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「研究はギャンブルだ!?」:楽しければそれでいいじゃない - X Talks 10.3 -
前回は、マウス細胞の一部をキリンのゲノムに入れ替えて、首が長くなる仕組みの解明を考えているという藤井先生のお話で終わりました。今回は、その "キメラ" のお話から始まり、USBメモリーに載せる新しい "ノアの箱舟" やジュラシックパークに話題が発展していきます。さらにお二人は「研究はギャンブルだ!」という話で盛り上がります。
キリンとマウスのキメラをつくる
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藤井:マウスの体の中で、キリン細胞のゲノムを持つ細胞に一部を入れ替えてキメラにすると、少なくともその組織のその部分はキリンゲノムを持つ細胞になります。iPS細胞やES細胞を使って、異なる動物種の細胞から1つの個体を作る異種間キメラは成功例が多く報告されています。ただ、マウスとラットとか、マウスとアカネズミのように、げっ歯目同士でしかうまくいっていません。
初期胚を使った方法ではヤギとヒツジも可能なようですが、いずれにしても近縁種でしかうまくいかないんですよ。マウスをレシピエントに、例えばキリンなど全然違うものをドナーとしてキメラにするのは難しいんです。これはとても大きな課題で、世界中の研究者もそこを解こうとしています。
--:解決策は見つかりそうですか?
藤井:この研究には、iPS細胞やES細胞といった体のどこにでもなれる細胞が必要です。哺乳動物では50種類くらいの動物でiPS細胞の作製が報告されていますが、再現性がない場合がありますし、そもそもiPS細胞がまだ作れない種も多いんです。僕が興味をもっているのは “色んな動物” なので、どんな動物にも汎用的に使えるiPS細胞の作り方を確立したいんです。
前田:イヌは難しいんですよね。
藤井:難しいですね。ネコのiPS細胞も難しいけど、イヌよりは作りやすいみたいです。つい最近、プレプリント(= 査読前論文)でゾウのiPSが「こうすればできる」って報告されて、僕らの界隈で盛り上がってます。
あと、感染症の分野では、ウイルスを伝播するコウモリがすごく重要です。コウモリって、いろんなウイルスをガバガバ取り込むけど症状は出ないことが多いらしくて。人間はウイルスを取り込んだら病気になっちゃうじゃないですか。だからコウモリのウイルスに対する耐性メカニズムを解明すれば、人の役に立つことが見つかると思います。
--:コウモリは飼えるんですか?
藤井:キリンほどではありませんが、コウモリの飼育も簡単ではないようです。iPS細胞も研究に適したものを作るのは難しいようで、研究が進んでいません。コウモリのiPS細胞があれば、色々な組織に分化させて研究ができますね。
前田:コウモリは獣医学的にも興味があるところですね。
藤井:「うまくできたら使いたいから頑張って!」って色んな人に言われるんですけど…。iPS細胞って、山中先生(山中伸弥 京都大学教授)がノーベル賞を取ってから時間が経っているんで、割とクラシックな技術ってイメージがあります。でも、動物種を変えると、まだまだ発展途上なんです。
--:すごく科学的なお話ですが、同時に、すごくロマンチックですね。生命の起源を探るみたいな。
藤井:あ!そうですね。
--:探検とか探索のような。
前田:そうですね!
藤井:僕はあんまり頭が良くないんで、「コレの次はアレをやって、次はコレをやる」みたいな積み上げていく科学の進め方が苦手なんです(笑)「面白い!」と思ったコトを、「どうやって解こうかな?」っていう考え方が割と強くて…。種の違いと遺伝子の差異を機能的に解析したいっていう思いがあって、ずっと同じことをやってる感じです。難しいことは考えられないから、自分の興味を突き詰めていって、それが結果的に専門になってる感じ(笑)
USBメモリーに載せる次世代のノアの箱舟
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前田:僕からしたら、藤井先生は“THE 研究者”って感じだけどね。
藤井:やりたいことは、やっぱり農学の延長線上にあるね。最終的には遺伝子を操作して、「ゲノムのここをいじればこうなる。ここをこうするとネコっぽくなる。イヌは、ここを操作すればこういう病気が治る」っていうのが全部設計論的にわかると良いよね。
前田:そんなプラットフォームがあったら、めっちゃ面白いし、何より役に立つ!
