禍話リライト 霊感のある女(カタツムリの家)
『霊が見える』と自称する。
そういう人とは、あまり付き合わない方がいいらしい。
提供者、Kさん(仮名、男性)が高校生の頃。
地方の不良の多い学校にはありがちなことではあるが。夏休みなど、そういう時期になると素行の悪いOBがやって来て、在学生を呼び出してドライブだ夜遊びだと連れ回す、ということがある。
Kさんの高校のOBにも、そういう先輩がいた。
不良、と聞いてイメージするような、いかにもな感じではない。何となくカッコいい、そんなタイプの人だったそうだ。
その先輩も定期的に母校に顔を出して遊びに誘っては、その際に在学生相手に武勇伝めいた話をしていた、というわけだ。
Kさん自身はその先輩とさほど親しいわけでもなかったのだが。先輩と特に親密な同級生によると、近頃先輩がよくする話があるそうだ。
先輩の彼女さんは大学生くらいで、割と可愛い感じの人らしいのだが、その彼女さんがいわゆる『見える人』らしい。
つまり『霊感がある人』というわけだ。
そんな彼女さんと一緒に、先輩は心霊スポットによく行くのだそうだ。
すると。
あそこにいる。そこにもいる。ウヨウヨと霊がいる。
そういう様子が、彼女さんには見えてしまうという。
それくらいの人らしい。
同級生たち曰く。そんな彼女さんと一緒なら、心霊スポットに行っても危ない場所を簡単に避けられるだろうと、そう言われていた。
それに、先輩は先輩で、いわゆる漢気のある人物として知られていた。ここ一番の判断力に優れた人だから、彼女さんと一緒ならどんな心霊スポットでもきっと大丈夫だろう。
同級生たちの間では、そんな会話がしばしばなされていたそうだ。
……そんなある日のことだ。
また先輩が学校にやって来た。
「今度、心霊スポットに行くから。お前らも来いよ」
ということであった。
が、タイミングが悪い。
というのも、
(OBなんだからそれくらい把握しておけよ、という話なのだが)
ちょうど大きな学校行事を控え、その準備で忙しい時期だったのだ。
普段なら先輩にお供するような同級生たちも、みんな所属する委員会や部活の関係で忙しく、さすがにそれどころではない。
というわけで、帰宅部で比較的時間に余裕があるKさんを始めとした何人かにお鉢が回って来たのだった。
(ええ、やだなぁ……)
そう思うものの、何しろ地方の話だ。先輩後輩の間の関係性というのは絶対的と言えるほどに強い。下手に断ったり、ドタキャンなどした場合、後でどんな不利益を被るかわからない。
そんなわけで、当日。Kさんは渋々、指定された時間に待ち合わせ場所へと向かったのだが……。
現場へ来たのはKさんだけだった。
一緒に行くはずの同級生たちへ慌てて連絡してみると、皆口々に、急に熱が出たとか、身内に不幸があったとか、そんなバレバレの言い訳をする。
(なんなんだよ、もう……)
正直に来てバカを見てしまった。そう悔やむKさんだったが、今さらそんなことを言っても仕方がない。
先輩の車が、待ち合わせ場所へと来てしまった。
Kさんから状況を聞いた先輩が呆れたように言う。
「なんだ、お前だけなのか? みんな怖気付いちゃったんだな。しょうがねぇなぁ」
「はぁ、スイマセン……」
(なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ……)
そう思いつつ、一応の謝罪をしてから、先輩の車に乗り込んだ。
助手席に女性がいた。例の彼女さんである。
なるほど、話に聞いていたように確かに可愛い感じの女性だ。
例えるならば、地方のアイドルグループにいそうな、そんな感じの人だった。先述したように先輩もカッコいいタイプの人なので、割とお似合いのカップルだという感じがした。
走り出した車の中、Kさんが訊ねる。
「……で、先輩。今日はどこへ行くんですか?」
「おう、今日はな、ヤベエ場所に行くぞ! 家に侵入する!」
「いやいや! ダメでしょ!」
なるほど、だから他のやつらはドタキャンしたのか。先輩の言葉を聞いて、Kさんは納得がいった。
考えてみれば、時期も時期だ。卒業後の進路のことを考えてピリピリしているやつらも少なくない。きっと、Kさんとは違って事前に知っていたから……、ということなのだろう。
