歴史考察 #95『サンタの帽子は革命精神の帽子だった?!』
今日12月25日はクリスマスですね。
クリスマスは一般的にはキリストの誕生日と言われますが、正確には誕生日ではなく、キリストの生誕を祝う日なんですよね。
ではなぜ25日に生誕祭を行うことになったのかといえば、313年にローマ皇帝がキリスト教を公認し、世界的宗教として広めることになり、生誕祭を統一する必要が出てきました。
教会は長い議論の末、350年頃に12月25日をキリスト降誕日とすることを決定しました。
この日の選定にあたり最も影響を与えたのは、ローマ皇帝がキリスト教の前に信仰していたミトラ教の、不滅の太陽神ミトラの誕生祭、つまり冬至祭といわれています。
ヨーロッパなどの農耕社会では、太陽の力が弱くなる冬至の頃、そのよみがえりを願う冬至祭が広く行われており、ミトラの誕生祭もその1つでした。
さらにローマでは民衆の間に12月17日から24日まで「サトゥルナリア」と呼ばれる冬至祭もありました。
これは冬至の前、人々が無礼講で酒を飲み、食事をして楽しく過ごすことができる1週間で、英語の土曜日(Saturday)はこのサトゥルナリア(Saturnalia)からきているそうです。
そしてこの祭のシンボルがフリジア帽だったようで、サンタクロースの帽子の起源と言われています。
このフリジア帽は白雪姫に出てくる7人の小人の帽子や、聖徳太子が被っていた帽子にとてもよく似てますよね☆彡
古代において帽子は個人のステータス、取引、性別、民族的背景、そして宗教を一目で識別するための主要な方法だったそうですね。
その後フリギア帽は、自由身分の解放された奴隷が被るものとして採用され、フランス革命では、読み書きのできない民衆に『革命精神』を伝達するため、『フリジア帽とトリコロール旗』や『フリジア帽をかぶせた杖を持つ自由の女神』などの意匠が考案され使用されました。
フランス革命後の7月革命の時に描かれた『民衆を導く自由の女神』はフリジア帽を被っています。
これ以後、フリジア帽を被った女神、マリアンヌがフランスの象徴となったといわれています。
ちなみに、パリ五輪のマスコットはこのフリジア帽がデザインされたようですね。
いずれにしましても日照時間が長くなるのは嬉しいことですね。太陽がいつもそこにあることを当たり前ととらえず、12月25日は、太陽に感謝をする日と捉えるのもいいかもしれませんね。