藤井:研究に(実験)動物も使わなくて済むじゃないですか。あと、「ここを操作すればこういう動物になる」っていうのまでわかれば、農学の色々な課題が解決できるし、種の保存も細胞ではなくて”情報”というかたちでできる。
前田:かっこいい!生命を情報まで落とし込むって、何だかSFみたい。
藤井:それが100年後なのか200年後なのか、それとも不可能なのか僕にはわかんない。今は、そんな大きなゴールの手前にある、現実的なゴールにトライしているという感じかな。iPS細胞を使って遺伝子背景を変えるっていう…。
僕はそれを“ハッカビリティ”って言ってるんです。ハッキングのアビリティでハッカビリティなんですけど、“To expand the hackerability of animals”が僕のテーマです。動物の操作性と拡張性の拡大が現実的なゴールです。
--:次世代のノアの方舟には動物を載せる必要はなさそうですね。
藤井:ハードディスクでいい(笑)
前田:何ならUSBメモリーで(笑)
藤井:で、その場合に興味深いのが、(DNA)情報を物理空間にどうやって反映させるか。今はDNAの合成はできるけど、それを個体化(= 生き物に)するためには細胞という ”入れ物” が必要です。今のところ、一度死んだ細胞から個体を生み出す技術は体細胞核移植によるクローニングしかないんだよね。情報から全ゲノムを合成できても、そこから細胞にするのが難しい。それができれば、動物のはく製を個体に戻せるかもしれないし、絶滅した動物を復活できる可能性もある。
--:ジュラシックパークみたいですね。
藤井:そうです。僕の研究に対する興味って、そういうところです。
前田:まさにSFの世界が現実になるかも!ってことですね!
藤井:っていう風に妄想は広がるんですけど、現実的には色んな動物の細胞をもらって、それを1個1個、ちまちま遺伝子操作してiPS細胞を作ったり…っていうのをやってます(笑)
--:遺伝子を研究することで、病気治療のヒントが見つかったり、種の保存だけでなく復活まで可能になったり。夢のある話ですね!
藤井:治療と言えば、僕も自分の遺伝子検査をして罹りやすい病気を調べたことがあります。幸い僕自身は深刻な疾患のリスクは見つかりませんでしたが、人によってはがんになりやすい遺伝情報を親から引き継いでいることが分かったりすることもあります。すごくシビアな課題ですね。
イヌやネコ、それから経済動物も同じです。特にイヌは品種に特異的に頻発する遺伝性疾患があります。あれは一般の方にも、もっと知られるべきだと思います。イヌを家畜化したのは人間です。(それに伴う問題の解消は)人間の義務として今のサイエンスでやらないといけないと思います。分子機序までわかれば、治療方法に繋がる可能性は大いにあります。前田先生はそういう問題の一端も明らかにする仕事をされているわけで、すごく重要だと思います。
「研究はギャンブルだ!?」:楽しんで続ければそれでいい!
