歴史考察 #41 『南蛮寺』は滋賀・彦根に現存した⁈
1549年のキリスト教伝来から徳川幕府によるキリスト教禁教までの期間、日本に建てられた教会堂は「南蛮寺」「南蛮堂」、「だいうす寺」「だいうす堂」などと呼ばれました。
そんな「南蛮寺」はどんな姿だったのか、ずっと気になっていたのですが、
Wikipediaによりますと、リスボン美術館に残る絵や、宣教師の記録、教会跡の考古学的調査の結果から、次のように推測されています。
①既存の仏教寺院の建物を転用するか、新たに建てた場合も、日本の建築様式を踏襲して建てられた。
②礼拝堂の入り口から祭壇に至る動線は、西方教会建築のパターンを踏襲し、間口に対して奥行きが深い形が追求された。
③屋根瓦に十字紋が用いられたことが出土遺物によって確認できるほか、柱・梁・破風・欄間の装飾や彫り物、襖絵、天井絵等に、キリスト教に関連するモチーフが取り入れられた。
当時建てられた「南蛮寺」を見ることはできませんが、そんな条件を満たす和風礼拝堂がないか調べたところ、滋賀・彦根城の外堀にあることがわかりました✨
その名は「スミス記念堂」
「スミス記念堂」は、昭和6年、アメリカ人牧師パーシー・アルメリン・スミス氏が彦根城の旧・中濠端(現・外濠)に建設した和風礼拝堂です。
.....ということで、さっそく彦根城を目指しました。
JR彦根駅から歩くこと30分。一見するとこじんまりとした古い神社が左手に現れました。
しかし、よくよく見ると、純日本風建築の中に、葡萄の蔓が巻き付いた十字架や松竹梅の文様が彫られており、西洋の意匠を上手に溶け込ませた美しい教会✨
残念ながら礼拝堂の中を見ることはできませんでしたが、紹介サイトの写真で見る限り、シンプルな中にも、細部に拘った魅力的なデザインがみてとれます✨
こんな教会なら、クリスチャンでなくても、通いたくなるような素敵なデザイン✨
ひょっとしたら、当時もその美しいデザインに惹かれて教会に通う女性も少なくなかったのでは⁈
そういう意味でもデザインって大事だなぁと思いながら、彦根城を一周しました。
結果的に、往復9kmも歩き、めちゃくちゃ疲れましたが、偶然、蔦の絡まる可愛い洋館や、滋賀大学のレトロな洋館にも遭遇♡
和風礼拝堂をはじめ、レトロな魅力がいっぱいの彦根。
また訪れてみたい場所になりました♡