。馬の正常範囲は11~14 mg/dL である。

イオン化型 Ca(iCa)
イオン化型 Ca は活性分画であるため、臨床的な関心度が高い。血漿 pH により測定結果が変動するため、できる限り速やかに検体を処理する必要がある。馬における正常範囲は1.4〜1.6 mmol/L である。

高 Ca 血症

一般に、馬は高 Ca 血症になりにくい。
多くの場合、臨床症状は高 Ca 血症そのものではなく、Ca 濃度の上昇を引き起こす原発疾患によって現れるが、重症例においては、中枢神経系の変化、筋力低下、便秘および多尿などの症状が現れる。

原因となる主な病態

腎不全
Ca の多くは腸管から吸収され、過剰分が腎臓から排泄される。腎機能が低下すると、腎臓の Ca 排泄能が低下し、Caは血中に蓄積する。
また血中 Ca 濃度が高いと PTH 分泌が抑制され、上皮小体機能低下症に至るとされている。このような馬が呈するのは主に腎機能低下による急性症状(意気消沈、乏尿、高窒素血症)、あるいは慢性症状(体重減少、多尿、貧血症、高窒素血症)である。
なお腎不全に罹患している馬は、低アルブミン血症にも陥っていることが多い。

悪性腫瘍に伴う高 Ca 血症
馬の腫瘍(扁平上皮癌、リンパ肉腫、エナメル上皮腫など)の中には、高 Ca 血症に関連しているものがある。
悪性腫瘍に伴う高 Ca 血症に関連した最も有名なタンパク質は、PTHrPであり、腫瘍細胞が多量の PTHrP を合成すると、血中 Ca 濃度は上昇し、高 Ca 血症を誘発する。

ビタミン D 中毒
ビタミン D 中毒の特徴は全身性肉芽腫性疾患である。臨床症状ははっきりしないが、食欲不振、肢の強直、虚弱および横臥などが見られる。またビタミン D 中毒の馬の血液では高 Ca 血症の他に、高リン血症が認められる。

原発性上皮小体機能亢進症
馬における本疾患は PTH 分泌細胞の過形成あるいは腫瘍増殖に起因する稀な疾患である。
本疾患を呈した馬は、非特異的な症状(食欲不振、体重減少)から重度の骨リモデリング(顔面骨の骨形成異常など)まで幅広い臨床症状を呈する。血液では高 Ca 血症の他に、低リン血症が認められる。

不適切な輸液
多くの輸液剤が馬の細胞外液よりも Ca 濃度が低いため、高 Ca 血症が引き起こされることはほとんどない。しかし消化器疾患を伴う馬では、Ca を輸液剤に添加し、Ca が過剰となったものを投与するという過失を犯すことがある。
高濃度の Ca を含む輸液剤の急速投与は、電解質の状態を変化させ(高 Ca 血症、高リン血症、低マグネシウム血症、低カリウム血症)、利尿を促進し、循環血液量の減少を引き起こす。

高Ca血症の治療

三つの方法からアプローチされる
・腸管からの吸収抑制
・腎臓における排泄促進
・骨への動員促進、あるいは骨からの動員抑制

腸管における Ca 吸収の減少は、食餌中の Ca 含有量を減らすことで達成できる。
この治療法は腎不全を有する馬など、長期にわたって高 Ca 血症を治療する場合の方法として示される。
食餌中の Ca/P 比が低いと、二次的に上皮小体機能亢進症になる可能性があるため、過度に Ca を減らしすぎないことが重要である。

急性高 Ca 血症の最も有効な治療法は、輸液によって Ca の腎排泄を増加させることである。
輸液剤は細胞外に分布し、Caが含まれていないものを使用すべきである。
生理食塩水がよく推奨されるが、0.9 %生理食塩水は、ナトリウム、クロールが過剰であるため、腎不全の症例においては、電解質の不均衡をもたらす。
また0.9 % NaCl は、血中 pHを 低下させ、Ca のイオン分画を増加させる可能性がある。そのため輸液療法が長期にわたる場合は、より生理的な輸液剤(乳酸リンゲルなど)を使用すべきである。なお一般的な投与速度は 5~10ml /kg/h である。

利尿薬によっても Ca の腎排泄は増加する。
一般にフロセミドが使用される。フロセミドは、馬においては経口投与による生物学的利用能が乏しいため、8時間ごとに1~2 mg/kg の範囲内で筋肉内あるいは静脈内に投与する。
集中治療が必要な場合は、フロセミドの持続点滴を考慮すべきである。負荷量投与後に伴うフロセミドの持続点滴は、間欠的投与よりも優れているとされる。
利尿薬は循環血液量が確保されている場合のみに使用すべきであり、またフロセミドによる治療中は、血漿中のナトリウム、カリウムおよびマグネシウムの濃度をモニタリングする必要がある。

グルココルチコイド
グルココルチコイドは Ca の腸管における吸収を減少させ、尿排泄を増加、骨吸収を減少させる。
デキサメタゾン(0.04 mg/kg/day)を使用することができる。
なおグルココルチコイドは、短期間投与での効果は低いため、長期にわたる高 Ca血症の治療に使用すべきである。