(あいつら……)
そうは思ったものの、もうこんな状況になっては今更どうしようもない。そこでKさんはヤケクソ気味に全てを受け入れることにした。
「はあ……。で、先輩。そこって、いったいどんな家なんです?」
「おう、実はな……」
目的地は、住宅地の中にある一軒家だそうだ。
事情を知らない者が見ても一目ではそうとわからないような、ごくごく普通の、どこにでもあるような家である。
かつて、そこには親子三人、両親と娘が住んでいた。
どこにでもいるようなごく普通の家族だったのだが、ある時父親がリストラされて職を失ったという。
それをきっかけに、父親が酒に溺れるようになった。
最初の頃は外で酒を飲んでいたのだが、その内に騒ぎを起こしてしまい、警察や近所の人たちからこっぴどく怒られたらしい。
それから、父親は家にこもって酒を飲むようになった。
それ以後、家の中から物の壊れる音や悲鳴が聞こえるようになった。
奥さんや娘さんは、真夏でも肌を隠すように長袖を着るようになった。本人たちはそのことを訊かれても話をはぐらかすのだが、事情を知る近所の人たちからすれば理由は明白である。
悪いことに、その家族はいろいろあったらしく、親戚とも疎遠だったそうだ。
近隣の住民たちも心配していた。妻や娘に声をかけると、彼女たちは大丈夫だと言うのだが、見るからにそんなレベルではない。
役所や警察に言って動いてもらえればそれが一番いいのだが、こういう場合、被害に遭っている本人自身がその被害を認めて自分で動かなければ、『各家庭内のことだから』ということでなかなか行政側も動かないものである。
(そういう傾向の強い時代の話、ということもあったのだろう)
そんなある日、父親が亡くなった。
急病などではない。どう考えても不自然な死に方だったそうだが、先述したような事情があったからだろう。
見て見ぬふりをしたり、口裏を合わせたり。母子について哀れに思っていた近所の人たちの手により、結局は事故死として処理されたという。
その後、母子はまるで今までのことが全てウソだったかのように、見違えるように元気になっていった。そして、これまでのことを全て忘れ去ろうとするかのように、どこか別の場所へ引っ越していったという。
それからしばらくして、空き家になっていたその家に別の家族が引っ越してきた。
全くの偶然だが、両親と娘という、前の家族と同じ構成の一家だったという。
いわゆる事故物件に新たに入居者があった場合、管理業者には説明義務がある、というのはご存知の通りである。
当然、その家族もそこで前に何があったかは聞かされているし、それについて承知した上で入居してきたわけなのだが、近所の人たちからすれば家族構成のこともあり、具体的にどうだと上手く言えないが不安で仕方がない。
それでも、しばらくは何も起きず、平穏に暮らしていたのだが……。
入居から半年ほど経った、ある日。
その家族の父親が死んだ。
前に住んでいたあの家族の父親、彼と全く同じ死に方だったそうだ。
何があったのかは不明である。唯一わかっているのは、遺された母子はまた何処かへと引っ越していってしまった、ということだけだ。
そういうことがあったために、さすがに管理会社の側もその家は貸すことができないと判断し、現在では一切紹介等はしていないのだそうだ。
そしてその家は今でも、その住宅地の中に空き家のまま存在しているのだという。
「……で。今からその家にアタックします!」
(え、アタックとか言っちゃうんだ……)
軽い感じでそう言う先輩に、Kさんは少し引いてしまった。
「……え、そんなとこ行って、本当に大丈夫なんですか? というか、そのお父さんって、結局どんな風に亡くなったんですか?」
「いや、それはわかんねぇんだよ」
それだけ家に纏わる話が伝わっているのに、なんでそこだけわからないんだよ。とは思ったものの、わからないというのなら仕方ない。
「そうですか……。いや、でも、本当に大丈夫なんですか? 話通りなら、なんか悪霊みたいなのがいるんじゃないんですか?」
「いや、それは大丈夫だよ。彼女が今日は全然大丈夫って言ってるから。だよな?」
