禍話リライト 怪談手帖『紙芝居屋』

怪談手帖の収集者である余寒さんが縁あって地方の行事に参加した時、スタッフのひとりとして来ていたAさんから雑談の合間に聞いた話。

「今思えば子供の記憶だし、何かの見間違いか勘違いで覚えてるんだと思うんですけどねぇ……」

と、Aさんは前置きした。

 

昭和の終わり頃、小学校低学年の頃の記憶だという。

Aさんの住んでいた街には公園がふたつあった。

大きくて遊具も充実しており、子供で賑わっている方。

そして工場の近くの一角にあった、狭くて人気のない方。

その普段あまり人の来ない寂れた公園でAさんは一時期、紙芝居を見ていたという。

「うん、いやまぁ、紙芝居だと思うんだけど……」

妙に歯切れが悪い。

 

……Aさん曰く、それがいわゆる一般的な紙芝居だったのか、いまだに自信がないからだという。

 

紙芝居といえば、古くは『黄金バット』や『赤胴鈴之助』『鞍馬天狗』などに代表される単純明快なストーリーものが主流であるが、おどろおどろしい怪奇もの、女の子向けのメルヘンなどもあり、そのジャンルは思っている以上に多岐に渡る。



しかし、Aさんたちが見せられていたのはそうした登場人物がいてストーリーがあって、

『さてどうなる⁉︎ 以下、次回!』

と続くようなお話ではなかった。

それぞれには全く繋がりのない何枚もの絵だった。

人が焼かれていたり、恐ろしい姿のものに追い立てられていたり、鳥についばまれていたり、針に刺されて血まみれになっていたり、切り刻まれていたり……。

「地獄絵、ってあるじゃないですか。たぶん、あれだったと思います」

お寺などにある、仏教における地獄を描いた教訓用の絵だ。

紙芝居用の木枠には入っておらず、剥き出しの何枚ものそれらの絵を順繰りに見せていくような形だった。

演者の口上もなかった。筋立てのない絵を見せているのだから当然ではあるが、例えばその地獄の絵について何かしら解説や説明を入れるでもなかった。

さらに言うなら、本来商売としての紙芝居の基本であるはずの駄菓子の販売などもなかった。

では黙って絵を見せるだけだったのかというとそうではなく、紙芝居屋が声を出していた記憶はあるという。

 

『ゔぁああぁぁおおううぅぅああぁぁ……』

 

と、低く唸るような声がずっと響いている感じで、それが絵の内容や場面によって微妙に節回しが変わっていく。

恐らくは念仏だったのではないかとAさんは言う。

そんな紙芝居を、Aさんを含む集まった子供たちはぐるりと囲むようにして、それぞれ膝を抱えるようにして座って大人しく見ていた。

地獄絵が順々にめくられ、最後の一枚である白紙になると、何か合図があるわけでもないのに自然にみんな立ち上がり、そうして解散するのが常であった。

「よく考えれば……」

とAさんは言う。

子供がわざわざそんなものを見にいくのも、示し合わせたように集まって行儀良くそれを見ているのも、そんな恐ろしい絵を見せられているのに怖がる子供が全くいなかったのも、何から何までおかしいのだ。

帰る時に振り返ると、いつも淋しい公園の真ん中にめくり終わった地獄絵の立て掛けられた台があり、その隣に紙芝居屋が直立不動の姿勢でポツンと立っていた。全く動かないため、まるで植物がそこに生えているかのようにすら見えたそうだ。

紙芝居を見ている時よりも、なぜかその時の方が一番恐ろしい心持ちになったのを覚えているという。

 

……Aさんが紙芝居を最後に見た日、次のような出来事があった。

いつものように公園に集まり、いつものようにその奇妙な紙芝居を見ていた。

いつものように内容の聞き取れない念仏と共に地獄絵がめくられていき、最後の一枚が終わった。

そしていつものようにAさんたちは互いに言葉を交わすでもなく立ち上がった。

 

ところがその日、ひとりだけ立たない子がいた。

 

それはAさんとも仲の良い同じクラスの男の子だった。後ろの方で紙芝居を見ていたAさんに対し、彼は最前列で見ていたのだが、体育座りの姿勢のまま動こうとしない。

他の子たちは会話をすることもなく、いつものようにバラバラと散っていく。Aさんもボーッとしたまま皆に倣って帰ろうとしていたのだが、最前列でひとりだけポツンと残っているその子の姿を見た時、

(……ダメだ!)

と、なぜかそう思ったのだという。

それまでボーッとしていた頭の中が晴れてきて、違和感が、そして焦燥感が遅れてやって来た。

(ダメだ! ダメだ! ……でも、何がダメなんだろう?)

自分が何をダメだと思っているかがよくわからない。ただ座ったままの友達が気になって、帰ろうとしていた足を止めて、また公園の中に戻っていった。

だが、

(近づいたらいけない! 終わったんだから戻ったらいけない!)

