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禍話リライト 怪談手帖『家帽子』(えぼし)

「う〜ん。怪談って感じじゃ、ぜんぜんないんですよねえ……」

ひどくすまなそうにそう言ったのは、広告代理店に勤めるというBさんである。

「怖いっていうか、とにかく変な話っていうか……。いや、地味ってわけじゃなくて。まあ、起きた事は派手っちゃ派手なんですけども……」

どうにも歯切れが悪いので。
『いわゆる奇談の類でもぜんぜん構わない。そういう話にも興味があるのだから』
そう伝えると、やっと納得してくれた。

「あんまりにも変だから、皆、忘れようとしているみたいですけどねえ。
……でも。内心じゃ、あれは何だったんだろうなって。ずっと、どっかに引っかかってんじゃないかなあ、って……」


──彼が実家からほど近い大学に通っていた頃のこと。
夕方、大学からの帰り。町外れの、家まで続く分かれ道まで来た彼は、ふと立ち止まった。

見慣れた茜色の風景に、違和感がある。
何かが違う。

(……何が違うんだ?)
幾度か視線を巡らせて、ようやくわかった。
分かれ道の反対側、森を背にした大きな建物のシルエット。それが違和感の正体だった。

「ああ。それはあの、昔そのあたりの地主が建てたとかいう家でしてね?」
ずいぶん前から誰も住まなくなっていたが、管理はキチンとなされており、それなりにきれいな見た目を保っていた。
空き家にありがちな曰くなどもなく、Bさんにとっても変わり映えのしない背景の一部に過ぎなかったのだが。
だからこそ、違和感に気づきやすかったのかもしれない。


「そのう……。帽子を被ってたんですよね……」


「……帽子⁉︎」
Bさんの言葉の意味が一瞬飲み込めず。
僕(怪談手帖の提供者である余寒さん)は少し戸惑った。
「い、家が、ですか⁉︎」
と言うと、
「うん……、家が……」
と頷く。
「い、家が、帽子を被る……⁉︎」
「ねえ? 変な話でしょう?」
とBさん。

「でもねえ。そうとしか、形容のしようがないんだよね」

彼が言うには。
すっかり見慣れたその家の上に、全く見慣れない巨大なパーツがいつの間にか追加されていた、というのだ。
屋根を覆うように扁平な円筒形が被さっていて、その周りをヒダがぐるりと巡っている。
それは水平ではなく、斜め後ろに傾いでおり。正面からだと壁の下、建物の破風の部分がそっくり見える。

「形だけなら、昔の。ほら、カンカン帽みたいな。あの帽子の前を上げて、斜め気味に被ったような感じだったんですよ」

手つきで形を模しながら話すBさんに、
「……家が?」
と言うと、
「家が」
と頷く。

「材質は……。ちょっとわかんなかったですね。見た感じ、柔らかそうだったから、布だと思うんだけど。布、って感じもしなくて。
……ああ、色ですか?  夕焼けのせいでわかりにくかったけど、まあ、クリーム色に近かったかなあ……」

不可思議な帽子についての彼の説明を聴きながら、僕はどうにも戸惑っていた。
そんな僕の表情から察したものか。Bさんは先回りをするように、
「言いたいことはわかりますよ」
と笑った。

「いやあ、私も最初は何かそういう、改築とか何かの催しものだとか、そんな風に考えました。ギョッとはしましたけど、朝通った時には無かったんだから、日中にそうなったんだろう、と。
まあ、どっちかと言えば。家のてっぺんまでの足掛かりもないし、あんな大きな嵩張るもの乗せんの、骨だったろうなあ、とか。そんなこと思ってたかなあ……」


(妙なことをしたもんだ……)
と、ぼんやり眺めた後。
彼が帰ろうとすると、あたりがザワザワとして近隣の人たちが道に出てきた。見れば、例の家を指して口々に騒いでいる。
「何だありゃとか、何のイタズラだ、とかね」


周辺住民がその帽子に気づいていなかったということを、彼はそこで知った。


「いや、町外れとは言ってもそれなりに人通りはありますから。当然、周知のことだと思ったんですが、違ったわけです。ちょっと訊いてみたら、ほんの一時間前まではそんな風じゃなかったって言うんですよね」