「うん、大丈夫だと思う!」
(アンタらの方が大丈夫かよ……)
彼女がヤバいと言う時は本当にヤバいけど、大丈夫だって言うからには大丈夫だから。
そう言ってケラケラ笑う先輩に対し、
(そんなので大丈夫なのかよ……)
そう思いつつ、Kさんは曖昧な表情で愛想笑いをするしかなかった。
そうこうする内に、現場に到着した。
「おう、ここだここだ」
話に聞いていた通り、その家は住宅街の中に他の住居と変わらぬ様子で存在していた。
家の前には空き地のようなちょっとしたスペースがあり、ちょうどいいやと先輩はそこに車を停める。
「じゃあ、行こうかぁ」
そう言って車を降りる先輩、その後にKさんも続こうとしたのだが……。
その時、異変が起きた。
それまで元気だった彼女さんが急に、
「……あ。あっ、ヤバい、ヤバい」
そう言ってガタガタ震えだした。顔色が真っ青になり、脂汗を流している。
「頭痛い、頭痛い……」
両手をこめかみに当て、俯いてそう呟き続けている。心配して彼女さんの手を取った先輩によれば、指がものすごく冷たくなっている、ということである。
幸い、しばらくすると様子が落ち着いてきたのだが、彼女さんはあの家には行けそうもない様子である。
どういう理屈かわからないが『急に行けなくなってしまった』のだそうだ。
「……でも、二人が行く分には大丈夫だと思うよ。私、車で待ってるから」
「おう、そっか。じゃあ行ってくるわ。じゃ、行こうか、Kくん」
(ええ……)
彼女さんだけ残して行っちゃうのかよ、大丈夫かよ。そう思ったものの、先輩に意見出来るはずもない。
そんなわけで、彼女さんを車内に残し、Kさんは先輩と二人で問題の家へ踏み込むことになったのだった。
家の敷地はブロック塀で囲まれていた。
先日、雨が降ったからだろうか。それとも、ここだけ湿気が溜まりやすいのか。
持参した懐中電灯で何となく照らしてみると、壁の表面を大きなカタツムリが何匹も這っている。
(うへっ、気持ち悪……)
それ自体は無害な生物であっても、夜の闇の中、そういう謂れのある場所でウジャウジャと群れている様子はさすがにゾッとしないものがある。
嫌なもの見ちゃったなぁ。そんな思いを頭から消そうと、前を歩く先輩の背に向けてKさんは声をかけた。
「……そういえば先輩。ここってどこから入るんですか? 玄関とか開いてるんですか?」
「いや、違う違う。勝手口のドアが壊れててさ、そっちから入れるんだよ」
(……話の大切な部分は知らないのに、そういうことはちゃんと知ってるんだなぁ)
そんなことを思いつつ、はぁそうですかと相槌を打つ。そしてついにKさんと先輩は問題の家の中に侵入したのだった。
そうして家に侵入したまではよかったのだが、事前に話を聞いているからか、Kさんはその辺から急に恐怖が込み上げてくるのを感じた。
何となく。管理業者の方や、元々この家に住んでいた人たちに申し訳ない気がして、勝手口から上がる際にKさんは靴を脱いで上がった。
しかし、Kさんとは違い、先輩は気にせず土足のままズンズンと中へ踏み入っていく。
(あ〜、すいません。先輩が、すいません……)
屋内に踏み入る先輩の背中を見つつ、心中で謝りながらKさんも後に続く。
が、やはり怖くて仕方ない。探索をする先輩に倣って懐中電灯で辺りを照らし、何かないかと探そうとはするのだが、とても先輩のようにじっくり観察してみようという気になどなれない。
嫌なことに。
ずっと締め切ったままの家の中の空気は澱みきっていて、さらに雨のせいで湿気もこもっている。
それによって壁などに染み付いた臭いが増幅されているのか、物凄いアルコールの臭いが漂っていた。
恐怖と臭気にやられ、Kさんは心底嫌になってしまった。さすがに直接言う度胸はなかったが、先輩のように楽しそうにあちこち探索するような気持ちにはとてもなれない。これ以上屋内に踏み入りたくなかったし、出来ることなら一刻も早く外へ出たかった。
が、そんなKさんの気持ちを知ってか知らずか、先輩は楽しそうに声をかけてくる。
「おう、二階に行ってみようぜ! 二階が俺を呼んでる気がする!」
(何言ってんだこの人! 彼女さんと違って、アンタは霊感ないだろ!)
