禍話リライト 怪談手帖『とっくに……』

以前、とある集まりで怖い話が話題となったことがある。
突発的だったこともあってタネはすぐに尽き、いわゆるブラック企業の怖い話が主役となってしまった。
僕(怪談手帖の収集者、余寒さん)は聞き役に徹していたのだが、座の終わり頃になってお鉢が回ってきた。
結局、自分の知るその系統での怖い話。『つ』というひらがな一文字にまつわる怖い話を語ってみたものの、そこは語り慣れない素人の悲しさ。怖がってもらうどころか話の要点すら上手く伝わらず、何とも今一つな反応で終わってしまった。

(※禍話リライト 怪談手帖『つ』)


しかしながら。
お開きとなった後、同席していたFさんという男性からメールでご連絡をいただいた。
曰く、
『似ている、というほどではないが。行方不明になったかつての同僚についての、気味の悪い思い出があるので聞いてほしい』
という。
彼へ正式に採話と公開の許可を取り、伺うことができたのが、次に紹介する話である。


去年不惑を迎えたFさんが、まだ二十代の頃のこと。
当時勤めていた、彼曰く杜撰な会社で、奇妙な迷惑電話が問題となったことがあった。
「最初は単なる無言電話でね。ハイって言って取っても、声も何にも聞こえなくて、首を傾げながら切る、っていう。それが何回か続いたんだったかな」
途中から完全な無音ではなく、サーッとホワイトノイズのような音がするようになったが、相変わらず何も喋らない。
どうしたものかと話している内に、何度目かにFさんが取った電話で、初めて相手が喋った。
ノイズに混じって、明らかに合成音声とわかる男性の声で、

『アマギ、クニヒコさん』

と、名前を告げてからプツリと切れた。

それは、Fさんの後ろの席の、同年代の同僚の名前だった。
(※当然、名前は変えてある)
アマギというその同僚に『何か心当たりは』と問うたものの、『知らない』と答えたので、その場はそこで終わりとなった。


──しかし。
アマギ氏の名だけを告げて切れる電話は、その後も何回も繰り返された。

「大きな会社じゃなかったから、番号をちゃんとフィルタリングしたわけでもなくて。みんな、反射的に取っちゃうんだよね。で、次にかかった時、また俺が取ったんだけど……」

サーッというノイズを聞いて、
(……またか)
と思っていると、不意に……。

『アマギさん、イマスカ?』

と言われた。
それまでの合成音声と、声の主は同じに聞こえなくもないが。妙なイントネーション、ちょうど日本語を勉強し始めの外国人のような調子で、録音ではなく、確かに喋っている。

Fさんは慌てて、
「どのようなご用件ですか?」
と問い返したものの、それには答えず、
『アマギさん、イマスカ?』
と繰り返すだけ。

「……何て言うのかなあ。電話口に向かって喋ってる感じがしない、っていうか。まあ、変なことを言うけど。壁にピッタリ向かい合ってさあ、壁に声かけてる感じ。わかるかなあ」

何度か問い返したものの結果は同じで、結局そのまま電話はプツリと切れた。
そのあたりで、控えておいた番号を検索してみたりもしたものの、どうやら別の県かららしい、というくらいで、該当する業者などは出てこなかった。

「しばらくして、番号を変えて同じ電話がまたかかってきたんだよね。その時は別の同僚が取って、やっぱり同じこと言われて。『アマギさん、イマスカ?』って。聞き返してもダメで。
そいつはねえ、『のっぺらぼうが電話に口つけて喋ってるみたいなイメージだ』って言って青くなってた。俺も『流石に怖がり過ぎだよ!』って言ったけど……」


そのあたりになると、迷惑電話も本格的な問題とされ、対策が話し合われるようになった。
当時、管理職の間では既に、ある程度当たりがつけられていたという。

というのも。
過去に私的なギャンブルが原因で、怪しげな消費者金融に手を出し、逃げるように辞めた社員がいて、職場へも嫌がらせの電話がかかってきたことがあったからだ。

細部は違えど、同じケースなのではないか。
即ち、名指しされているアマギ氏が何かしらのトラブルを起こしたのではないか、というのが会社の見解だった。

「まあ、決めつけるのもひどいとは思うけど。そのアマギってやつも、俺は結構仲良かったんだけど、ちょっと問題があってさあ……」

Fさん曰く。
アマギ氏はどこか地に足のついていないようなところがあり、アマチュアの占い師を自称し、神社仏閣や霊跡などの、いわゆるパワースポット巡りを趣味にしていた。

「いや、もちろんそれ自体が悪いわけじゃないよ? 他の同僚にもそういうの好きなやつはいたし、占いとか風水と上手く付き合ってるやつも、うん、いるいる。でも、あいつはタガがちょっとはずれちゃってたっていうか……」

あからさまなサギ商法にはまり込んで給料を注ぎ込んだり、怪しい装飾品や妙な友の会などに入って散財した話を嬉しそうに周りに話したり。
個人の自由でもあるし、それまでは特に問題にはされていなかったのだが、ちょうど迷惑電話が繰り返され始めたあたりで、彼は側から見てもわかるほど落ち着きがなくなっていた。

