禍話リライト 廃墟探訪趣味

禍話の語り手である、かぁなっきさん。
彼が知り合いの知り合いであるヒロさん(仮名、男性)から聞いた話。

そのヒロさんがある時、近くの山中にある廃墟へ、彼女さんと一緒に肝試しに行った時のことである。
(怖いので昼間に行ったそうだ)

二人が訪れたのは複数の建物からなる廃墟だった。建物の構造から、元は少年自然の家だとか何らかのセミナーハウスだったのではないか、そんな印象を受けたそうだ。

ヒロさんたちは建物内部に入ってすぐに、ごく最近誰かが立ち入ったらしい痕跡をいくつも発見した。

一瞬驚いた。
とはいえ、雰囲気のある、いい感じの廃墟である。まして彼らがそこを訪れたのは、肝試しにピッタリの夏の頃だ。そんなに条件が整っているのに誰も来ていないなら、逆にその方が不自然だし怖いわけだ。
そんなわけでヒロさんとその彼女は、
『きっと、先客でもいたんだろう』
と考え、あまり気にせず廃墟探索を開始した。

先述したように複数の建物からなる廃墟である。
それなりの広さがあるので、二人で一緒に回っていては何か面白いものを見つける前に日が暮れてしまうだろう。
そう考え、
(本来、あまり推奨されることではないのだが)
まあ昼間だし、大丈夫だろう。
そう考えて別行動をとることにして、それぞれ違う建物を探索することにしたそうだ。


……そうしてしばらくヒロさんが建物内を探索していると、彼女さんが息を切らして駆け戻ってきた。
「ちょっ、ちょっと! ヒロくん、ヒロくん!」
「何? 急に。怖いものでもあったの?」
普段から気の強いタイプである彼女が、怖い怖いと連呼しながら怯えた様子で戻ってきたので、何事かと思ったヒロさんが詳しく訊いてみると、

『人がいる気配がする』

という。
「え。それ、マジでヤバいやつじゃねえか」
彼女が言うには、自分が探索していた建物の三階に足を踏み入れたところ、廃墟に似合わない、するはずのない『甘いお菓子の匂い』がしたのだそうだ。
それに驚き、彼女はヒロさんのところへ駆け戻ってきたわけだ。

「……え、お菓子? お酒とかじゃなくて?」
例えば酒の類ならば、肝試しに来た若者や寝ぐらにしようとやって来たホームレスが持ち込んだもの、そうしたものの臭いがしても不思議ではない。
だが、お菓子の甘い匂いとなると、このような廃墟にはちょっと似合わない。
さらに、彼女が言うにはそれはどうも、チョコレートの匂いのようだったらしい。

確かに、効率良くエネルギーの補給が出来る携行食としてチョコレートを愛用する登山家も多いという。
しかし、それはもっと険しい山へ挑む人たちの話である。ヒロさんたちが今いるような、一般人が気軽に来れる、こんな場所とは合わないように思えた。
何より、そんなに周囲に匂いが漂うほどの量を持ち込んで食べるようなものでもないだろう。

何だろう。一応、調べに行ってみようか。
ということで、ヒロさんは彼女さんにその場所へと案内してもらうことにした。
彼女さんの案内の元、問題の場所に近づくと、なるほど確かにチョコレートの甘い匂いがする。
それも、かなり露骨なレベルだ。

さらに、ヒロさんは気づいた。
彼女さんの話から何となく『板チョコ』をイメージしていたのだが、想像していたそれとは違う匂いだった。

(何だろう、この匂い……。何かこう、クリームと混ざったような、洋菓子のような……。そう、例えば、エクレアみたいな……)

しかし、それだけ廃墟に不釣り合いな匂いが漂っているにもかかわらず、不思議と物音は聞こえてこない。どういうことなのだろう。
まあ、何にせよ。ここまで来たら、匂いの正体を確かめずに帰るわけにもいかないだろう。
二人は意を決し、チョコの匂いを辿り始めた。
そして、匂いの出所らしき部屋を突き止め、その中を覗き込んでみると……。


