禍話リライト 禍紀行① 看板を読め
九州にある某大学。
(かぁなっきさんを始めとする、禍話の関係者が通っていた大学ではないそうだ)
その近くにある交差点。
そのある一角のみ、他と比較して異様に事故が多いことで近隣ではよく知られているという。
交通量や街灯の設置数などという、交通事故に関係する条件は他と全く同じなのだが、なぜかその一角のみ事故が多発する。自動車どうしの接触事故が大半で、たまに自転車と自動車の事故も起こるが、ほとんどは軽い接触事故程度である。
……しかし、一度だけそこで奇妙な死亡事故が起きている。
死亡事故、というより正確には轢き逃げである。
亡くなったのはその近くの大学、そこに通う生徒と交際していた若い女性だった。
深夜2〜3時頃、その交際相手の家に向かう途中、その交差点を通りかかった際に事故にあったらしい。
奇妙、というのはその被害者の遺体が発見された状況だ。
その事故が多発する一角の近くには空き地があるのだが、女性の遺体は事故現場である交差点ではなく、その空き地のど真ん中で発見されたのだ。
現場検証によれば、彼女が交差点近くで轢き逃げにあったことは間違いないのだが、様々な証拠等から推察するに、どうやら事故にあった後に現場から空地まで移動して、そこで亡くなったらしい。
しかも、不可解なことに彼女の所持していた携帯電話は無事だった。つまり事故にあった直後、彼女がそれを使って警察や救急に連絡することは可能だったわけだ。
さらに彼女が事故で負ったケガというのも、検視結果によれば(結果的にそれが死因となったとはいえ)脚を負傷したことで這うことしか出来なかったようだが、苦痛で全く何も出来ないとか意識が混濁していたとか、事故直後の段階ではそうしたことの起こるはずのない程度のものだった。
つまり、彼女は轢き逃げにあった直後、助けを呼ぶことが十分可能だったにもかかわらず、それをせずに空き地のど真ん中まで這って移動し、亡くなるまでそこでジッと座っていた、ということになる。
いろいろ調べた結果、彼女は数日前に交際相手から別れ話を切り出されていたらしい。聴取を行なった友人たちによればそれが原因で悲観的になり、多少精神を病んだような状態に陥っていたそうだ。
関係者からのそのような証言があったため、別れ話を切り出されて精神を病んだ彼女が事故によって心の均衡を失い、その結果として助かる道があったのにそれを拒絶する形で、このような緩慢な自殺とでも言うべき末路を選んだのではないか。そういう結論に落ち着いたそうである。
なお、その轢き逃げ事件の犯人は後日逮捕されたそうだ。
……その轢き逃げ犯の逮捕より少し前の話である。
ある日の深夜、現場近くに住む大学生がその近くをたまたま通りがかった。
その段階では犯人がまだ逮捕されていないため、交差点には情報提供を呼びかける看板が事故現場近くの電柱に立てかけられていた。
交差点に通りかかった時点で彼は、
(あ、そういえばあの事故があったのもちょうどこれくらいの時間だったな)
そう思い出して少し気味が悪くなった。
その上、視界に入った看板に記された内容を見ると、なんと曜日まで同じである。
全くの偶然なので、流石に日付まで同じとはいかないが、そういう場所であることを考えると何となく気味の悪い感じがしてきた。
(やだなぁ、早く帰ろう)
そう思いつつ交差点で信号待ちをしていた、その時だった。
『すいませーん!』
突如、声がかけられた。
驚いて声のした方を見ると、例の空き地のど真ん中に車が停まっている。エンジンがかかったままの車、その運転席の窓から身を乗り出した若者らしい影が見える。どうやらそれが声の主らしい。
「な、なんですか?」
『そこの看板なんですけどー! そこ、なんて書いてありますかねー⁉︎』
電柱に立てかけられた例の看板を指差し、声の主はそう訊ねてくる。
(なんだコイツ? 酔ってんのか?)