携帯電話の電源を切っていることを指摘されると、『プライベートの関係で……』などと弁解していたこともあり、前述のように疑われることになってしまった。

「まあ、要するに。趣味のあれこれでトラブって、携帯が繋がらないから職場にかかってくるようになったんじゃないか、ってことだよね」


──そろそろ直接の上長か部長あたりから裏で詰められるだろうという頃。
気になっていたFさんは思い切って、ある日の昼休みに彼へ直接訊ねてみた。

「近所の公園でね、一緒に座って。借金か何か、でっかいのを作っちゃってんじゃねえか、って。ぶっちゃけてみたんだよ」

ベンチの片方に腰掛けたアマギ氏は、借金という言葉に対しては強く否定した。

「……ただ、いわゆる『きっかけ』は、あったかも知れない」
と、やや自信無さげに続けたという。

それは何なのかとFさんが問うと。
アマギ氏はしばし逡巡した後、とあるパワースポット探訪の話をいきなり始めたのだという。

「ずっと前から気になっていて、少し前の連休に思い切って出かけて、夜に車を飛ばして県を跨いで。そこは道路をグルグル登っていった先にある高台の建物で……」

急に趣味の話を始めたのにも面食らったが、Fさんは話を聞いている内に違和感を覚えた。
「いや、どう考えてもなんかヤッベエ廃墟に行ってんだよ……」
元はどこかの保養所だったと噂の、独特な形の建物へとアマギ氏は赴いていた。
そこは窓ガラスが割れて、電気などもとっくに通っておらず、外壁には無数の亀裂や傷が刻まれていたという。

そして彼の語りは、外壁に沿ってその建物を巡った後、二周目に戻って来たところで異様な遭遇に至る。

最初は確かに誰もいなかったはずの、一階の会議室の中。
ガラス越しに妙な光のようなものがまばらに浮かび、子供のような小さなボンヤリした白い影がビッシリ並んで、こちらを見ていた。
驚いて逃げようとした先、ふと見上げた正面玄関の真上。壁の亀裂だと思っていたものが、誰かの刻んだ歪な形のカタカナであることに気がついた。


『トックニ』


まるで、手遅れだとでも言うように、そう書かれていた……。


「……いや、まあ。どう聞いてもなんか、怪談で肝試しとかに行った、っていう語り口なんだよ。普段行ってたパワースポットの話とも、話し方が違うわけ」
その違和感をFさんが素直にアマギ氏へ告げたところ。
彼はむしろ興奮を強めつつ、『パワースポット』という単語の『パワー』の方を強調したのだという。

「あのスポットにはこれまでに回った全てを過去にするような威力があった。特に壁に書かれた『トックニ』という文字。それを見た時全てはとっくに終わっていたんだと精神的なものではなくハッキリと実感があった!」

興奮気味に口から泡を飛ばして語るアマギ氏を前に、Fさんはひたすら困惑する他なかった。
「いや。正直言って、理屈が全然わからないし、文字がどうこうってのも、たまたまそう見えた、ようにしか思えないし……。まあ、わかったのは。いよいよコイツ、精神的にヤバいんだな、ってことぐらいで……」


結局、有用な答えも引き出せないまま話は終わってしまった。
迷惑電話に関しては、その後、かかってきた番号を控えておいて絶対取らないように、という正式な通達が回った。
通信会社へ対策の依頼をする話なども出て、いよいよ会社としても対応をするのだなと伺い知れたという。
「いやあ。だから薄っすらと、
(これ、アマギも飛ばされるんじゃねえか……)
って、そんな気がしてたんだけど……」


──そんなある日。
休み明けの繁忙でピリピリしている職場へ、重なり合った電話の着信音が、同時に鳴り響いた。
ハッとして見ると、電話の振り分け番号が、ランプを全て埋める勢いで一斉に灯っている。
複数箇所から、すごい数の電話が、同時にかかってきているのだ。

「いやあ、さすがに誰も取らなかったねえ。上司からも『……いいから無視しろ!』って言われたよ」

電話はしばらくの間、ずっと鳴り響いていたが、やがて止んだ。
同時に、Fさんの背後でギィッと椅子が鳴って、アマギ氏が立ち上がったのがわかった。そうして、彼は黙ったままオフィスを出ていってしまった。

「さすがにいたたまれなくなったんだろうな、って。みんな、そこは察してて」

Fさんも少し気の毒に思いつつ、自分の業務に集中していた、のだが……。

「二十分くらい経っても帰ってこないから、アレッ? って思って。トイレにでもいったんだろうと思ったから……」

そうして、仕方なくアマギ氏を探しに行ったのだが……。


「──もう、わかるでしょ? それっきりだったんだよ」


アマギ氏は会社を出て、そのまま行方不明になってしまったのだという。
「いやあ、それからだいぶゴタゴタしてねえ。ただでさえ繁忙期なのに、一人いなくなっちゃって、地獄みたいに……。ああ、でも、余寒さんに話したいのはそこじゃなくて……」


