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過ぎゆく時を見つめてー感染症と芸術の記録③

感染症とジュエリー


メメントモリ
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メメント・モリは結果的に様々な芸術を生み出しました。「死の勝利」は墓標の象徴にもなり、トランジ」という朽ちていく身体を表現したものが現れました。

また他にも「ヴァニタス」という静物画は北ヨーロッパに新しい精神性を吹き込みました。

新たにバロック絵画へと辿っていきます。
具体的にどんな形へとなったのでしょうか。

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これまで①と②を通じて感染症の影響を見てきました。今回は最終回です。

①ヨーロッパ黒死病(ペスト)の芸術的な影響
②メメントモリについて
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「トランジ」と「ヴァニタス」

*トランジ(transi )

トランジとは中世ヨーロッパの貴族や枢機卿などの墓標に用いられた死にゆく朽ちる過程の遺体の像やレリーフのことで
死後時間の経った死骸の姿で体には穴があき蛆やかえるなどが張り付いている事が多いのですが、少し不気味ではあります。

これらはメメントモリの思想から、見た者に浮世のはかなさを説くものとなっています。

トランジを作った人々は主に裕福層や教会の権力者で生前の遺言によって死後に作られました。

この流行は14世紀の後半から16世紀までであり、ルネサンスと共に消滅しました。

出典 wikipedia

トランジの中でもこちらの墓標は均整のとれた彫刻が美しい姿です。
1544年、フランス地域のサン=ディジェの戦いで25歳で亡くなった皇太子、ルネ・ド・シャロンの等身大像です。

肉体の儚さを表し干涸びた骨になった皇太子が自分の心臓を高々と掲げています。北ヨーロッパの寓意的な静物画のジャンルのひとつ。

*ヴァニタス(Vanitas ラテン語)

北ヨーロッパの美術事情
”古典古代の復興”を背景とするイタリアルネサンス絵画での’明るく煌びやかな調和美’とは一線を画していた北ヨーロッパの美術様式ですが、古典的なキリスト教の宗教画や小規模な肖像が多く、物語性のある絵画や神話画はほとんど描かれませんでした。

風景画は独自の発展を遂げていて単独で描かれることもありましたが、16世紀初頭までは肖像画や宗教画の背景の一部として小さく描かれることのほうが多かったようです。
ただ16世紀には宗教改革の影響で、宗教画がもてはやされることが少なくなり、画家は新しい方向へと向かうこととなりました。

16世紀から17世紀にかけて「メメントモリ」の精神を表す静物画が多く描かれました。


『ヴァニタス』、ピーテル・クラースゾーン(Pieter Claesz)、1630年

というのも、リアリズムを求め、写実的に身近なものを描くことに関心が高まり人気もあつまりましたが、格を上げ宗教画のように精神性を持たせることでこの寓意性が好まれました。

『頭蓋骨のある静物画』、ポール・セザンヌ、1895年から1900年

ヴァニタスとは「人生の空しさの寓意」を表す静物画であり豊かさなどを意味するさまざまな静物の中に、人間の死すべき定めのシンボルである頭蓋骨や、あるいは時計やパイプや腐ってゆく果物などを置き、観る者に対して虚栄のはかなさを喚起する意図をもっていました。

ヴァニタスの「空しさ」の引用は旧約聖書の「コヘレトの言葉」(伝道の書)にあります。 
ダビデの子、ソロモンの著書とされています。

よく聞く言葉は、例えば
「なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい」

があります。
コヘレトの言葉は、全体的にまるで般若心経のようなどこか達観した感じがしてきます。
でも、最終的には神は存在することを歌うのですが、何千年も前に書かれた書物が現存し中世も今も勇気づけることにも不思議な気がします。

このヴァニタスの思想はやがて、偶像崇拝禁止の宗教改革の起こった北ヨーロッパと相まって、バロック絵画という風景画や静物画などレンブラント、フェルメールなどの画家の絵画へと発展していくのです。


過ぎゆく時を見つめてー感染症と芸術まとめ


「人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもある」と聞いた言葉ですが、本当に共生するしかないのかもしれません。

どんなに科学が進んでもその存在を根絶することは不可能のようです。
中世から近世までの長い暦の中でも人類は抗い諦め、受け入れ精神性を身に着け表現するという術を持ちました。

大きな犠牲を伴った21世紀のパンデミックも後世から見たら、あの時が境目だね、などと芸術や人々の思考を分析するかもしれません。
ひたひたと感じる変化を敏感に感じつつも、精神的には中世の人々のように畏れや戸惑いを受け入れて自分にできる表現を模索していきたいと思うのです。

ジュエリーのデザインをしていて、かつて人々を慰めたように何か安らぐものって何だろうと思う日々です。

新型コロナウイルスが落ち着いてきて思うことに、人類はこれまでも災疫が収束後は再生し高みをめざし発展を続けてきた過去があります。

今、これ以上の発展を目指すのか、足踏みをするのか、全くちがう価値観になるのかまだまだわかりませんがやはり変化は着実に起きている、そんな気がします。


参考文献
*『静物画』 エリカ・ラングミュア著、高橋裕子訳、八坂書房、2004年 ISBN 4-89694-852-1
(原著:POCKET GUIDE: STILL LIFE, by Erika Langmuir, ロンドン・ナショナルギャラリー)
*最新世界史図説「タペストリー」
*「中世ヨーロッパの歴史」堀越孝一著、講談社学術文庫
*「ジュエリーの世界史」山口遼著、新潮文庫
*「ルネサンスの女たち」塩野七生著、新潮社
*「ルネサンスとは何であったのか」塩野七生、新潮文庫
*小池寿子『死を見つめる美術史』ポーラ文化研究所、1999年。ISBN 978-4-938547-47-9。
*加賀野井秀一『猟奇博物館へようこそ : 西洋近代知の暗部をめぐる旅』白水社、2012年1月。ISBN 978-4-560-08186-0。

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