そうなると、話は少し変わってくる。
その場で人々の見守る中、家の管理者をはじめ、あちこちに電話が行ってやり取りがなされたのだが……。
「でもね? 結局、誰一人、それが何なのか把握してなかったんですよ」
つまり。ごく僅かな間に、その家は全く周囲に気づかれぬまま、奇妙な帽子のようなものを被った、ということになる。
「イタズラにしたって、ねえ。大掛かりすぎるし……」
何となくその場にとどまってしまったBさんを含め、人々は腑に落ちない顔を見合わせながら夕暮れに浮かび上がる空き家の輪郭を眺めた。
そろそろ宵の色に変わりつつある空を背に、帽子は不思議な存在感を放っており、さらによく見ると、被さった境目の辺りにキラキラと輝く大粒の真珠のようなものがいくつもあしらわれているらしい。
「いやあ、まあ、そんなに大きいわけないし。まあ、模造品だろうけど。思いの外、リッチ思考なイタズラなのかな、とか考えちゃって。ますます謎めいて……」

そんな帽子をあみだに被って黄昏から夜への溶暗を背景とした空き家の様子は、日常からひどく浮いていながら、それゆえ奇妙にメルヘンチックな光景でもあった。

「何だか皆、見惚れちゃってねえ。『誰がこんな洒落た帽子を買ってやったんだ』とか。そんな軽口も出るくらいでした。でも、何故か写真を撮る人はいなかったなあ……」

しばしの間、鑑賞会のようになった後。陽がすっかり落ちてから、人々は我に返った。
イタズラにしろ何にしろ勝手な行為だし、大変な迷惑には変わりがない。

「まあ。時間が時間なので、今日は無理にしても。明日には人を集めて撤去の手筈を整えよう」
と、そのように話し合ってその場は解散となった。

Bさんも、
(不思議なこともあるもんだ……)
と思いつつ、ようやく帰途についた。

「……それで、その夜なんですけど。そこでも変なことがあったんですね」


何故か、猫の大合唱が起きたのだという。


普段はそういう時期であってもチラホラとしか聞こえない猫の声が、その日は夜通し、えらく大きく響いていた。

ぎゃーお!
ぎゃーお!
ぎゃーお!

「いや、それもなんだかねえ。最初は、てんでバラバラだったのが。だんだんと、声が揃っていって。まるで、その。大きな猫が、一匹で叫んでるみたいな……」

Bさんは何度かカーテンをめくって外を見たり、終いにはサンダルを履いて外へ出たりしてみたが、少なくとも見える範囲には猫の姿は一匹も見つからなかった。


そして、一夜明けた朝。
Bさんが大学へ行くためにいつもの道へ出ていくと。

例の分かれ道のところで、大騒ぎが起きていた。
「いや、例の空き家がね? ひどいことになってたんですよ」
人垣の手前からそちらを見たBさんは、絶句した。


家のてっぺんの部分が。
そっくり、なくなっていた。


あの帽子を被っていた屋根が、根こそぎ剥ぎ取られ。
上部がポッカリと開いてしまっている。
無惨に破れた壁からは、部屋の中身が露出している。
例の帽子は、跡形もなかった。


(大きな風が吹いたのかな? ……いや、違う!)
とBさんは考えた。

飛ばされたというよりは、もぎ取られたという感じだとBさんは思った。

いや。
もっと言うならば……。

考えながら。
思わず、Bさんは口元を押さえた。

辺りに、生ぐさい臭いが漂っていた。
学校の見学で行った牛小屋で嗅いだことのある、あの『よだれ』の香りが近かったという。


さらには。
破れた家の上部から、瓦礫がパラパラと細かく散ると共に、壁の切れ目からドロドロとした赤土を溶かしたような汚い泥の汁が、幾筋も溢れて流れていた。


「……まあ。この様子を直感的に表すと、その……。
『齧りとられた』
みたいだな、って……」


大きな唇が、行儀悪く。
『ぞぶり』
と、一口……。
噛みちぎられた断面から。
よだれと血潮とが、ダラダラと流れている……。


そんなイメージを浮かべた時。
Bさんは。
「……アッ!」
声をあげた。


「……ほら。境目に真珠みたいなのが並んで光ってた、って言ったでしょ?」

Bさんは目を閉じ。
当時の記憶を重ね合わせるように、しみじみと言った。


「あれ、もしかして……。『歯』だったんじゃないかなって……」


そうして話を語り合えてから、Bさんは微笑んだ。
「……ねえ? 変な話でしょう?」


※こちらの話と割と近い地域の話、とのことです
禍話リライト 怪談手帳【あみだかぶり】

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話フロムビヨンド 第四夜』(2024年7月27日)

から一部を抜粋、文章化したものです。(0:24:40くらいから)
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