「……いやぁ、俺はもういいです。下で待ってますよ」
「おう、わかった」
そうして先輩は一人で二階へと上がって行ってしまった。
さて、そうなると何もすることがなくなる。
辺りを見て回る気などしないし、怖いので変に動き回りたくもない。というわけで、一度見て回った場所である居間のような部屋へと行き、そこに残されたちゃぶ台の横で座って待つことにした。
(……しかし、家具とかは残されたままなんだなぁ)
室内を見渡してそんなことを思いつつ、先輩の戻ってくるのを待っていたのだが、その内にKさんは妙な感覚に襲われた。
何か、異様に落ち着かない。
例えるなら、小学校時代、友達の家に遊びに行った時。何かの拍子に友達が席を外し、自分だけ取り残されてしまった時のような、そんな感じだ。
さらに、その家の人たちに見られているような、そういう視線も感じる。
しかも、そうして暗闇の中から自分に視線を向けている人の数が、時間と共にどんどん増えている気がする。
しかし、当然ながら周囲には誰もいない。
そうなると、今度はここで一人じっとしていることに怖くて耐えられなくなってきた。
今すぐ人のいる場所に行かなくては。そう思ったが、となると選択肢は二つしかない。
外にいる彼女さんのところか、二階に行った先輩のところか、である。
なら、外にいる彼女さんの方へ。一瞬、そう考えたのだが、青い顔でガタガタ震えていた彼女さんのことを思い出すと、それはそれで怖い。
それに『見える人』である彼女さんから余計に怖いことを言われたらたまらない。
さらに言えば、そのことについて後で先輩から何かしら因縁をつけられる可能性もないでもないわけだ。
となると、これ以上家の奥に踏み入りたくないのも確かだが、判断力と男気があると評判の先輩のところへ行った方がまだマシなように思えた。
「……先輩?」
居間を出、階段を登り、二階にいるはずの先輩の後を追う。
……が、Kさんは二階に上がってすぐにおかしなことに気がついた。
Kさん同様、先輩も懐中電灯を持って探索をしていたはずなのに、二階のどこにも明かりが見えない。真っ暗闇なのだ。
もしかしたら、先輩はどこかに隠れていて自分を脅かそうという考えなのか。だとしたら、行かなくては逆に失礼になる。恐怖を押し殺し、Kさんは二階を探し始めた。
「先輩、そういうのはナシですよ〜……」
声をかけながら、おっかなびっくり辺りを探し回るKさん。やがて彼はあるものを見た。
暗い廊下の突き当たり。
そこにある襖を開けて中に入って行こうとする、先輩の後ろ姿だった。
先輩は懐中電灯の明かりもつけずにその部屋の中に入って行って、そのまま後手に戸を閉めた。
「……先輩? 何やってんですか?」
声をかけつつ、そちらに向かったKさんだったが……。
一瞬、そこがKさんの視界と懐中電灯の灯りから確かに外れた瞬間があった。
だが、だとしてもそんなことがあり得るはずがない。
そこには襖などなかった。
ただ、壁があるだけだった。
「……えっ? 壁⁉︎」
わけがわからず、思わずKさんは声をあげる。
ホラー映画顔負けの展開に困惑し、混乱した思考そのままに口から言葉が漏れ出した。
「えっ、何これ? ホラー?」
すると、その右隣の部屋の襖が急に開いた。
「……何してんだよ?」
見ると、そこに先輩が立っていた。怪訝な顔でこちらを見ている。手に持った懐中電灯に、明かりもつけぬままに。