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藤井:でもその先はどう思う? 僕は、獣医学って、わかったことをイヌやネコの治療に転換するだけの世界ではないと思っていて。もう少し分子メカニズムの部分で掘り下げる研究者が増えると良いなって思います。
前田:そうですね。それは、過去の自分に突き刺さってますけど…。
藤井:前田先生が動物からヒトへの応用までを見据えているように、本来はそういうところが研究の魅力だと思います。たまたま取り掛かりがイヌ・ネコで。そもそも、獣医学ってイヌやネコだけの学問でもないし。
前田:そうそう!対象になる動物の範囲は広いのが獣医学のいいところなんですよね。でも一方で、守備範囲が広いから、“浅く広く”っていう傾向があって、深掘りが苦手なのかもしれません。
藤井:その中で深く掘る人が出てきたら、一気にライジングスターになれそうですね。
前田:僕も基礎研究と臨床研究の両方をやってきた経験から、他の分野とのコラボは本当に重要だと感じます。アメリカでは、例えば医学や工学など一見離れた分野間での共同研究が進んでいるようです。日本の獣医業界は、他の分野や大学間など横のつながりが弱いんじゃないかなあと思います。
藤井:医学も含めたライフサイエンス全体が、つながりが不十分だよね。獣医学で分かったことを、医学やそのほかの領域まで拡張するような提案ができれば良いんだけど。
前田:「ぜひぜひ!一緒にやりましょう!」って感じですよね。出る杭は打たれるかもしれないんですけど(笑)
藤井:ちょくちょくありますよね。打たれること(笑)
前田:僕もよく打たれます(笑)
藤井:もうそこは諦めて。
前田:でも、言われるぐらいが華ですよね。そもそも興味を持たれなかったら何か言われることもないわけで。
藤井:我々、そういう位置づけのような気がするよね(笑)
前田:変なヤツだから…(笑)
藤井:この年齢でそれはチョットまずいかな…。でも、楽しくやってるのが学生に伝われば良いと思います。
前田:それは本当に大事です。
藤井:研究者の中には、すごい大義を語る人もいるよね。僕も長期的には大きな目標があって、最終的には人類への貢献も目指しているわけだけど…。日々の実験って、ギャンブルと同じだと思うんだよね。仮説を立てて検証して、それが当たってるか外れてるかの繰り返し。当たったときの興奮って、万馬券が当たったみたいな(笑)
前田:ホントに!あのエキサイティングな感じってクセになる!
藤井:僕らは単純にギャンブル中毒で毎日研究を繰り返してるだけかも(笑)「長期的なビジョンが見つからない」って学生さんが悩むことがあるけど、「単純にゲームとして楽しいよ」って伝えたいね。少なくとも、僕はそれでやってます。
前田:僕も結局は楽しいからやってるわけで、大義は後付けです。
藤井:後付けですね。もちろん、大義がないと続けるのがしんどい場合もあるし。
前田:「自分が楽しいから」っていうのが起点で良いと思うんだよね。楽しいと思ってやり続けたことが、結果として誰かの役に立ったら “ラッキー” みたいな。
藤井:「実はこれ、みんなの役に立つんだ」ってことが伝わった瞬間って、またテンション上がるよね。僕らは研究者としてのトレーニングステージでたまたま当たりを引いて、報酬系が刺激された結果、続けてるだけっていう可能性もある。ただの中毒者でしょっていう(笑)
前田:本当のギャンブルと違って、研究なら建設的な何かは生み出しているはず!そう信じたい(笑)
藤井:でも基本的な捉え方としては、異常に興奮度の高い知的ゲームを繰り返してるっていうくらいの感覚で良いと思うよ。
前田:僕もそう思いますね。
藤井:なぜ研究をなぜやるかって言うと…。
前田:楽しいからです。シンプルに。
藤井:長期的なビジョンを持って、「このくらいで卒業してこういう会社に入ったらこんな人生が歩める」っていうのをすごく真剣に考えている学生さんが多いと思うんです。特に今はそういう情報を集めやすいんだと思います。だけど、自分の人生に一発かけてみるのも良いと思います。身近な興奮は研究がもたらしてくれるし、うまくいけば、人類への貢献に繋がることもある。繋がらなかったとしても楽しければそれでいいじゃないですか!?
前田:まさに!それでいいのだ!
建設的な意味で、「研究はギャンブルだ!」で盛り上がった今回の対談でした(笑)楽しみながら研究を続け、その先にデジタルのノアの箱舟やジュラシックパークがあったら素敵ですね!それが結果として、動物たちや人間の病気を治すことに繋がれば言うことはないでしょう。
研究って、面白そうですね。もちろん苦労も少なくないようですが、できるだけ楽しみながら「10回打席に立つ」のがお勧めな様です。最終回の次回は、「打率1割を目指す大切さ」について語っていただきます。
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