──アマギ氏を探しに社内のあちこちを回った時、Fさんは最後に総務課のある一角へと向かった。
会社には表の出入り口と配達を受け取る裏口があって、そちらは裏口に通じている。
総務に訊ねると、
「……あ。じゃあ、もしかしてさっきのがそうだったのかなあ」
と返ってきた。少し前に、アマギ氏らしい影がパーテーションのむこうを横切って、裏口から出ていったのだ、と。
「こっちも忙しかったから気にしなかったよ」
とか、
「早退きとかじゃないの? 例の件?」
などと続いて訊いてくる総務をよそに、胸騒ぎを覚えたFさんはカメラを見せてもらうよう頼んだ。
「いや、裏口に防犯カメラつけてたんだよね。その会社。回しっぱなしで記録できるやつ。あんまりいいカメラじゃないから、画質も悪いし音声も録れないんだけど」
管理が割と大雑把で、普段から総務と仲の良かったFさんは抵抗なく見せてもらえたらしい。
そこには、裏口から出ていくアマギ氏の姿が記録されていた。


……そのほんの一分間ほどの映像が、明らかに異常だったのだ、と。
Fさんは言った。


──以下は、彼の口述に沿った内容をまとめたものである。

裏口の戸が開き、アマギ氏が出てくる。
画面に白い波のようなノイズが走り、映像が数秒間乱れる。
映像が回復すると、裏口に立つアマギ氏の前に、いつの間にか人物が二人佇んでいる。
一瞬、子供かと見紛う。中肉中背のアマギ氏の半分ほどの背丈しかない。
その二人は帽子を被って、トレンチコートのようなものを着ており、頭もひどく小さい。
サイズが子供並みなだけで子供ではない。むしろ大人をそのまま縮小させたような……。
そのせいで、手前にいるアマギ氏が、まるで巨人であるかのような錯覚を起こさせる。
顔の小ささとカメラの画質のひどさもあって、目鼻口が見てとれず、マネキンのようにも見える。
そんなものが鏡写しのように、ピッタリ同じ姿で二体立っている。
画面の中のアマギ氏は、不自然なほどにリアクションをとらない。
いや、それどころか、背の低い『それら』と視線が全く噛み合っていない。まるで、そいつらがそこに存在していないかのように……。
手前のアマギ氏とその前の二人が向かい合って静止したまま、サーッと低画質のカメラ映像の微細な揺らぎだけがしばらく続く。
タイマーを見るとほんの数十秒であるが、異様に長く感じられる。
やがてまたノイズが細かく走り始めたかと思うと画面が激しく乱れ……。
線の嵐になった次の画面で、二人はアマギ氏を挟んで両側にいる。
片手ずつを出して、アマギ氏と同じ方を向いて、左右から彼の手を取っている。
そしてそのまま三人とも、スーッと滑るような明らかに異常な動きで、画面外へと出ていった……。


「(ああ、これは見ちゃいけないものを見た……)
って、そう思ったよ、本当に……」
Fさんと総務の男性は画面をつけっぱなしにしたまま、人を呼びにいった。
あまりに衝撃的でその映像をいろんな人に見せたので、社内の結構な人数がそれを見ているのだという。

アマギ氏はその場では無断退勤ということになり、連絡が試みられたのだが、携帯電話の電源は相変わらず切られたままだった。固定電話も通じず、最終的に家族から捜索願いが出された。
警察へ届出となった際、防犯カメラの映像も提出されたと聞くが、それが扱われたかはわからない。

その後の続報を聞かない内に、程なくしてFさんも転職したのだという。
「……いやあ。なんか、会社の出入り口も怖くなっちゃってさあ。仕事のつらさ以外で辞めた、唯一の職場かもしれない……」
あの防犯カメラの映像は今でも夢に見るくらい怖いのだと、Fさんは言った。


「……あの、それでね? 俺、何だかあの映像に、デジャブっていうか、既視感? みたいなのをずっと感じててさあ」
悪夢の形で何度も反芻していたせいか。
ある時、彼はその既視感の正体に思い至った。

「……昔。すごい昔。最初の頃かな、UFOが流行った時に。有名な写真があるじゃん。外国で撮られた、合成ってわかったやつ。コートの二人が、小さい細いやつを挟んでるやつ。
単なる印象でしかないんだけど、あのあいつの映った防犯カメラの映像。それはまるであの写真の、……パロディ? っていうのかなあ。左右と真ん中のやつをひっくり返したみたいな、そんな構図に思えて仕方ないんだよ……」

※捕まった宇宙人の写真 ① 【世界のUFO事件簿】



──最後に。
謎の文字について、Fさんが最後に語った印象のせいだろうか。僕は亀裂に見えるその文字は、もしかすると『とっくに』ではなく、『外つ国(とつくに)』ではなかったろうかと思ってしまう。
外つ国。外国、すなわち異国、異なる世界のことである……。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話2024夏の納涼祭 第二部・余寒怪談三連発!キミは耐えられるか!』(2024年7月20日)

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:26:40くらいから)
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禍話リライト 怪談手帖『とっくに……』

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