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椿と生きる島
出発
7月30日
今年もこの時期がやってきた。午前で仕事を終わらせ急いで帰宅する。
家へ向かっていると空は次第に暗くなり、雨が降ってきた。
ああ、今年もか…去年三宅島へ行った時も出発で夕立に降られてしまったことを思い出す。
しかし旅支度をしているうちに雨は弱まり、今年はなんとか雨具を持たずに家を出られた。雨でアスファルトに溜まった熱気は洗い流され、涼しい夕方の風を浴びながら竹芝桟橋へとバンタムを走らせる。
キャブレーターの摩耗が進んだのか完調では無いため、暑さや渋滞の中で長い時間走ると失火しやすくなる。
エンジンが余計な熱を持たないように、回転数に気を使いながらほどほどの速度で走らせて行く。無理に周りに合わせず自分らのペースで走ろうね、とバイパスの端っこをなぞりながら呟いた。
途中で2回ほど小休憩を挟み、なんとか無事に竹芝に到着。ここまでくれば一安心だ。
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手続きの時間が来たらバンタムを預け、乗船券の発券を済ませる。
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出航までは十分に時間がある。仕事終わりの相方と合流し夕飯に付き合ってもらい、先に東京を発つ橘丸を見送るなどした。
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夏休みシーズンということもあり、子供達の団体や若い学生グループも目立ち待合は賑わっている。海は穏やかで御蔵島のみが条件付き出航、他の島は全て寄港の予定だ。
夕飯時にサワーを2杯飲んだが出港後すぐに本日のラストもう1本追加。
東京湾越しの夜景を眺めながらのお酒もこの航路の醍醐味だが、あんまりダラダラ飲んでいると翌日の走行に支障が出るのでささっと飲んで寝ます。本日の2等和室は満席。いつものように毛布3枚で寝床を整える。
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凪の朝
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伊豆大島へあと30分ほどで到着するとのアナウンスと共に船内には照明が灯り、さるびあ丸の朝が来た。
水平線上には雲があり日の出は見られなかったが、風は無く明るくなった海はとても穏やかだ。
ほどなくしてさるびあ丸は伊豆大島、岡田港に入港。夏休みのちびっこの団体や釣り人たちが降りていった。
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伊豆大島を見送り、1時間ほどすると利島が見えてくる。午前6時半、島で唯一の桟橋にさるびあ丸が着桟した。
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貨客船のさるびあ丸ではバイクは貨物としてコンテナで運ばれる。伊豆諸島の各島へこのコンテナで生活物資を運搬するのがさるびあ丸の大事な仕事だ。
椿の島
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利島では20人程が下船した。釣り人やダイビング客が大半といった感じだ。輪行している人もいる。
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桟橋から島の一周道路へと登る。
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プラグが被り気味なのかバスバスと不完全燃焼な排気音だったので、途中でプラグを磨きながら様子を見る。
島を走っていて時折すれ違う車は民宿の軽バン、島民の軽トラといったところだ。この島の道路ではまず大きな車は走るのに向いていない。集落から離れると車は一切見かけなくなった。
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桟橋から西方向へ島を一周することにした。利島は1周4.4km、小さな島だ。ゆっくり周ろう。
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藪椿が頭上低く被さると蝉の声もけたたましさを増す!こちらに飛んでくる蝉がこわい!