女の子がいた。


見たところ、大学生くらいの歳だろうか。
寝袋などの装備をしっかりと揃え、アウトドア用の衣服を着た、パッと見ではどこにでもいそうな感じのごく普通の女の子だ。

そんな女の子が。
廃墟の一室で。
エクレアを食べていた。

「あっ……」
「あっ……」
双方、驚いて声が出た。
女の子の方はさらに、
「あっ、スイマセン!」
と謝ってきた。
ヒロさんも咄嗟に、
「あ、いや。スイマセン。……ってこともないんだけど……、えっ?」
そう答えたのだが、状況が全く理解できない。
混乱のあまり、
「……エクレア食ってる!」
と、さ◯ぁ〜ずの三村さんのようなツッコミを入れてしまったそうだ。

……少しして。
落ち着きを取り戻したヒロさんは、その女の子や、周囲のことを改めてよく観察してみた。
彼女の周りに置かれた装備から察するに、どうやら既に、この場所で最低でも一泊はしているような様子である。

「……えっと。ごめんね? 自分たちは廃墟探索に来たんだけど……。こんなところで、何してるんですか?」
「……ん? あぁ、泊まってたんです」

(ん? 泊まってた? ……ああ! つまり『廃墟マニア』ってやつか!)

ヒロさんはそうした方面に興味がないので、詳しくは知らなかったのだが。
いわゆる『廃墟マニア』と呼ばれる人々は、そういう退廃した建物を訪れ、その在りし日を偲んで愛でたりするものである。
そういう話は、ヒロさんも少しは聞いたことがあった。

そこで、彼女もそういうタイプの人なのかと思って訊いてみると、『自分は違う』と言う。

聞けば、既にここで一泊しているにもかかわらず、奥にある建物の方には足を踏み入れていないそうである。なるほど、『建物自体』には興味がないのなら廃墟マニアではないと言えるのだろう。

※甘いものがお好き。ということから、彼女は禍話リスナーから『甘味さん』と呼ばれるようになった。
そのため、これ以後、彼女のことを『甘味さん』と表記する。


……甘味さんは、廃墟を見て回ったり撮影したりするのではなく、『そこで宿泊する』のが趣味なのだそうだ。

甘味さんの言葉を要約して説明すると、こうした廃墟には『ピンと来る場所』があるらしい。そこで一夜を過ごすと、何かしら奇妙なことが起きるのだという。
そういう場所で一泊し、奇妙な体験をして、
(あ〜、怖かったな〜)
そう思って帰る。
そんな感覚が好きで、このように廃墟で一泊しているのだそうだ。
(なお、現地に生息する野生生物等、そうした危険については事前に充分に調査をし、対策をしてから向かうことにしているので大丈夫、とのことである)

(……この子は何を言ってるんだ?)
ヒロさんは甘味さんが言っている意味がわからず困惑した。
無理矢理に表現するなら『廃墟恐怖体験ジャンキー』というところだろうか。

ちなみに。
甘味さんの言う『ピンと来る』という感覚については、多くの著名人が似たような話をしている。
例えば、作家の平山夢明氏はそうした感覚について『ゾーンに入る』という表現をしている。そういう感覚を覚えた場所では、何かしら恐ろしい体験をするものだそうだ。
また、漫画家の水木しげる先生も、そういう場所では(ああ、もうすぐ出逢える)という感覚があるものだ、と語っている。

「……まあ、そういう感じになるんで。それはそれで満足なんですよ」
昨日、そういう感覚になったんで。今日あたり、何かあるかもしれない。
どこか楽しそうにそう語る甘味さんに対し、
(何が楽しいんだよ……)
と、ヒロさんはドン引きした。
結局、その日はそのままヒロさんたちはその廃墟を立ち去ったのだが……。


