禍話リライト 闇夜の物体
提供者であるAさん。
彼が大学時代に所属していたゼミで起きた話。
その日、Aさんは所属するゼミの仲間と共に、大学構内にある図書館で勉強会をしていたそうだ。
ずいぶんと集中していたのだろう。気づけば、いつのまにか図書館の閉館時間が迫っていた。
そこで、今日はもうお開きにしようか、ということになった。仲間たち同様、Aさんも荷物をまとめて退館しようとする。
と、建物の出口まで来たところでAさんは忘れ物をしてしまったことに気づいた。
仕方ない、ということで、仲間には先に外に出て待ってもらうことにし、Aさんだけが中に戻る。
忘れ物を無事回収し、司書の人に軽く謝ってから、仲間達の後を追って急いで図書館の外に出た。
だが、図書館を出てすぐのところで待っていてくれるはずの仲間たちの姿は、何処にも見当たらない。
どうしたんだろう。何かあったんだろうか。
そう思って仲間の一人にメールを送ってみると、
『全員、図書館裏手の駐車場にいる』
と返信があった。
(……なんで?)
Aさんは奇妙に思った。
というのも、図書館裏手の駐車場というのは、いわゆる『第二駐車場』なのである。
第二駐車場。
その名で呼ばれるからには、当然、大学構内の別の場所に第一駐車場があるわけだ。
しかし、仲間たちの言う第二駐車場は、第一の方が満車になった際に使う者がいるかどうかというような、普段からあまり使われていない、そういう駐車場なのだ。
例えば、ゼミ仲間の誰かが今日は車に乗ってきていて、そちらに駐車している、だとか。そういう事情があるならまだわかるが、そもそもそんな話を聞いた記憶もない。
(……なのに、なんでみんな第二駐車場なんかにいるんだろう?)
そう訝しみながら、Aさんは仲間のいる第二駐車場へと向かった。
メールで教えられた場所に行ってみると、確かにそこにゼミ仲間たちがいた。
ただ、奇妙なことに。
何をするでもなく、全員が空を見上げているのだ。
(……みんな、何をしてるんだろう?)
不審に思いつつも近づいていったAさんが声をかけて訊ねると、一人がこのように説明した。
「いや、UFO見てんだよ。みんなで」
「……は? UFO?」
ゼミ仲間のその突飛な言葉に驚き、思わずAさんも空を見上げた。
雲一つない、綺麗に晴れ渡った夜空だった。暗い空に無数の小さな星が瞬いている。
だが、それだけだ。仲間の言うようなUFOらしいものは全く見当たらない。
もしかしたら、そんな星々の瞬きをUFOと勘違いしているのでは。そう思って訊いてみたが、そうではないと仲間たち全員が言う。
彼らが言うには。
それこそ、SF映画などに出てきそうな。
一目見て、明らかにUFOだとわかるような。
そんなギラギラと光り輝く物体が、今この瞬間も空に浮かんでいるというのだ。
仲間たちは空に浮かんでいるらしい『何か』について興奮気味に言葉を交わしているのだが、Aさんには何も見えない。
一瞬、仲間たち全員で自分のことをかついでいるのではないか、とも考えた。
だが、普段そういう冗談を言うタイプでない、真面目な女子まで同じことを言っている。
さらには、
「え、わかんないかな。こんなにハッキリ見えてるのに」
と、呆れたような口調で言われる始末である。
そうは言われても、Aさんにはそれらしきものが何も見えないのだから仕方ないのだが……。
結局、しばらくして。
「……あ! 飛んでっちゃった!」
「飛んでった! 不思議だなぁ……」
そんな仲間たちの言葉と共に、その不思議な騒ぎは唐突に終わったそうだ。
仲間たちによると、そのUFOらしきものは彼らが見ている前で急に何処かへ飛び去っていったらしい。
不思議だなぁ、何だったんだろうなぁ。
仲間たちがそのように騒いでいる横で、