「どうしたんだ? 変な声出して」
「えっ、いや。今さっき、この奥に部屋があって。先輩、その中に入ってったんですよ……」
しどろもどろになりつつ説明するKさんに対し、先輩は不思議そうに言う。
「何言ってんだよ。俺はここにいるだろ」
「……いや、でも俺。見ちゃったんですよ! 先輩、この奥に入ってったんですよ!」
「……そうかぁ。見たのかぁ。ふぅ〜ん……」
そう言って。先輩は無表情のまま、何かに納得するように何度も頷いてみせた。
その様子が、無性に恐ろしくてたまらなかった。
「……先輩? 俺、下で待ってますからね?」
「うぅん、わかったぁ」
Kさんの言葉へそう返すと、先輩はさっき自分が出てきた部屋へと戻り、スゥーッと戸を閉めてしまった。
(……うーわ! 怖い!)
Kさんは慌てて階段を駆け下り、家を飛び出して車の方へ向かった。
先輩がどうしてしまったのかはわからないが、あれは尋常な状態とは思えない。だとすれば、どれだけ様子が不気味だとしても、まだ車にいる彼女さんと一緒にいた方がマシだと判断したのだ。
……だが、外へ飛び出して家の玄関の方に向かうKさんの耳へ、大声で叫ぶ声が聞こえてきた。
玄関の外、敷地の入り口の空き地の辺りが騒がしい。物凄い金切り声が聞こえる。
「◯◯◯◯じゃーッ!」
興奮状態にあるのか。あまりにも声が甲高すぎて、何を言っているか内容はわからない。
だが、間違いなくその声は彼女さんのものだった。
何事かと思い、急いでKさんが車を停めてある場所まで駆けつけると……。
彼女さんが、ブロック塀の前に仁王立ちになり、何かを塀からもぎ取ってはそれを壁面に投げつけている。
カタツムリだった。
彼女さんは、塀を這い回っていたあの大きなカタツムリを掴み取り、それを力いっぱい投げつけているのだ。
塀の表面は、潰れたカタツムリの残骸でグチャグチャになっていた。恐らく、そんなことをしているのだから、彼女さんの手の方も同じくグチャグチャになっているはずだ。
なのに、彼女さんはそれを気にする様子もない。
(えっ、何⁉︎ 発狂しちゃったの⁉︎)
驚くKさんだったが、彼はその瞬間、彼女さんが何と叫んでいるのか。
それを理解してしまった。
「……酒もってこんかァい!」
どこのものかわからないが、方言らしきものが入り混じっていた。
だから、具体的にどういう言葉を喋っているのか、そこまでは完璧にはわからなかったが、間違いなくそういう内容のことを言っているのは理解できた。
奇妙なことに。
住宅街のど真ん中、屋外で若い女性がそんな大声で叫んでいるにもかかわらず、近くの家からは誰も出てこなかった。
それどころか、どの家にも窓の灯りが全く見えない。
まるで、どの家の住民も無視を決め込み、騒ぎが収まるのを息を殺してじっと待っているようだった。
「◯◯◯じゃーッ! 酒もってこーい!」
とにかく、今度は彼女さんが完全におかしくなってしまった。
混乱した頭で、どうすればいいのか必死に考える。普通に考えれば、まず近所の家に駆け込むのが一番早いのだが、近くの家家の様子を見ると助けてもらえるとはとても思えない。
ならば警察に連絡を。と、なりそうなものだが、Kさんはそうしなかった。
混乱した頭に、そもそもそんな考えが浮かばなかったのか、それとも今自分達は不法侵入をしているという負い目があったからだろうか。
とにかく、
(……こうなったら、向こうの方がマシだ!)
