の最新のヴァージョン 序
こんにちは、青松輝です。どうも、聞こえるかな、ちょっと時間をもらっていいですか。はい。最後まで聞いてください。
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これからあなたが読むのは『の最新のヴァージョン』というタイトルをもつ一連のエッセイだ。晶文社という出版社からの依頼で、書籍化を前提として、note上でエッセイの連載をすることになった。書籍は2024年に発売される予定になっている。
『の最新のヴァージョン』というタイトルは、はじめに考えついたときは英語で、「a latest version of」というものだったのだが、気取りすぎている感じがしたので日本語に直した。変なタイトルで気に入っている。はじめに話をもらったとき、編集者が言っていたのは、2023年にナナロク社から僕が出した歌集『4』と、おなじような感覚でエッセイを書いてほしい、ということだった。
それで、世界のすべてを書けるようなタイトルをつけようと思った。歌集『4』で、僕は世界のすべてを書こうとしていたからだ。
僕の(おそらく過剰な)自意識では、自分という人間は本質的に詩人である、ということになっている。ふだんの生活のなかで僕は、短歌とよばれる日本の伝統的なみじかい詩を書いて発表し、YouTubeに自分が話している動画をアップして広告収入を得て、通っている大学の教室に出向いて非常に単純かつ量の多いテストに回答する。そして、それらのすべてを僕は、詩を書くのと同じように行なっている。これは偶然だが、〈詩:verse〉と〈ヴァージョン:version〉は、ラテン語の〈versus〉を共通の語源としている。自分にとって詩とは、今ある世界を、あたらしいヴァージョンで捉えなおす、という試みである。僕はいつも、ことばを通して世界と対決したいと考えている。
だから、タイトルの「最新」ということばは、誰かにとっての「最新」を意味するのではない。自分にとっての世界の最新のヴァージョンを、書くことによって獲得しなおす。それまで当たり前の景色でしかなかった〈世界〉を、〈世界〉〈の最新のヴァージョン〉としてふたたび書く。そのような試みのことを僕はあえて、詩、と呼んでいる。
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最後まで聞いてください。この文章はここで終わるけど、今はまだ最後じゃない。最後まで聞いてほしい、聞いてもらえるかな。聞け。
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