魔女の手下になってみた
餅つき。唐揚げ。
今年もこの季節がきた。
うちの餅つきは結構、一大事といえるくらい大騒ぎする。
なんの餅をつくのか、ということでだいたい言い合いになる(本人たちは「話し合い」のつもりでいる)。
餅は貴重だ。一度に3kgはつく。それを3回やるから9kg。
つまり3種類の餅をつけることになる。おいしいものを3つに絞らないといけない。
結論から言うと、今年、その3つのうち2つの餅の座を、私が勝ち取った。
ゆず餅と、黒豆大福。これで決まった。そして最後の一つは、毎年ばあちゃんが推しに推す、プレーンだ。
真っ白い餅に勝てるものはない、と信じる世代もある。
私は雑穀とか木の実とかが入っているほうが好きなんだけど、ばあちゃんからしたらそれは「混ぜ物入りの貧乏な家の餅」ということらしい。
戦時中、白いものがとにかく手に入らなかった人たちからすると、白いものは幸福、裕福、祝福の証。
それを叶えられないなら、餅なんていらん、と。
そこまで言われると断れないのでプレーンは毎年絶対だ。
さて、ゆず餅とは、ゆずの皮をすりおろしたものと砂糖を餅に練り込んだもの。それであんこを包む。
これは実は、今回が初めて。以前、旅先で(岡山だったかな?)食べたことがあってそのフレッシュさ、目の前で柑橘系がぶしゅーっと顔に向けて絞られたような衝撃が走ったのを覚えている。あれを再現したくてつくる。
熱い熱い餅に練り込むので、果たしてその香りは失われないのかと少し心配だが、何かしらの形にはなると思う。それが3kg。
(なにせ、1回に3kgできてしまうので一か八か。うまくできなければ3kgを嫌々食べ続けることになり、米にも、農家にも、自分たちにも申し訳ない気持ちが続くから、まあまあな覚悟が必要である)
そして豆大福。これは黒豆を甘露煮にしておいて、汁を切ってそいつを練り込む。汁はもったいないからぜんざいに混ぜるとおいしい。あるいは、ココアにしたりして飲むこともできる。とても栄養がある煮汁だ。
中身のあんこはきちんと作った。固め。塩を隠し味にしてぴりっとキレのある甘さにした。砂糖はザラメ。ザラメをただいれまくると「こっくり後を引く甘さ」になるのだけれど、これはどちらかというとカステラとか、洋菓子系似合う感じがする。和菓子は、きりっと。口の中からさっと消えて、渋いお茶で一掃され、次の一口がより引き立つようにしないといけない。
一晩水につけたもち米が、目の前でしっとり眠っている。いらなくなったチラシなんかをかけて、まさに田舎のばあちゃん家、ってかんじ。
チラシを見てみると「歳末おお〆市」なんて大げさに書いてある。ビールだの、冷凍ピザだの、フライドポテトだのアイスだの。
「ご家族やお友達との楽しい時間に!」なんて書いてある。つまりは、
年末年始に孫が大勢来るんだろ?用意しとかないとぐずるぜ?
お菓子で黙らせて大人だけ飲みたいだろ?つまみもいるだろ?
ということだ。
田舎のじいさんばあさんが気合を入れて買い物をするのは今くらい、ということで何から何まで売れに売れているらしく、ドラストに行ってもスーパーに行っても、空いている棚をバイトが補充している。大変な話だ。
さて、餅づくりと同時にしなければならないことがある。
それは、唐揚げの下準備。うちは私が物心ついたときから、唐揚げが好きすぎる孫たちのために大晦日は大量の唐揚げを作ることにしている。10kg。他にもエビフライだの、ピザだの寿司だのが用意されていたが、孫5人が競い合うのは必ずいつも唐揚げだ。
うちのばあちゃんの唐揚げはでかい。でかい唐揚げしか食べたことがない。
1枚のモモ肉を3等分にするだけだ。そりゃでかいはずだ。
火は通るのか?よく通る。2度あげも別にしない。
私がやるとなんとなく心配だが、ばあちゃんがやるとなぜか中まで火が通る。揚がりすぎることもなく、ジューシー。色もいい。
不思議なのが衣で、なんとも言えずいい塩梅で配合された謎の液体である。
片栗粉でもない、小麦粉でもない。いとこが卵と牛乳がだめなので、それらも入っていない。
じゃあ、何が入ってんだ?
謎だが、この液体につけるととてもうまく揚がる。本当にかりっときつね色に。次の日もその次の日もカリカリのまま。
弁当に入れてもべちゃっとしない。
この世に魔法があるなら、今のところ、私が見ているいちばんの魔法はこれだ。魔女のあげ衣。
唐揚げの下準備を今からしておく。うちの唐揚げは、これはばあちゃんと住むようになって初めて知ったのだが、クリスマス明けからずっと塩水に浸けておくというのが絶対らしい。大きな鍋に濃いめの塩水を張って、3等分にしたモモ肉を放り込む。
こうすると、ちょっと揚げただけで、なぜか中まで均等に火が通る、とうちの魔女が言う。しかもジューシーになるしね。なるほど、そういうトリックだったのか。
じゃあ、あの衣は?
と聞くと、
大みそか当日にな
と怪しく笑ってテレビを見ていた。
ついに魔女の手下になるときがきたか。
ちょっと前に、なんかの診断をしたとき、わたしに一番似つかわしい職業は「呪術師」ということだった。
最近それを思い出して、図書館で西洋魔術や東洋呪術なんかの本を借りてきて読んだりしているから、司書さんも心なしかおどおどしている気がする。