(水を差したりするのも悪いのかなぁ……)
そう思ったAさんは、
「……そう、だねぇ」
そんな風に話を合わせていた。
そうして、その日はお開きとなったのだが……。
……Aさんの話によれば。
その日以来、ゼミの仲間全員がおかしくなってしまったのだそうだ。
例えば。
ゼミ仲間である男子学生、彼が授業に姿を見せなくなった。
そこで心配して部屋まで行ってみた友人によると、彼は部屋のドアに鍵もかけず、押し入れの中に閉じこもっていた。膝を抱えた、いわゆる体育座りの体勢のまま、そこでただジッとしていたそうだ。
何をしているんだ。そう訊いた友人たちの言葉にも、彼は何も答えなかったという。
また、別の者は自室内で、段ボールをつなぎ合わせて自分一人だけが入れるくらいの大きさのシェルターのようなものを作り、それを頭から被って、同じく膝を抱えたままジッとしていたそうだ。
彼もまた、何をしているのか訊かれても全く答えなかった。
ゼミ仲間が全員、そんな風になってしまったわけだが。
仲間の中でも特に親しい者(仮にBとする)
Aさんは彼に詳しく訊いてみたのだが、するとBはこのように答えたそうだ。
「……こうやってるとな。見えるんだよ」
「……何が?」
「いや、UFOが」
屋内の押入れ。あるいは自分で作った箱。その中の真っ暗闇。
そこで何かが見えたとして。
果たして、それは『UFO』と呼べるものなのだろうか。
Aさんはそう思ったのだが、Bは『UFO』なのだと言って譲らない。
B曰く。
(発端が誰なのかはわからないが)
あの晩から数日経った後。ゼミ仲間の一人が、何か用事があって自室の押し入れの中でゴソゴソと作業をしていた時。
彼はその暗闇の中で『UFO』を見たのだという。
その話を聞かされ、仲間たちが疑似的に同じように真っ暗闇の環境を作り出して試してみたところ。
確かに話に聞いたように、『UFO』らしきものが見えたのだそうだ。
「……だから、ずっと同じことをしているんだ。みんなもそうなんだ」
そのようにBは言う。
「いや、見えるのはいいんだけど……。お前ら、それ、怖くないのか?」
「いやァ、別に怖くないんだよ。不思議だなァ、UFOだなァ、って。そういう話なんだよ」
(えぇ……)
Bの話を聞いて、Aさんはドン引きした。
……その内に。
彼らは講義中、ノートに変なものを書くようになったそうだ。
例えるなら、漫画や小説の登場人物の相関図。それをもっと複雑に、ゴチャゴチャした感じにしたような、矢印ばかりの図であったり。
本人たちが言うには年号らしいのだが。だとすれば何千年、何万年先のものとも知れない、途方もない桁数。そんな数字の羅列であったり……。
そこまでになると、いくら友人、ゼミ仲間といっても、さすがにAさんも付き合いきれなくなった。
そんなわけで、ゼミを担当する教授にも事の次第を打ち明けたのだが……。
「……ああ、そうだよね! 最近みんな、なんか変だよね!」
Aさんの話を聞いて、安堵したように教授は言う。
詳しく聞いてみると、ゼミ仲間たちは教授にも、事あるごとに例の『UFO』の話をしていたそうだ。
教授自身、立場もあるので平静を保ちつつ彼らの話を聞いていたのだが、内心ではかなり困惑していたらしい。
「……いやぁ。でも、よかったよ。きみだけはマトモみたいで」
「ああ、はい。僕は、マトモです。……でも、そもそもUFOって、アイツらが言ってるようなものじゃないですよね?」
「そう、だよねぇ……」
それからしばらく経った、ある日。
教授、Aさん、そしてB。その三人しかゼミに出席しない日があった。
その時、教授はBに対し、
(……こいつは普段から、結構『ぶっちゃける』タイプだから。突っ込んで聞いてみたら、詳しく話してくれるんじゃないか?)