低Ca血症

低 Ca 血症の臨床症状としては、沈うつ、頻脈、頻呼吸、咀嚼および嚥下困難、多量の発汗、筋攣縮、舌や口唇の不随意運動、異常行動、不穏、横臥などであり、重症例では強直性発作や脳卒中が認められる。
しゃっくりも低 Ca 血症の特徴的な症状であり、特に重度の低 Ca 血症や運動後に起こる一時的な低 Ca 血症でしばしば認められる。
またしゃっくりは低クロール性代謝性アルカローシスや低カリウム血症と関連していることも多い。

原因となる主な病態

消化器疾患
iCa 濃度の低下は、疝痛を発症した馬では共通した所見であり、さらに低 Ca 血症は平滑筋収縮に悪影響を及ぼすため、腸蠕動に影響を与える重大な合併症となる。
また下痢を発症した馬でも、糞便中への Ca 喪失が増加するため、低 Ca 血症になる傾向がある。
なお急性の消化器疾患を呈する馬では、しばしばアシドーシスによる血漿 pH の低下により iCa 分画が人為的に増加することを注視すべきである。

分娩後および泌乳期の牝馬における低 Ca 血症
産褥テタニーは、低 Ca 血症の臨床症状を呈する泌乳期の牝馬で疑うべき疾患である。発症は、分娩前から泌乳までの期間を通じてみられるが、通常は泌乳を開始した最初の1週間で発生する。また低 Ca 血症は胎盤遺残の原因にもなる。

食餌内容における Ca /リン含有量の栄養不均衡
食餌中の Ca/P 比が小さいと、血漿中 Ca 濃度の減少やリン酸塩濃度の増加に反応してPTH分泌の増加し、栄養性二次性上皮小体機能亢進症が起こる。
栄養性上皮小体機能亢進症を発症した馬は、中等度の症例では PTH の上昇により、顕著な低 Ca 血症を示すことはない、しかし重症例では低 Ca 血症のほか、高リン酸血症が認められる。

原発性上皮小体機能低下症
馬では稀だが、PTH 濃度の減少が関与しているとされる。血液生化学検査では、重度の低 Ca 血症、低マグネシウム血症、高リン酸血症が認められる。

運動関連性の低Ca血症
汗への Ca 喪失や Ca コンパートメントへの再分布によって低 Ca 血症に陥ることがある。加えてトレーニング中における Ca サプリメントの不適切な使用は、低 Ca 血症に対する PTH 作用を阻害し、恒常性を損なうことがある。
さらにこのような馬では代謝性アルカローシスによる血漿 pH の上昇が認められ、 Ca イオンの分画の減少が起こる。血液生化学検査では低 Ca 血症、高リン酸血症が認められる。

薬物誘発性の低Ca血症
血漿 Ca 濃度を減少させる薬物のメカニズムは多様で、キレート化(テトラサイクリン・クエン酸塩)、アルカローシスの結果として生じる iCa の置換(重炭酸塩)、腎排泄の増加(フロセミド)、骨吸収の減少(ビスホスホネート)などが含まれる。

低Ca血症の治療

輸液療法
急性の低 Ca 血症や臨床症状を伴う馬に適している。同じ濃度であれば塩化 Ca はグルコン酸 Ca よりも単位体積あたりの Ca 量が多いため、低 Ca 血症に対する迅速な治療に有効である。しかし、塩化 Ca は非常に刺激性があるため、血管外漏出しないように注意すべきである。

Ca は次のように計算できる。
Ca: 2 mEq = 1 mmol = 40 mg

主なCa 輸液製剤は1 ml あたり約20 mgの Ca を供給し、重度の急性低 Ca 血症では500mlまでの Ca 溶液の供給が推奨されている。
また生理学的に不可避な Ca 喪失分についても、馬が食欲を示さない場合補充する必要があり、成馬における喪失は約500 mg/h と考えられている。

低 Ca 血症の馬は、低マグネシウム血症を併発することが多いため、Ca とマグネシウムを含むサプリを併用することが多い。
輸液剤に硫酸マグネシウムを添加する場合は、沈殿物を伴う硫酸Caの形成を避けるため、Ca と同じラインで投与しないことが重要である。同様に、重炭酸ナトリウムを含む溶液とも混合してはならない。

もう一つ Ca を静脈内投与する注意事項として、顕著な心血管作用による不整脈に注意する必要がある。不整脈が検出された場合、Ca 投与を中止すべきである。

低 Ca が慢性的な場合は輸液療法に加えて、細胞外液のCa濃度を高くすることで、バランスを調節する。

以下の3つの方法がある。
・腸内吸収の増加
・腎臓排泄の減少
・骨からの細胞外液コンパートメントへの動員

食餌療法
通常の馬では、食餌の Ca/P 比は2:1~1:1が推奨されているが、低 Ca 血症の場合は3:1~4:1にすべきである。

利尿薬
急性腎不全の馬では、高 Ca 血症を起こす傾向があるが、一部の馬では低 Ca 血症を呈する。このような症例では、Ca 保持性利尿薬(クロロチアジド)の使用が好ましい。

骨からの動員
骨から Ca を動員する場合、ビタミン D は有効である。しかし軟部組織の石灰化を促進するリスクが高いため、細心の注意を払うべきである。
馬ではビタミン Dが血中 Ca よりもリンの濃度を上昇させる傾向があり、低 Ca 血症の軽減よりも、高リン酸血症を悪化させることがある。そのため、ビタミン D の使用は有用である以上に有害となる可能性が高い。


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