禍話リライト 歯医者
(この話は禍話リライト本Vol.3発売、発送開始時に行われたリクエスト募集企画で私の以下のツイートを採用していただいたものです)
https://twitter.com/venal666/status/1375846150473801731?s=21
https://twitter.com/venal666/status/1375846710530895873?s=21
「……で、歯医者の話はないだろうかって、周りに『歯医者ないか、歯医者ないか』って訊いてたんですよ。
そうやって大長編の時のドラえもんが慌ててポケットの中を探してる時みたいに周りに訊いてたら、
『いいけど、コレ、お前のその聴いてくださってる人は、これ聴いて歯医者行くんでしょ?』
って(提供者が)言うから、
「いや、行くでしょ。いいから話せ! 本人が望んだことや!』
って言って聞いた話なんだけど……」
(筆者と同様に日曜日ではないかもしれないが)体験者が治療のため休日に歯医者を訪れた時の話だという。
体験者が言うには、恐らくその日は自分以外に患者はいなかったはずだそうだ。
入り口で靴をスリッパに履き替えて待合室に入り、本棚から取った漫画を読みながら呼び出されるまで時間を潰す。
その際、待合室には彼以外に誰もおらず、
(今日は自分だけなのかな)
と思ったという。
その内に名前が呼ばれ、診察室に案内された。
診察室には治療用の椅子が数台並んでいる。いつもなら他に患者がいる時は椅子と椅子の間に仕切り用のカーテンがひかれているのだが、その日はカーテンが全て開かれていた。やはり体験者以外に誰も患者はいないらしい。
そして治療が始まった。処置を受けては口をゆすぎ、ゆすいでは処置を受けという、歯医者のお世話になったことがある人なら誰しも体験したことのあるだろう、いつもと変わらない流れだ。
そうする内、彼の担当である歯科医が治療に使う道具だか薬剤だかを取りに行くために席を外し、少し待たされることとなった。
当然だが待っている間は何もすることがない。まだかなぁ、そう思い、ふと視線を横に向ける。
隣の椅子に男性が横たわっていた。
いつの間に来たのだろう。自分が治療されている間に案内されて来て、担当の先生が来るまで椅子に横たわって待っているのだろうか。
しかし、だとしたら案内する看護師の声が聞こえたり、隣に誰か来たなという気配を感じたりしそうなものだが、そんなものは全くなかった。他の患者がいる際は閉じられているはずのカーテンも開け放たれたままだ。
そして何より奇妙なのは、その男性は治療の際につけられるはずの前掛けもつけずに、倒された椅子に横たわったまま、ただジッと天井を見つめ続けているだけなのだ。
看護師に案内されて隣に来た様子も、今自分がそうであるように担当医が離席している間待たされているような様子もない。
(なんだか気持ち悪いな……)
その内に体験者の担当の先生が戻って来た。治療中は体験者は目を閉じていたが、口をゆすぐ際や治療中のふとした時にチラッと横を見てみると、隣の男性はずっと椅子に横たわったままである。
もし何かあって待たされているのなら、その間に看護師か誰かが来て機材の準備をするとか何か説明をするとかしそうなものだが、男性の元に誰か来るような様子もない。
何なんだろう、そう思っていた時だ。事務員らしい誰かに声をかけられて歯科医が再度離席したため、また数分ほど待たされることになった。
待っている間、どうしても気になって隣を見てしまう。
男性はさっきと全く変わらぬ様子で椅子に横たわっている。
体験者は治療を5〜10分は受けていたはずだ。さらに言えば最初に男性の姿を視認してからそれなりの時間が経っている。
それなのに、男性は相変わらず前掛けもつけずに隣でジッと横たわっている。
いくらなんでもこんなに待たされる、というより放置されるなんてことがあるのだろうか。
そうして相変わらず天井を見つめ続ける隣の男性を奇妙に思いつつ見ていると、あることに気がついた。
今は院内に自分と隣の男性しか患者はいない。とはいえ、自分たちの後に予約を入れている人も当然いるだろう。そうした次の患者の準備もあってか、室内を看護師たちが忙しなく動いている。
しかし、看護師たちは隣の椅子の近くを通る際、そこに横たわる男性をチラリとも見ずに通過していく。
まるで、そこに誰もいないかのように。
普通、今日はどういう治療をするという説明をしたり『もうすぐ先生が来ますからね〜』とか声をかけたり、治療前に機材等の準備をしたりするものだろう。
そうでなくても、そこに人がいれば横を通る際に視線を向けたりしそうなものだ。
しかし看護師たちには隣の椅子を見る素振りさえない。
さらに言えば、仕切りのカーテンは相変わらず開け放たれたままだった。
もし自分以外の患者がいるのなら、カーテンは閉じられているはずだ。
しかし、そうなってはいないのだ。隣の椅子に横たわる男性の姿が今も見えているのだから。
(えっ? あれ? どういうことだ?)