そう判断したらしい。
そんなわけで、ゼミが終わった後。教授の誘いで三人で飲みに行くことになった。
「……で。聞いたところによるとさ? 君ら、そういうことやってるらしいけど。例えば、何かメッセージとか来たりするの?」
酒の席で、いい感じに酔いが回ってきたタイミングで、不意に教授がBへ話を振った。
(うわぁ。教授、ブっ込むなぁ……)
そう思ったAさんだったが……。
「……いやァ。いろいろと、こう。ハッキリと言語化はできないんですけどねェ。ただ……。
『こういうのをやれ』
……みたいなのは、感覚的にわかるんですよねェ」
Bはそのように言う。
(わかるのかよ……)
当たり前のことのように説明する彼に、Aさんと教授は思わずドン引きしてしまった。
そんな二人の様子を気にすることもなく、さらにBは話し続ける。
「……でもねェ。やっぱり『宇宙』と『個人』じゃないですかァ?」
「……ああ。まあ、そうね。うん。宇宙と個人、ね」
ここは話に乗っておいた方がいい。
そう判断したAさんが、Bの言葉に相槌を打つ。
「……『宇宙』と『個人』だから。スケールが違うから。個人にできることって少ないよねって、俺は思うんですよねェ」
「そ、そうだね。宇宙と個人だからね。個人にできることって限られてくるよね」
「……そうだな。お前はちっぽけな人間だもんな。できることも限られるよな」
教授の言葉に乗っかる形でAさんが飛ばした軽口に、
「そうですねェ、ハハハハハ!」
Bは笑ってみせた。
(あ、そういう話はちゃんと受け止められるんだ……)
その後、Bだけが先に帰ってしまったので、Aさんは教授と二人で改めて話し合ったのだが、
「結局、Bもおかしくなっていることは間違いないが、まだ他のやつらと比べて会話できるだけマシだ」
……ということを再認識しただけで、具体的には何もわからないまま、その日は終わってしまった。
──と。
そこまで語ったところでAさんは話すのを止めた。
当然、話を聞いていた禍話の語り手、かぁなっきさんは妙に思い、それからどうなったか訊ねた。
「……いやいや! そこで終わるのはおかしいでしょ! 確か、ちょっと前の話なんでしょ? だったら、その後なんかあったんじゃないんですか? その後、そいつどうなったんですか?」
「いやぁ、実は……」
かぁなっきさんに促され、少し迷ったような表情をした後、Aさんが頭を掻きながらその後の顛末を語り始める。
「……やっぱり、Bはまだマトモだったんですよ。そいつ、今はそんなこと全く言いませんもん。
『やっぱ、できることは少ないから』
っつって。そいつは何もないんですよ」
「……『そいつは何もない』って、どういうことですか?」
「……他のやつらはね?
みんな死んだか、行方不明になっちゃって。
今も元気なのは、Bだけなんですよ」
変な死に方をした者。
素性のよくわからないシェアハウスか何かに入居し、そのまま行方不明になった者。
今現在どこにいるのか。詳しいことは不明だが、恐らくは生きてはいないだろうという者。
あの晩、空を見上げていたゼミ仲間たちは、B以外の全員がそんな風になってしまったそうだ。
また、教授もこの事件が原因で心を病んでしまい、ゼミの指導等を担当できない状態になってしまったという。
──彼らが見たものは、本当に『UFO』だったのだろうか。
その正体が何だったとしても。
思うに、Bだけが助かったのは、他の仲間たちのように周囲の『声』に何も考えず、ただ従うだけではなかったから。ではないだろうか。
B自身も言ったように、『宇宙』と『個人』、その違いというものを、
『自分の頭で考えることができたから』
なのではないだろうか。
何か、自分の理解できないものと出会った時。
そういう時に大切なのは、周りの『声』にただ従うのではなく、自分の頭で考えて動くことなのだ。
……ということなのかもしれない。
6月24日は『UFOの日』です
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話スペシャル・年末年始オールスター感謝祭 後編』(2021年12月31日)
から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:16:20くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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