
禍話リライト 顔面蹴り
心霊スポットと言われるトンネルへ肝試しに行った若者グループの話。
メンバーは四人。
この話の提供者である男性、Aさん。
Aさんの友人である男性、B。
Bの彼女である、C。
そして彼らの共通の友人である女性、Dである。
よくある話だが、そのトンネルに深夜に訪れると『恐ろしいこと』が起きるのだという。
では、その『恐ろしいこと』とは何か。
それを確かめてやろうじゃないか。というわけで彼らはそのトンネルに向かった。
日付が変わって少し経った頃。人里離れた場所にあるそのトンネルに到着し、彼らはトンネルに侵入することにした。
だが、若い男女が二組いるわけだ。何の考えもなしにそのまま中に入っても面白くない。
ならば、二組に分かれ、トンネルに入る時間を少しずらす形でそれぞれ中に入って行こうじゃないか。
Bがそんな提案を出してきた。
その提案により、元からカップルであるBとCが先に入り、少し間を置いてAさんとDが入る。そういうことになった。
「じゃ、行ってくるわ」
そう言ってイチャつきながらBとCはトンネルに侵入していく。
少し経ってから、Aさんたちも入って行った。
「……怖いね」
「……うん」
照明の切れた真っ暗なトンネルの中を、事前に用意しておいた懐中電灯の、心許ないレベルの灯りで照らしながら、ふたりはビクビクしながらトンネルの奥へと進んでいく。
普段からあまり人通りのない、というかほとんど放棄されたような状態なのだろう。
トンネルと言うより隧道と呼んだ方がしっくりくるようなそのトンネルの中は、壁面は苔や汚れ、そして以前に訪れたヤンキーのものらしい落書きでビッシリと覆われている。懐中電灯に照らされたそれらの異様な色彩に、Aさんは何やら背筋がゾワッとするような感覚を覚えた。
トンネルの内部は湿気でジットリとしているのに何故か妙に肌寒い。
雰囲気に飲まれ、黙ったまま先へと進むふたりの耳には、どこかから滴り落ちているのであろう、水滴の落ちるピチャリ、ピチャリという音が、その場の雰囲気に飲まれたふたりの耳へ、他に何も聞こえない静寂の中でやけに大きく響いていた。
その時だった。
「……うわあああぁぁぁーッ!」
「ぎゃあああぁぁぁッーッ!」
突如、トンネル奥の闇の中から凄まじい悲鳴がこだました。
そんな叫び声を上げるのを聞いたことが無いとはいえ、普段からの付き合いがあるからこそ、その悲鳴の主が誰なのか、ふたりには瞬間的に、すぐにわかった。
間違いなく、それは先にトンネル内へ行ったBとCのものだった。
突然のことに何事かと身構えるAさんと、その背後にしがみつくようにして震えながら隠れるD。
ふたりの見ている前で、Aさんの持つ懐中電灯に照らされる中、トンネル奥の闇からBとCがものすごい勢いで飛び出してきた。
死に物狂いの必死な形相で、足をもつれさせながら全速力で走ってくる。
それどころか、Cなどは涙を流している始末である。
何があったのか知らないが、それどころではなかったのだろう。そのままBとCは、Aさんたちの横を通り過ぎて行ってしまった。
「……え、何なの?」
AさんがDと顔を見合わせ、これはいったいどういうことなのかとようやく言葉を絞り出した瞬間である。
『……ヴゥゥゥオオオォォォーッ!』
トンネルの奥から、ものすごい叫び声が聞こえてきた。
当然、AさんとDさんは何事かと思って、その方向、BとCが逃げてきたトンネルの奥深くへ向け、懐中電灯の灯りと視線を向ける。
トンネルの奥から、何者かがこちらに向かって雄叫びを上げながら走ってくる。
「……えっ⁉︎」
火傷か、皮膚病か。あるいは、生きたまま皮を剥がれたか。
全身が赤剥けになった、年齢も性別も判断できないような存在。
そんな相手が。叫び声をあげながら、ものすごい形相でこちらに向かってくる。
「……うわっ!」
「……キャァッ!」
突然の事態に思わず逃げ出す二人。
そうして少し走ってから、Aさんは背後を振り返った。
Dが地面に倒れていた。
その日、Dはあまり履き慣れていない靴を履いていたようだ。それが災いして転んでしまったらしい。路面に倒れ伏し、動けずにいる。
そして、硬直しているAさんの見ている前で、赤剥けの怪人はものすごい勢いでDへと駆け寄っていく。