タチの悪い酔っ払いが悪ふざけをしているのかと思った。
こう言っては何だが、よほど理由か関心がなければそうした看板など、わざわざ何が書いてあるのか見ようという気にはならないだろう。仮に理由なり関心なりがあったとしても、車の中から通行人に声をかけずに自分で見に来ればいいだけの話だ。
気持ち悪いなぁ、そう思いながらも車の方から再度、
『すいませーん!』
と声をかけられたため、しぶしぶ答えてやることにした。
「いや、これ、ここで事故があったって看板なんですよ!」
そう答えてやると、再び車の方から声がかけられる。
『すいませーん! なんて書いてあるか、読み上げてもらっていいっすかー⁉︎』
(……なんでだよ!)
そう思ったが、彼はそこで車から顔を突き出している相手が、夜の闇の中でハッキリ見えないとはいえ、何となくガラの悪い感じの風貌をしていることに気づいてしまった。悲しいことに彼はどちらかと言えばひ弱なタイプだったため、下手に対応して相手を怒らせてしまうようなことは出来れば避けたかった。
(えぇ〜……。もう、やだなぁ……)
早く信号が変わって欲しい。そうすればその隙にさっさとこの場を後にするのに。そう思ったが、信号というものはこういう時に限ってなかなか変わってくれないものだ。
もう仕方がない。そう思い、軽くイラッとしながらも車内の男の言葉に応えてやることにした。
車に背を向け、街灯に照らされた看板を覗き込む。
「……じゃあ、読み上げますよー! えーっとねー!」
通常、事故の情報提供を呼びかける看板に書かれている内容といえば、
『◯月◯日◯曜日◯時頃、自動車と歩行者による死亡事故がありました。何か情報をお持ちの方は……』
概ね、このような文面である。
しかし……。
自分ではちゃんとそれを読み上げようとしたのだという。
それなのに、
「ここは死亡事故多発現場です、って書いてありますよ!」
という、看板に書かれていない、全く違う言葉が勝手に口から飛び出してきた。
(……えっ?)
車に向かって叫んでからそのことに気づいた。後に彼が語ったところによれば、その晩は酒を飲んだりしていないし、そんなことになるような心当たりもないという。
それなのに、看板の内容を読み上げようとしたはずが、そこに書かれていない言葉が勝手に口から飛び出してきた。それが自分自身、気持ち悪くて仕方がない。
いつのまにか信号が変わっているが、全身に鳥肌が立っていてそれどころではなかった。
もう一度看板を見たが、当然自分が言ったようなことなど書かれてはいない。そもそも、この交差点は事故が多いと言っても軽いものばかりで、例の轢き逃げがここで起きた初の死亡事故と言われているくらいだ。『死亡事故多発地帯』などであるわけがないのだ。
そしてもう一つ、あることに気づいた。
背後からの、車内の男の返事がない。
振り返ると、車自体はまだ空き地の真ん中に停まっている。しかし、かかったままだったエンジンの音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
わけのわからぬまま、何事かと思って車に近づいた彼は、驚いて思わず声を上げてしまった。
その車は、ついさっきまで中に誰か乗っていたとは思えないような状態の、ボロボロになった放置車両だったのだ。
……その後『様々なこと』があったためにその空き地は整備され、今ではコインランドリーと、併設されたコインパーキングになっているそうだ。
問題の放置車両も事件からしばらく経った頃に持ち主不明のまま撤去されたのだが、警察や行政へは近隣住民からの空き地に関する苦情がその後しばらく、ランドリーとパーキングが出来るまでの間は相次いだそうだ。
問題の空き地の、ちょうど放置車両のあった場所に不審な車両が停まっているだとか、そこにたむろしている不審な連中がいるだとか、もう事故の看板がないにもかかわらず、近くを歩いていた人が、
『そこの看板、なんて書いてありますかねー⁉︎』
と、その不審車両の方から声をかけられたりだとか、そんな内容の苦情だったという。
そんなことがあった、ということもあり、近隣の住民も気持ち悪がったため、急ピッチで空き地の開発が進められコインランドリーになった、ということだそうだ。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『忌魅恐NEO 第一夜』(2020年6月30日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/625554757
から一部を抜粋、再構成したものです。(1:30:00くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話リライト 看板を読め - 仮置き場
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/07/16/210129
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