禍話リライト 怪談手帖『たどん』

Aさんという方の子供の頃の体験。


彼の住んでいた北九州のOという地域。

そこから一山越えたところにボタ山(石炭の捨て石の集積場)があり、当時そこに行って石炭クズを拾う者たちがいた。専門の業者のところへ持っていけば、その場で買い上げてくれたからだという。

一般的には、こういった『ボタ拾い』はあまりお金にならないものだったと聞くので、僕(怪談手帖の収集者である余寒さん)は驚いたのだが、Aさん曰く、林檎箱に一杯、ズタ袋に一つ、などの換算で、それなりの値をつけてくれる時期が確かにあったらしい。

 

ある夏の昼。

ボタ山へゾロゾロと連れ立っていく行進の一つにAさんの小さな背があった。貧しく厳しい一家の生活の中、自分も家計の足しになることを少しはしようと思い立ったのだ。

珍しがった周りの男たちから、

「まさか、おまえも拾いに行くつもりか?」

と笑われたが、鼻っ柱の強かったAさんは家から持ち出した大きなズタ袋を引きずりながら、

「やる!」

の一点張りで返した。

そうやって勇んでボタ山に来たまではよかったのだが、実際のところ、彼は石炭拾いにもノウハウが必要だということを知らなかった。

つまり、ただの汚れた石ころや土クズと石炭との見分け方がわからないのだ。おまけに道具も持っていない。

結局、他の男たちがそれぞれ道具を振るっているのを横目に見ながら、Aさんは素手でもってやたらめったら当たりのない場所を掻き回すしかなかった。

視界のどこを見てもボタがこびりついて、タオルはすぐ真っ黒になり、手も足も顔も汚れていく。

ヤケクソになってボタ山の中を転がり回りながら、情けなさや恥ずかしさに追われて、大人たちのやっている所を離れて袋を引きずっていくと、同じようにしてやって来たらしい子供が何人か、その辺で作業をしていた。

(あぁ、子供しかいないってことは、ここはハズレの場所なんだろうなぁ……)

そう察しつつも手を真っ黒にしながら自分もそこで拾い始めた。同じ子供どうしだということで対抗心も蘇ってきた。競争するようにそれらしい塊を袋に放り込んでいく。

そうして夢中で袋をいっぱいにしていく内に、疲れもあってだんだんと頭が冷めてきて……。

 

ふと、妙なことに気がついた。

自分以外の子供は石炭の間を激しく這い回ったり転げ回ったりするばかりで、自分や他の男たちのように袋を持っているのでもなく、どこかに集めているわけでもない。

(……変なやつらだなぁ)

 

そう思い始めた矢先。

自分が置いておいた袋に、子供の何人かが身を屈めて近づいていこうとしているのを目にした。

袋に頭を突っ込んでいるやつまでいる。

(あっ! こいつら、盗む気だ!)

そう思うとカッと頭に血が上って、大声をあげながら駆け寄った。そして一番手前にいたやつの肩を掴んで、鼻っ面をぶん殴ってやろうと引っ張ったところで……。

 

振り返った顔を見ると、そいつの真っ黒な顔には目ではなく窪みが二つあるだけで、丸い鼻の起伏の下、ポッカリ開いた口にも歯や舌がない。

まるで粘土細工をこねて指で目、鼻、口を押したような……。

そして気づいた。

自分以外の他の子供は、みんな同じ顔をしていた。

 

本当に驚いた時、びっくりするくらい大声が出る時と全く声が出ない時があるが、その時は後者だったとAさんは言っていた。

無言でそいつらを押しのけて袋を引っ掴み、ゴロゴロと重たいそれを自分でも信じられないくらいの力で担ぎながら一目散にその場から逃げた。

なんとか他の男のいるところまで戻ってきたが、『オバケが出た』とも言えず、上手く説明できない。

Aさん自身も混乱したままだったせいで何も言えず、結局そのまま震えながら袋を引きずって業者の計量の列に並んだ。

そして自分の番が来て袋を差し出す。明らかに石炭でない石だらけのゴツゴツとした手触りに最初は顔をしかめていた業者の男だったが、袋を開いて中を見ると、

「……おっ! 」

と声を上げた。

そしてそのまま面白そうに、並んでいた他の男たちへ袋の中身を見せる。

その場がにわかに活気付いて、

「珍しいなぁ、形が残ってるなぁ!」

といったようなことを皆でワイワイ言い始めた。

わけがわからず混乱しているAさんだったが、やがて男たちのひとりに手を引かれて輪の中心へと連れていかれ、そしてそれを見せられた。

 

袋の中、汚れた石と土だらけの中心。

そこには、すっかり真っ黒い炭のようになった、先程あのボタ山の一角で群れていた、あの子供の頭がひとつ転がっていた。

窪みのような目で、穴のような口をポッカリ開けているのがハッキリとわかる形で。

 

(……そういえば、子供のひとりが袋に首を突っ込んでいた!)

それを思い出したAさんがゾッとしたその時。



ふいに業者の男が棒を持ってきて、袋の中のその顔を突いた。



顔はいとも簡単にグシャリと潰れた。

「あぁっ!」

そう叫んだAさんの前で、笑いながら次々と棒が突き入れられる。笑う男たちの手によって、顔はあっという間に突き崩され、すぐにキラキラした石炭クズの塊になってしまった。

 

ほとんど石ばかりだった袋にしてはやけに多すぎる貨幣を手に握らされ、Aさんは山を後にした。相当に割りの良い稼ぎだったので家族には感謝されたらしい。

しかし、あのボタ山にいた得体の知れない子どもたちと、その頭があっけなく袋の中で突き崩される様子。そして、それを突き崩す時の男たちのやけに楽しげな笑い声が頭に焼き付いて離れず、結局それから二度と山に行くことはなかったという。

 

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『シン・禍話 第三夜 200怪記念回』(2021年3月27日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/674499520

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:39:20くらいから)

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禍話リライト 怪談手帖『たどん』 - 仮置き場 
https://venal666.hatenablog.com/entry/2022/01/30/205646

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