……後日、ヒロさんが彼女さんから聞かされた話なのだが。
いつの間にか、彼女さんは甘味さんとメールアドレスを交換して友達になっていたそうだ。
「……え、なんで?」
「いや、聞いたら出身地も近くて、学年も一個下だったから……」
「……なんでだよ!」

以来、彼女さんの元には定期的に、
「この前こんなことがあったよ〜」
と、まるで何処かのお店のパンが美味しかったという、そんな日常会話くらいのカジュアルな文面で、甘味さんの奇怪な体験談の綴られたメールが届くようになった。

当然、彼女さん経由でヒロさんもそうした話を知るようになり、さらにヒロさんの知人、そしてかぁなっきさんへと伝わっていった。
そして甘味さんとコンタクトを取ったかぁなっきさんが、個人情報や地名等が特定できない形なら、という彼女の言葉に従い、彼女から提供された話を紹介する。
それが『禍話』の『甘味さんシリーズ』というわけである。
(ちなみに、先述したように『甘味さん』という愛称は、この話に出てきたエクレアなど、彼女が甘いものを好んで食べることに由来するのだが。
甘味さん本人は、
『甘いもの以外も食べてる!』
と抗議しているそうだ)


……なお。彼女さんが聞いた話によれば、甘味さんは一度、かなり重い病気を患ったことがあるそうだ。
それ以来『そうした方面』の話に興味が出たのだという。
親御さんも理解のある方だったそうで、それ以来、今のような趣味を楽しんでいる、とのことである。



……さて、甘味さんから提供された体験談には、例えばこんな話がある。

甘味さんが、とある山中に残された廃校を訪れた時のことだそうだ。
四階建ての校舎、その三階のある教室。
それに対し、例によって『ピンと来た』甘味さんはその教室で一泊することにした。

そして夕方頃。
荷物を置いて寝袋等の準備をしてくつろいでいた甘味さんは、不意に『変な感覚』に襲われた。
具体的に表現できないが、何故か、何かがすごく気になるのだ。

基本的に『ピンと来た』部屋で一夜を明かすことが目的なので、それ以外の場所は軽く見て回る程度か、全く足を踏み入れない。それが甘味さんのスタイルである。

(……もしかしたら、何か見逃したものがあるのかもしれない)

そう思った甘味さんは念の為、改めて廃校内を確認しておくことにした。
そうして廃校内を探索する内、甘味さんはあるものを発見した。


廊下の突き当たり、そこの窓枠。
乾き切った汚れた雑巾が引っかかり、垂れ下がっている。


一瞬驚いた。
が、冷静に考えれば、さほど不自然なものではない。
学校ならば、生徒が掃除の時間に雑巾掛けをすることなど珍しくないし、廃校ならばそうした雑巾がずっと残っているだけ、ということもある。
まして、このような廃校なら。例えば映画とかグラビアだとか、何かしらの撮影で使用されることもあるだろう。その際に、例えばこの廃校の管理人が清掃を行うこともあるだろうと解釈するのは、ごく自然な話である。

(……まあ。つまりは、そういうことなんだろう。もし人がいるんならあんまり長居はしないようにして、一泊だけにしとこうかな)

そう思い、甘味さんは今夜の寝ぐらと定めた教室に戻った。


……その日の、深夜のことだ。
寝袋の中で眠っていた甘味さんは、突然覚醒した。
甘味さん曰く、
『金縛りに遭う、その直前の雰囲気』
そのような感覚に、急に襲われたのだという。
頭の中では、
(キーン……)
という音も鳴り響いている。
(……なんだろう?)
そう思い、寝袋から出て身を起こす。


(……何かが来る)


確信はないが、何かそんな、霊感じみた感覚があった。
甘味さん曰く、そういう時は上手く言えないが『向こう側の領域』に入ったような、そういう感じがするそうだ。
そしてそういう時、理解し難い話だが、甘味さんはワクワクしてくるのだという。
(何だろう、何が来るんだろう……)
そう思っていると……。