一周道路沿い、島の南側に差し掛かると鳥居が現れた。利島にお邪魔しています、とお賽銭を入れてご挨拶。この5分ほどの間に腕を蚊に4箇所刺された。痒いけど八丈島の蚊よりはマシ。八丈島の蚊はバケモノだった。
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島を半周してちょうど港と反対側のあたりまでくると南ヶ山園地と言う広場がある。
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南の海には鵜渡根島、新島、式根島、神津島が見える。
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ここで朝ごはんを食べようかとも思ったが、蝉と蜂の往来が激しく落ち着かないのでもう少し先に進むことにした。
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道路には椿の実がゴロゴロ落ちている。ブロックタイヤを履いていてよかった。
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花の季節を終えた椿は3月頃に実をつけ、半年かけて成熟する。9月頃に実が割れ、種が顔を出すと収穫の時期だ。
島を覆う藪椿の森の合間には農業用モノレールがあちこちに敷かれている。
島の北東側まで来ると東屋があり、そこから海が見渡せた。
この日は風が無く蒸し暑い。それでも内地より気温が5度ほど低いので外で活動していても幾分かは楽だ。
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凪の海はぬらっとしている。島の低いところでは野焼きでもしているのか、煙が上がっていた。
朝ごはんにと前日に買ったパンを食べていると8時のチャイムが響き、われは海の子のメロディーが郷愁を誘う。
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朝ごはんの後、一周道路を下るとスタート地点だった港が見えてきた。
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伊豆諸島固有種の百合、サクユリの時期は外してしまったが橋の飾りで綺麗な花を見ることができた。
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小さな町
島を一回りすると9時を過ぎていた。そろそろ街も目覚め、中を走っても大丈夫だろうということで島唯一の集落へと向かう。
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小さな町には急坂の細い路地が張り巡らされている。
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お買い物で新札を利島に流通させてきました。
農協でお土産を買い、郷土資料館に立ち寄る。島暮らしの歴史、利島から出土した銅鏡、流鏑馬の展示がメインだ。
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集落から港の方へ少し外れるたところにある、艀(はしけ)と海の歴史広場。
40年前まで利島に桟橋は無く、沖まで来た大型船まで小さな船(艀)を出して人や物の往来をしていたそうだ。
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大型船を着けることが難しかった利島の苦労の歴史がここには残っていた。
復路
寄りたかった神社も他にあったのだが、場所の特定が難しかったり、生い茂る緑と猛勢のセミにより寄りつけなかったりで、ここらで探索を切り上げて港のコンテナに再びバンタムを預けた。
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帰りの船の乗船までにまだ時間があるので、港から西へ300メートルほどにあるカケンマ浜で涼を取る。島で唯一の浜辺だが人は誰もいない。
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ここは人工の砂浜で神津島の砂を持ってきたらしい。
暑いしブーツ脱いでじゃぶじゃぶしちゃお。こういう時のためにギョサンが欲しいと毎年思いつつも購入の機会を逃している。(帰宅後ついに念願のギョサン買いました)
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浜でじゃぶじゃぶしているうちにちょうどいい時間になったので待合所に戻る。
神津島で折り返し、復路のさるびあ丸がやってきた。
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島のお巡りさんは船が着くたびにパトカーで港まで降りてきて上下船を手伝う。
島を走っているときにパトカーとすれ違ったのをお巡りさんも覚えていてくれて話しかけてくれた。
伊豆諸島をバイクで1つずつ巡っていることを話すと、神津島と新島をオススメしてもらった。お巡りさんはもともと大島で白バイに乗っていたらしい。きっとまたどこかの島で、と手を振った。
船が離岸すると船上の職員と桟橋の職員が手を振りあう。この人たちのおかげで島の生活が守られているんだと思い胸が熱くなる瞬間が好きで毎回眺めてしまう。
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桟橋を離れるとさるびあ丸は速度をあげ、小さな利島が遠くなってゆく。
帰りの船内は往路のような賑わいは無く、2等和室も3分の1が埋まる程度だった。昼食をとり、シャワーを浴びて海を眺めたり昼寝をしているとあっという間に竹芝だ。
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竹芝港に着いて、バンタムに積む荷物を整理しているとわっと夕立が降ってきた。
流石に大雨の中走りたくは無いので、雨宿りをしながら写真の整理をして時間を潰す。
雨が弱くなったところで走り出し、予定よりも2時間ほど帰宅が遅くなったが雨は走っているうちに止んだので良かった。
今度はきっと椿の花の季節に行こう。