その内に体験者の中によくない想像が浮かび始めた。
まさか、オバケなのだろうか。
(……さすがにそれは違うよね?)
すぐに悪い想像を脳裏から追い出す。
そもそも自分は今までにそんな体験などしたことがないし、後々でよく考えてみれば合理的な答えが見つかるはずだ。きっと何か事情や理由があるんだ。そうに違いない。
そう自分に言い聞かせながら、隣の男性を見ていた。
その瞬間、椅子に仰向けになったまま、男性の眼だけがギュンッと体験者の方へ向いた。
さすがに体験者もそれには驚いた。
(うわっ! こっち見られた! めちゃくちゃ怖い!)
しかし、曲がりなりにも今自分は歯の治療中なわけである。例え隣にいるのが人だろうとそうでなかろうと、いくら何でもいきなり飛び上がって逃げ出したりするわけにもいかない。
どうするわけにもいかず、とりあえず目を硬く閉じ、隣の様子が見えないようにするしかなかった。
そうしていると、やっと先生が戻って来た。そして体験者の様子を見て可笑しそうに言う。
「いやいや、そんなに痛くなかったでしょう。そんな歯を食いしばらなくてもいいんですよ」
どうやら、怖さのあまり自分でも気づかない内に歯をかなり強く食いしばっていたらしい。
「あ、いやいやいや、そうじゃないんですけど……」
そうして治療が再開された。
治療中もどうしても気になってしまい、横目でチラリと見てみると、隣の男性はまだ確かにそこにいて目だけをこちらに向けている。
とうとう耐え切れなくなった体験者は先生に訊いてみることにした。
「あの、ちょっとバカなこと訊くんですけど……」
「はい?」
「今、俺以外に誰もいませんよね?」
「……んッ⁉︎」
その途端、室内の空気が一変したように感じられた。
先生が治療の手を止め、まるで背後に誰かいないか確認するかのようにバッと振り返る。そしてベテランらしい年嵩の看護師を呼び止めて何か話し始めた。
そこから先の対応がよくわからないと体験者は言う。
室内には自分と隣の男性しか患者はいないはずなのに、自分たちの間のものだけでなく、全ての仕切りのカーテンが看護師たちによって閉じられたのだそうだ。
その時の看護師たちからは、
(ヤダァ〜……)
と言わんばかりの雰囲気が感じられたという。
そうする内にその日の治療が終わった。
カーテンが閉じているので隣の様子はもうわからないが、それでも敢えてそっちを見ないようにして急いで待合室に戻る。
ソファーに腰掛け、気を紛らすために漫画を読みつつ待っていると受付から事務員の呼び出しの声がかかる。
受付に向かい治療費を支払う。その際、事務員の背後に治療室の様子が見えた。
体験者が待合室に戻り呼び出しがかかるまでの間、新たに来院した患者はいないはずだった。なのに、治療室の仕切りのカーテンは全て閉じられたままだった。
今、中にいるのはあの男性だけのはずだ。それならば自分が最初来た時と同じようにカーテンが開いててもいいはずなのに。
(……どういうことだ?)
そう思っていると、いつもなら事務員しかいないはずの受付に担当の先生もやってきた。
そして体験者に向かってこう言ったそうだ。
「次回から曜日、変えときますね」
「アッ、ハイ……」
「変えましょうか」ではなく「変えますね」とはどういうことか。
そうは思ったが先生の有無を言わせぬ様子とさっきまでの体験のことを考えると体験者は何も言うことが出来ず、その後も先生の言葉通りに曜日を変えて通院を続けたという。
当然、そんなことがあれば、過去にそこで何かあったのではと考えるのが自然である。
例えばその建物が作られる以前にそこに何があったのかとか、その歯医者のあるフロアや建物全体、あるいは建物付近で過去に事件や事故が起きていないかとか、体験者もいろいろ手を尽くして調べてみた。
だが、それらしい話や情報は一切見つからなかったそうだ。
何もなくても、何もしなくても、恐ろしいことは起きるものなのだ。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『シン・禍話 第四夜』(2021年4月3日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/675716680
から一部を抜粋、再構成したものです。(1:21:00くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
禍話Twitter公式アカウント
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禍話wiki
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禍話リライト 歯医者 - 仮置き場
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/05/04/213519
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