「……イヤアアアァァァッ!」
全身赤剥けの怪人が、悲鳴をあげるDの左前腕に掴み掛かった。
その瞬間。
Aさんの頭の中が、真っ白になった。
「……ウワアアアァァァッ!」
無我夢中で、雄叫びを上げて駆け寄り。
Dさんの左腕に掴みかかる赤剥けの怪人めがけ、ドロップキックのような形で全力の蹴りを放ったそうである。
その蹴りが、怪人の顔面に見事に直撃した。
Aさんは、運動音痴である。普段ならそんなことをすればバランスを崩して転倒し、肩口あたりを強打するところだが、その時は綺麗に決まったそうだ。ラッキーパンチならぬラッキーキック、と言ったところだろうか。
顔面への一撃を受け、もんどりうって後ろへ倒れる怪人。やはりそういう存在も、いきなり顔面に一撃を喰らうとそうなってしまうものらしい。
その隙に、AさんはDさんを助け起こし。
先に脱出していたBの車へ乗り込み、慌てて逃げたのだという。
「──それがきっかけで。Dちゃんと付き合うことになりまして」
今ではAさんとDさんは結婚し、幸せな家庭を築いている、とのことだ。
──何のことはない。
後にBに聞いたところ。
実は、元からDさんはAさんに好意を抱いていたのである。
しかし、奥手な性格のDさんはなかなかその想いを伝えることができずにいた。
それを知った共通の女友達のCが、何とかしようと考え。
そして、彼氏であるBに事情を話し。その想いを成就させようとした二人が計画したのがトンネルでの肝試しだった、というわけだ。
ともかく、予想外の事態は起こったものの、Bたちの計画は成功した、というわけである。
──この話を聞いた後日。
Aさんの紹介により、現在では彼の奥さんとなったDさんと会うことができた。
待ち合わせ場所である喫茶店でふたりの到着を待っていた。
約束していた時刻より少し遅れた頃、ドアに吊るされたベルの鳴る音とともにAさんが入店してきた。
「……いやあ! 遅れてすいません!」
にこやかな表情を浮かべ、そう言って軽く頭を下げるAさんの後ろから、夫と同じく穏やかな笑みを浮かべたDさんが姿を見せ、そして会釈をする。
Dさんには、左手の肘から先がなかった。
件のトンネルでの肝試し、それからしばらく後のことだそうだ。
どうにも体調が良くない。左腕に違和感がある。
そうした症状に悩まされ、Dさんはかかりつけの医師に診察してもらったそうだ。
しかし、その際には体調不良の原因がわからず、紹介状を書いてもらい、もっと大きな病院で診察してもらうことになった。
そこで、とんでもない事実が判明した。
左前腕部に、悪性の腫瘍が生じていたのだ。
それが原因で。
Dさんは腫瘍の転移を避けるため、左腕の肘から先を切除することになったそうだ。
腫瘍の生じた場所は、あの晩、あの怪人に掴まれた、まさにその場所だったという……。
禍話の語り手、かぁなっきさんは言う。
「皆さんも、幽霊が来たら顔面を狙った方がいいかもしれない。相手も目で見てるわけだから。例えば掴んでくるってことはオバケも掴むって意識があるわけだから。指があってね。
だから小指を捻ったりしたらウォッ⁉︎ ってなると思うんですよ。されると思ってないと思うんですよ、オバケも。だって今までオバケに関節極めた人とかあんまりいないでしょ?
だから、ひょっとしたらいけるかもしれないってのはあるんですよ。オバケが自分の身体のパーツを意識してるんならいけるんじゃないかって説があるんですよ。
だから皆さんもオバケに襲われたら……」
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『震!禍話 十八夜②』(2018年7月19日)
から一部を抜粋し。
『大幅に』
再構成、文章化したものです。
(0:47:40くらいから)
禍話Twitter公式アカウント
禍話wiki
見出しの画像はこちらから使用させていただきました
禍話リライト 顔面蹴り
これは本放送だと『こういうことがあったらしい』と断片的に語られる話なんだけど、それが何だかすごく好きなので
『大幅に膨らませ、一つの話にした』
というお話です
三月三日、梨さんによる『禍話n』発売!
前日、二日には錦糸町タワーレコードでFEAR飯の二人と梨さんによるイベントもあるぞ!