馬と心雑音

馬の心臓の聴診では、心臓の4つの弁から出る音を聞き分けることができる。

まず馬の左側から、最も心音が強く聴取できる「僧帽弁領域」を探し、そこから背側に移動して「大動脈弁領域」、頭側に「肺動脈弁領域」を探す。
次に右側から最も心音が強く聴取できる「三尖弁領域」を探す。

I 音(S1)
房室弁が閉鎖して、心室圧が急速に上昇する時に生じる振動により生じ、
僧帽弁領域で最も強く聴取される。
低周波で構成されており、Ⅱ 音と比較して長い。

Ⅱ 音(S2)
大動脈弁および肺動脈弁(半月弁)が閉鎖する際の振動により生じ、
心基部の流出路で最も強く聴取される。
高周波で構成され、I 音と比較して短い。
Ⅱ 音は肺動脈成分と大動脈成分から成り、正常では一つの音として聴取されるが、軽度のⅡ 音分裂は、正常な馬でも認められる。分裂が顕著な場合は、重度の閉塞性肺疾患が疑われる。

また馬では I 音、II 音に加えて、Ⅲ 音、Ⅳ 音が聴取できることがある。

Ⅲ 音(S3)
拡張早期の急速な心室の伸展に対する抵抗により生じ、
弱く短い音で Ⅱ 音から僅かに遅れて出現する。
Ⅲ 音自体は生理学的なものだが、Ⅲ 音を強調させるような収縮期雑音は、中程度から重度の僧帽弁閉鎖不全が疑われる。

Ⅳ 音(S4)
心房の収縮時に生じる振動によって発生し、I 音の直前に聴取されることがある。特に病的なものではない。

心雑音について
一般に、全または汎収縮期性/拡張期性の心雑音は重要で、心疾患の存在を示唆するが、収縮前期、あるいは拡張初期のの小さな雑音は重要ではない。
※全収縮期: S1の終了~S2の開始
  汎収縮期: S1の開始~S2の終了
  全拡張期: S2の終了~S1の開始
  汎拡張期: S2の開始~S1の終了

心雑音強度の評価には Levine の分類が用いられる。
G1: 心臓を注意深く聴診して聞き取れる弱い雑音
G2: 聴診器を雑音の最強点の位置に当てた際、直ちに聴取される弱い雑音
G3: 中程度の雑音
G4: 心臓周辺に明白なスリルはないが、広範囲で聴診可能な強い雑音
G5: スリル(振動)を伴う強い雑音
G6: 聴診器をわずかに胸壁から離しても聴取できる、明らかなスリルのある雑音

生理的な収縮期雑音
収縮早期に発生する大動脈・肺動脈の乱流により、生理的な雑音が発生することがある。一回排出量と血管の太さの関係から、特に若齢で認められる。
雑音強度は弱い例が多く(G1-3)、音質は中〜高音である。
収縮早期に始まり、収縮早期〜中期に消失する。

生理的な拡張期雑音
拡張早期に心室内腔が血液で満たされることにより、生理的な雑音が発生することがある。音質は短く、ソフトであり、Ⅱ 音発生直後に認められ、多くは Ⅲ 音発生と同時に消失する。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)
高齢馬では大動脈弁が変性し、大動脈から左心室への血液逆流を伴うことがある。AR では心雑音は漸減しながら拡張期全般に認められるのが一般的であり、雑音強度や音質は様々である。
軽度の AR は一般的に無症状であり、虚脱や突然死のリスクは低い。

僧帽弁閉鎖不全症(MR)
僧帽弁の変性もしくは形成不全により、収縮期における血液の左心房への逆流が認められる。
心雑音は全収縮期性に聴取され、重症度に応じて、雑音強度が増すことが多い。
また重度の MR では、高い周波数の心雑音が全収縮期性に聴取されることがある。
軽度であれば、運動不耐性などの症状は現れないが、重症度に伴って症状が悪化し、最終的には肺水腫などの心不全症状を呈する。

三尖弁閉鎖不全症(TR)
馬の TR では全収縮期性に軽度〜中程度の心雑音が認められる例が多い。
一般に無症状だが、原発性の呼吸器疾患 or 肺高血圧症を有する場合には、臨床症状が現れる。

心音聴診実践ガイドより


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