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川原泉漫画の思い出

川原泉という少女漫画家がいる。生まれは1960年だから、いわゆる「24年組」のひと世代かふた世代あとの漫画家にあたり、1980年代にデビューしている。主に『花とゆめ』という、いまも続いている少女漫画雑誌に漫画を連載していた。

川原は近年『ダ・ヴィンチ』でも特集が組まれるなどまったく無名というわけではないものの、少なくとも2020年代に話題にのぼることは少ない作家だ。私自身読んだのは15年ほど前だから、なにか間違いがあっても許していただきたい。

デビュー作は「たじろぎの因数分解」。数学が苦手な女子高生とその数学教師が親の再婚で義兄妹になるという、まあ、ありふれたストーリーである。川原は基本的にはラブロマンスをよく描くのだが、おちゃらけた軽さがどの作品にも通底していて、本作も義兄妹ものによくあるような葛藤や暗さのようなものは見られない。全体的に、のほほんとしている。

母親が好きだったのか、私の家には川原泉の漫画が大量にあった。小学生のころの私は自分で好きな漫画を買える資力はなく、しかし漫画を読むことは好きだったので、家にあった川原泉の漫画を繰り返し読んでいた。具体的には、各作品少なくとも3回くらいは読んだ。特別面白く感じたから読んだというよりも、それしかなかったのである。もともと川原泉の作品はあまり数が多くないが、ほぼすべての作品を読んでいるかと思う。

同じように『動物のお医者さん』、『ヘブン』など佐々木倫子の作品や、大島弓子の『ぐーぐーだって猫である』なんかは繰り返し読んだが、そのへんの話はまた今度にしよう。

特別面白く感じたわけではないと言ったものの、それは『SLAM DUNK』とか『魔人探偵脳噛ネウロ』と比べたときの話であって、やはり好きなので繰り返し読んだのである。川原漫画のいくつかの場面は私の脳裏にこびりついて離れなくなっており、たとえばお嬢様キャラを見ると『笑う大天使』を思い出し、拷問のシーンを見ると『バビロンまで何マイル?』を思い出す。後者はかなり現代の「異世界転生もの」に近い作りの漫画。川原には、先見の明があったのかもしれない。

川原泉の漫画で一番好きなのは『メイプル戦記』。これは「甲子園の空に笑え!」という野球漫画の続編的な位置づけの作品で、女性だけのプロ野球チームを作るという話である。全3巻。

変わっているのは彼女らが女子野球の舞台で戦うのではなく男性野球リーグの7番目のチームとして活躍する点で、個性豊かな選手たちが男の舞台に殴り込み波乱を巻き起こすというコメディ・スポーツ漫画となっている。優勝争いまでもつれこんだのは覚えているが、実際にリーグ優勝したのかどうか、肝心の所を忘れてしまった。

本作には投手としていわゆる「おかま」キャラが登場し、「心が女性ならOK」と入団を認められる。彼女は球速160キロを投げるエースとして活躍するのだが、同時に活躍を妬んだ他チームの策略によってバッシングも受ける。現代的なトランスジェンダー選手の競技参加問題を早くから題材にした漫画として評価できるかもしれないが、それはちょっと持ち上げ過ぎかもしれない。

ただ、宝塚を真似して女子野球チームを作り、それがなんだかんだリーグ戦を勝ち抜いていくというストーリーは、川原ののんびりとした作風だからこそスムーズに描けたという点はあるだろう。ふつうはもうちょっと、理屈をつけたくなる。個人的には、漫画には理屈を通したいタイプとそうでもないタイプがいると思っているが、川原は明らかに後者である。ちなみに前者の代表は『呪術廻戦』の芥見下々。

もうひとつ印象に残っている作品は『ブレーメンⅡ』。Ⅱとあるけど、たぶんⅠはない。宇宙探索に乗り込んだ人類が、少子化などで人手不足のため動物を遺伝子改良した「ブレーメン」を宇宙船クルーとして働かせているという設定。他の川原漫画と比べると比較的社会性が強く、ブレーメンたちの搾取や権利問題などについて切り込んでいる点でいまの動物倫理や技能実習生の話に通じるところがある。

もちろん読んでいた当時はそんなところまで考えていなかったのだが、敵役として不気味なヤギが出てきたので印象に残っている。また、以前の作品に比べると絵柄が洗練されてきた時期で、そうした意味でも目立った作品だった。全5巻。たぶん川原漫画で一番長い。

ところでこの『ブレーメンⅡ』にはリトル・グレイという宇宙人が登場するのだが、彼?は川原作品のマスコット的存在で、本作以外にも『レオナード現象にはわけがある』とか『小人たちがさわぐので』とかさまざまな作品に出演している。

というわけで今回は私がヘッダー代わりにリトル・グレイを書いてみた。どのくらい似ているかは、各々が画像を検索してたしかめていただきたい。

閑話休題。いや、もともと本題なんてないんだけど。この『小人たちがさわぐので』はエッセイ漫画なのだが、これがまたなかなかおもしろい。本当になにもおこらない日常、謎のRPG展開、無駄に登場するリトル・グレイなどなど見どころ満載である。

私はいろいろなものをこのエッセイで知った。フォレスト・ガンプとか、まんだらけとか、木彫りの熊とか、よくわからない乙女ゲームとか……。フォレスト・ガンプにいたってはこの漫画のイメージが強すぎて、のちに実物を見たときになんだか違和感があり、途中で見るのをやめてしまったほどである。

あんまり読んでいない人が多いのがもったいない作家だから、古本屋とかで見かけたらぜひ買って読んでみてほしい。この記事ではユーモラスな部分ばかり紹介した気がするけれども、デフォルメされてない絵はふつうに綺麗でかっこいい。

先に書いた通り『メイプル戦記』とか『ブレーメン』とかはけっこう現代的なテーマを描いているから、ドラマ化とかアニメ化とかしないだろうか(『笑う大天使』は2006年に映画化したらしい)。『ヘブン』も『動物のお医者さん』も、なぜか最近ドラマになったし。


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武久真士
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