という感覚が、一歩毎に頭の中ではっきりしてくる。

そうしたごちゃ混ぜのよくわからない感覚が、やがて『怖い』という感覚に変わっていた。

よくわからないけど、この状況がとても怖い。

けれど、結局混乱しながらも怖い気持ちを押し切ってAさんは友達の元へと戻って来た。

台の上に置かれた紙芝居が最後の一枚が終わって白紙になっている。それを見ながら、その前で膝小僧を抱えてじっと動かない友達に後ろから声をかけた。

「ねえ、帰ろう?」

ところが友達は応えない。それどころか、こちらを向きすらしない。まるでAさんの声が聞こえていないかのようだった。

「帰ろう? ねえ、帰ろうって! ねえ!」

何度呼び掛けても微動だにしない。反応がないどころか、まるでビデオを一時停止したのかと思うくらいにピクリとも動かない。

仕方なく友達の正面に回って声をかけようとし、そして次の瞬間にAさんは、

「うあぁッ!」

と声を上げていた。

 

 

座っている友達には、顔がなかった。

友達の服を着た、目も鼻も口もないのっぺらぼうが、ただ膝を抱えて紙芝居を見上げるようにして座っている。

 

 

そしてそれを見て後ずさった時、何かが頭の中で破れるかのような感じがして、Aさんは思い出した。

というより唐突に、今までずっと見ていたはずなのに違和感を抱かなかった『あること』に思い至った。

 

 

紙芝居屋の顔だ。

他に何もない顔に、目玉が一つだけついている。

 

 

それまでずっと毎日毎日、紙芝居を見にくる度にその顔を目の前で見ていたはずなのに、なぜか全く違和感を覚えていなかった。

そんな異様な顔のものが持ってきた地獄の絵を、毎日みんなでずっと見ていたのだ。


その時初めて、それまで不気味だという印象を持っていなかった紙芝居屋が、その一つしか目のない顔でこちらを確実に見ているのを感じた。

「ぎゃああぁぁッ!」

悲鳴を上げてAさんは逃げだした。

泣き喚きながら走り、少し行ってから振り返ると、公園の真ん中で相変わらず同じ姿勢で座っている顔のない友達と、一つ目でこちらを凝視している紙芝居屋の姿が、確かに見えた。

足のあたりが温かい感じがした。それは走り続ける内に急速に冷たくなっていった。家に帰りつき、そこでようやく失禁していたことに気づいた。

 

友達は、そのまま行方不明になってしまった。

 

当然、大掛かりな捜査が行われ、警察がAさんにも事情を聞きにきた。

「いやぁ、必死であの紙芝居と一つ目の男のことを話したけど、信じてもらえませんでしたよ。まあ、そりゃ信じませんよねぇ……」

Aさんはしみじみと当時のことを振り返って言った。

いっしょに公園にいたはずの他の子供たちに聞いても、紙芝居を見に行ったというおぼろげな体験は共有していたが、紙芝居屋や消えた友達についてはひどく曖昧な返事しかしなかったらしい。

結局、その子は見つからなかったという。



「でもね……」

とAさんは付け加える。

「警察が問題の公園を調べたら、どうも不審者が来ていたのは確かだと判明したらしいんですよ。何か痕跡があったんだとか。まあ、後々親から聞いたんですけどね」

友達がいなくなった事件は、Aさんの幼少期の嫌な事件として記憶に残った。

そしてAさんはこんな想いに取り憑かれた。

 

(……あの紙芝居を見ていた時、そして見終わって帰っていくその時まで、自分も他の子も、みんなあの消えた友達と同じように、つまり目も鼻も口もないのっぺらぼうのような『何か』になっていたのではないか?)

 

寂れた人通りのない公園で、低く聞き取れない念仏の流れる中、地獄の絵を囲んで座りじっと見つめている顔のない子供たちの群れ。

そんな光景を、しばらくの間は繰り返し夢に見たという。

「まあ、でも子供の頃の誇張された記憶というか、そういうものなんでしょうかねぇ。大人になるにつれて分別がつくようになって、さすがにその夢は見なくなりましたけどねぇ」

あくまで子供の頃に信じ込んでいた怖い嘘の記憶だという体で、Aさんはこの話を語り終えた。

「ただ、いわゆるトラウマっていうのか。私、それからずっと一つ目小僧だとか一つ目の大入道だとか、ああいう目が一つだけのオバケの絵が怖いんですよ。子供向けの可愛い絵でも、それだけはすごく苦手でねぇ……」

 

 

……Aさんの話はここまでである。

けれど、実は『一つ目の紙芝居屋』あるいは『一つ目のテキ屋』にまつわる話というのを余寒さんはAさん以外にも何人かから聞いたことがある。

一つ目ではなく片目が潰れていたという形で伝わっていることもあったが、公園などに子供を集め、何か変なものを見せるという大まかな流れは一致している。

そして何件かではやはり行方不明事件が起きているのだ。

それらの話の中でAさんの体験談が最もディテールがはっきりしていたため今回こうして紹介した、という次第である。

ちなみに、各話の提供者たちは互いに面識がないどころか、住んでいる地域もそれぞれ全く違う。

 

ただし、提供者たちの年齢、世代は一致している。



ということは、一つ目の不審人物については、そういう者が、あるいは少なくともそう錯覚されるような風貌の何者かが、確かにその時代に存在し、各地に出没していたのではないだろうか……?

 

紙芝居という文化が次第に廃れていく、そんな時代に起こったという話である。

 

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話X 第十二夜』(2021年1月9日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/660826868

から一部を抜粋、再構成したものです。(0:39:00くらいから)

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禍話リライト 怪談手帖『紙芝居屋』 - 仮置き場 
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/06/05/163407

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