好きなアイドルのお休みが決まった日の日記
11/19 木
Margo Guryanを聴きながら朝の散歩。北風は冷たいけど日差しが気持ちよかった。昼に好きなグループが紅白に出る報せを聞く。はあ、そうですかと思う。あの浮かれた雰囲気や茶番が苦手で極力見ない選択を取ってきた人間として(実家の家族は視聴しているため、同じ家にいて自分だけ見ないことは結構な努力が要る)どういう選択をすればわたしも他の人も最も心地よくいられるか考えないといけない。グループの放送だけ見る選択肢もあれば、何も見ない選択肢もある。昼休みに文フリの商品紹介ボードや値札作成、ポスター印刷などの細かい作業。いよいよ本番が近づいている。
ミーティングのあと、頭痛がひどかったので少しだけ仮眠を取る。起きて数時間ぶりにTwitterを開くと、たくさんの「お休み」「休養」のワードが目に入る。驚きはしなかった。紅白の会見にスビンがいない時点で自分の中で予感めいた何かがあった。ウィバスを開く。体調不良によりしばらく活動を休止する、という知らせを読む。本人直筆のメッセージもあり、どうやら身体だけではなく心の調子も良好ではないようだった。わたしは来週スビンに会えないんだ、と思った。タイムラインには彼を労わるツイートであふれている。わたしはお知らせを見てまず「来週のコンサートで会えないんだ」と思った自分を恥じる。何か労わるようなことを言いたかったけど、うまく思い浮かばなかった。
たいして情報を追っていないファンからしてみてもここ最近のグループのスケジュールは明らかに過密で異常だったし、少し前から事務所・会社やスタッフは烈しい批判にさらされている(この件に関してはそもそも会社側に大きな問題があるし最悪だが、しつこく叩いている層のこともわたしは理解できない)、こんな状況ならいつ心身が不調になってもまったく不思議ではない。
いつもの自分なら過密スケジュールを組むことをやめない会社に憤っていたはずだった。でも今はそれがうまくできない。いや、憤ってはいる。いるけど、自分の心が凍りつき、麻痺しているみたいに怒りを感じることができなくなっていることに気づく。心の中にたくさんの感情はあるのに何一つうまく掬うことができず、知らない街で迷子になったような不安感。
自分の休養によってファンが過剰に悲しむことをアイドルは望まないだろう。だけどわたしはすごく悲しい。来週会えないことも悲しいし、こうなってしまったことも悲しいし、忙しいスケジュールの中で無理をしていた事実もすべて悲しい。本人には申し訳ないが今だけ悲しませてほしい。本当に今だけだから。
かつて心の調子を崩し、ベッドから出られなくなった時期があった。母はわたしに「今は自分の好きなことと心地よいと思えることだけをやってほしい」と言った。スビンにもそう伝えたい。ベッドから出られなくなるまでの過程は本当につらかったけど、わたしにはあの休んでいた時期がなかったらもっと早くだめになっていた。だから、スビンが休養を選ばなくてはならなくなったことは悲しいけど、休む選択をしたことや、選択そのものはポジティブに受け入れたい。好きなことをして、おいしいものを食べてゆっくりして、そのことに罪悪感を一切抱かず、そして一秒たりとも悪夢を見ることなくよく眠れますようにと、自分が何の力にもならないことはわかっていながらも願う。スビンの休養について逡巡しながら作ったレモン鍋は何の味もしなかった。