そう判断したKさんは、家の中にまだいるはずの先輩へ状況を伝えるべく、勝手口へと走り出したのだった。
戸を開け、家の中に飛び込む。そして階段へと辿り着き……。
見上げると、階段の一番上に先輩が立って、こちらを見下ろしていた。
「せんぱ……!」
次の瞬間、先輩が階段を物凄い勢いで転げ落ちてきた。
「……うわっ!」
慌てて階段の下に倒れた先輩へと駆け寄った。
「先輩! 先輩!」
声をかけるが反応がない。
医療の知識がないので具体的にどうこう、というのはわからないが、明らかにこのままにしておいてはいけない状況だというのはわかる。
こうなると、さすがに心霊スポットにいることの恐怖よりも、目の前で起こった事故への衝撃の方が上回った。
(……救急車を呼ばなきゃ!)
先程とは違い、すぐさま頭に浮かんだその考えに従ってKさんは携帯を取り出し、救急へ連絡した。
(あの時の自分は、よく番号を間違えなかったもんだ。後にKさんは当時のことを思い返してそう語ったそうだ)
「……はい、もしもし。どうしました?」
電話がつながり、担当職員の声が聞こえる。その声に少しだけ安心しつつ、Kさんは状況を伝えようとした。
「わたし、お父さんを階段から突き落としちゃったんです!」
「……へ?」
先輩が階段から転落した。
確かにそう言おうとしたはずなのに、全く違う内容が勝手に口から飛び出してきた。
驚くKさんだったが、相手もいきなりそんなことを言われたので、全くわけがわからない様子である。
「……えっ、何ですって?」
「え、いや、違います! 先輩が階段から落ちちゃったんです!」
「……はあ?」
必死でKさんは状況や家の住所などを伝え、何とか救急車に来てもらったのだが、そこからがまた大変だった。
何しろ、まだ入り口では狂乱状態の彼女さんが大声で叫びながらカタツムリを塀に投げ続けているのだ。
暴れる彼女を何とか取り押さえ、救急隊員がKさんに訊ねる。
「え、あなたが通報した方ですか⁉︎ この女性が誰か突き落としたんですか⁉︎」
「いや、違うんです! 早くこっち来てください!」
Kさんによれば、その時になってようやく周辺の家々にチラホラ明かりが灯り始め、中から住民たちが出てきたそうだ。なんだなんだと互いに言い交わすその様子は、明らかに嘘臭い感じがしたという。
……きっと、みんなずっとそれぞれの家の中にいて、明かりを消し、息を殺してジッとしていたのだろう。
あの家がヤバいことは住民たちはみんな知っていて、入ったからには何があっても自己責任、関わらないようにしようと、そう決まっていたんだろう。
Kさんはそう感じたそうだ。
……結局、先輩の怪我は大したことはなく、その後すっかり回復したそうだ。彼女さんの方も過呼吸が酷かったらしいが、何事もなく元通りになったらしい。
ただ、そんなことがあった上に、その話がすっかり知れ渡ってしまったからか。その後は二度と母校に顔を出さなくなってしまったという。
(Kさんも特にお咎めなどはなかったようだ)
また、この話が広まった結果。今でもKさんの母校では先輩から後輩へと、
『あの家にだけは行ってはいけない』
そう語り継がれているそうである。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『真・禍話 第一夜』(2017年4月7日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/362863092
から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:39:00くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話の舎弟【霊感のある女 かたつむりの家】
https://youtu.be/akiD8Q1D_dY
禍話リライト 霊感のある女(カタツムリの家)
https://venal666.hatenablog.com/entry/2022/07/15/190041
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