タッタッタッタッダッダッダッダッダッダッタッタッタッタッ……


(……うおおっ⁉︎)
上階、四階の廊下を走り抜けていく。そんな足音が聞こえた。
さすがに、それには甘味さんも驚いた。
というのも。これまでにも例えばチラリと姿が見えたとか、暗闇の中で誰かに触られたとか、そういうことはあったのだが、こんなにはっきりと音が聞こえたことはなかったからだ。
それに、明るい内に校舎内を歩き回った甘味さんだからよくわかることがあった。
この建物はかなり老朽化しているから、誰かが足を踏み入れればすぐわかるほどに足音や軋む音が響き渡るのだ。だから、自分以外に誰かが入ってきたのならすぐにわかるし、急にそんな足音だけが響き渡る、なんてことは絶対にありえないのだ。

……だが。音に驚きはしたものの、さすがそこは甘味さんである。
(……いったい何の音だろう?)
溢れ出るワクワク感を抑えきれなかった。音の正体を突き止めるべく、寝床である教室を出て、廊下を通り、音の聞こえた上階へ向かって階段を登っていく。

(あっ……)
階段を登ってすぐだった。
長年誰も足を踏み入れていない、それこそ甘味さんも『ピンと来る』感覚がなかったので足を踏み入れていない、埃の積もった廊下。


そこに一筋、拭き取られたような跡があった。
それは、何者かがそこだけ『雑巾掛け』した跡なのだと、そう直感的に理解した。


持ってきた懐中電灯で照らしてみると、その跡は廊下の上にずーっと続いている。
それこそ、懐中電灯の明かりの届かない、闇に包まれたままの廊下の向こうから、廊下のもう一端の闇の中まで、ずーっと……。

(……ちょっと、これはヤバい!)
さすがの甘味さんも怖くなってきた。
こんな深夜の廃校の、真っ暗闇の中で、自分しかいない状況だ。
もしかしたら、さっきの音も、目の前の雑巾掛けの跡も、単なる勘違いでしかなくて、明るくなってから確認したらこの跡も綺麗に消えているのかもしれない。
冷静に考えればそうなのかもしれないが、その時の甘味さんにはもうそんな余裕はなかった。

(……とりあえず、この場を離れて安全な場所へ避難しよう。荷物については、明るくなってからまた取りに戻ればいい)

そう判断して、慌てて踵を返し、階段を駆け降りる。
そして、元いた三階へと戻ってくると……。


タッタッタッタッダッダッダッダッダッダッタッタッタッタッ……

目の前の廊下を。
雑巾掛けをする『何者か』が駆け抜けていった。

暗闇の中だったため性別はわからなかったが、間違いなく小学生くらいの子供だったという。


その後、甘味さんは慌てて廃校を飛び出し、山の麓にある駅のロータリーで朝まで過ごしたそうである。
なお、明るくなってから荷物を取りに行った際に確認したところ、廊下には雑巾掛けの跡などなかったそうだ。

ただ、その雑巾掛けの跡だけなら勘違いということもあり得るだろうが、あの廊下を走る音と目の前を駆け抜けていった子供の姿。
それは絶対に幻覚や勘違いなどではないと、甘味さんはそう語った。


ところで。
「……でも、音が聞こえるってのはちょっとよくないなぁ。触られるとかつねられるとか、笑われるならまだいいけど、音としてくるのはよくないですよ」
後に甘味さんはその時の体験を振り返ってそう語ったのだが、それを聞いたかぁなっきさんは、
(……何が違うんだ?)
甘味さんの言っていることが全く理解できなかったそうである。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『ザ・禍話 第二十四夜』(2020年9月5日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/638959688
から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:29:30くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話リライト 廃墟探訪趣味
https://venal666.hatenablog.com/entry/2022/11/15/181152

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