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禍話リライト 事故物件のカーテン


『事故物件』と聞いて、皆さんはどんな状況の部屋を思い浮かべるだろう。
その『部屋の中』で誰かが亡くなった。
概ね、そんなところだろう。

だが、時にはその部屋ではなく、近くで誰かが亡くなったことが原因で事故物件になることもあるらしい。

例えば、線路沿いに建つアパート。
その近くで人身事故が起こった際、現場から飛び散った『破片』が、たまたま部屋の窓辺まで飛んできた。
『それだけのこと』で事故物件扱いになってしまう。
そんなこともあるのだという。

以下に紹介するのは『そんな部屋に関する』話である。


提供者、Aさんの大学時代の話。

どこの大学にも一人くらいは、留年に留年を重ね、在学できる期限ギリギリまで学生をやっている、そんな先輩がいるものだ。

Aさんの所属していた部にも、そういう先輩がいた。

実家が裕福なのだろうか。
最初の頃は親に金を出してもらってセキュリティのしっかりした良いマンションに住んでいたそうだが、留年を重ねるようになると流石に匙を投げられたらしく、現在はバイト代で生活費を賄っているという。
なので、部屋もずいぶんと安いところに引っ越したそうだ。
聞くところによると、値段の安さに釣られて事故物件に住んでいるらしい。


(……でも、そんなに追い詰められてるって割には、いつも部室にいるよなぁ)

授業が終わったAさんが部室に行くと、だいたいいつもその先輩がいて、マンガを読んだりゲームをしたりしている。

Aさんも、先輩がどんな状況なのかは聞いていたので、

「……大丈夫なんですか?」

ある時、心配になって訊いてみた。

すると、
「……いやぁ」
先輩は頭を掻きながら言う。


「……あんまり、家にもいたくないしなぁ。
……事故物件だしなぁ」


先輩が事故物件に住んでいるという話は前々から聞いていた。が、本人がそれらしいことを話すのを聞いたのはその時が初めてだった。
そこで、Aさんの中にその部屋への興味が湧き上がってきたのだった。
「……え。ちなみに、事故物件って、どんなとこなんですか?」
そう訊ねるAさんへ、先輩はその部屋について説明してくれた。


先輩の部屋のあるアパート、その向かいには別のマンションがある。
ある時、その向かいのマンションの屋上から飛び降りた人がいたそうだ。
二つの物件は、ほとんど密着するような形で並んで建っている。そして、現在先輩が住んでいる部屋にはベランダがあるのだが、そのベランダは二つの建物の間、その隙間のような空間に面していた。

本人にはそんなつもりはなかっただろう。
だが、飛び降りた人物は落下する途中、運の悪いことに向かいのアパートのベランダに激突してしまったのだという。


そう、先輩が現在住んでいる部屋。
そのベランダに、である。


どうやら、それが致命傷となってしまったらしい。
飛び降りた場所でも遺体の発見された場所でもないが、実際に住む側としてはそんな話を聞いて気持ちよく暮らせるわけがない。
そんな経緯があって、その部屋は事故物件になってしまったのだそうだ。


「……え、よくそんなとこ住めますね。嫌じゃないんですか?」
Aさんの思わず漏らしたそんな言葉に対し、
「嫌に決まってんだろ」
と先輩は返す。

聞けば、引越してきたその日の晩から、もう既におかしかったらしい。

就寝前、確かにカーテンをしっかりと閉めたはずなのに。
眠っていると窓の外、ベランダからの視線を感じる。
カーテンを開けて確認すればいい。そう思われるだろうが、とてもそんなことのできる雰囲気、状況ではなかったそうだ。

その感覚があまりに気持ちが悪かったため、翌日、目覚めてすぐに近所の店に走り、暗幕のように分厚く、そして床に垂れ下がるほど長いカーテンを買ってきて、それに付け替えた。
それ以来、先輩はそのカーテンを、そしてその向こうにあるベランダの窓を一度も開けていないのだという。

当然、不便極まりない。カーテンを閉め切っているから昼でも室内は暗く、ベランダが使えないので洗濯物も外干しできない。
悪いことに、その部屋の洗濯機の設置場所はベランダだった。越してきた時、ベランダに据付の洗濯機があるのを見た時は、新しいものを買う手間が省けると喜んだが、こうなってしまってはもう関係ない。

よく考えれば、その洗濯機自体も怪しい。安さに惹かれ、事故物件であることを承知した上で紹介してもらっているため、内見の際にベランダについてはちゃんと確認していた。当然、事故を思わせる痕跡など何もなかったのだが、先述したように洗濯機はその時、すでにそこに設置されていたわけだ。
(……もしかしたら、何かを隠すために置いてあったのかもしれない)
後になってそんな考えが浮かび、内見時にちゃんと確認しておけば良かったと後悔したものの、今となってはもう手遅れだった。
そういうわけで、先輩は毎回、近所にあるコインランドリーで洗濯をしているのだという。


「いやあ、えらい迷惑だよ。安いからいいんだけど」
「へえ〜……」
先輩の話を聞いて、Aさんの興味はさらに強まった。ぜひ一度、その部屋を見てみたい。そう思い、その場で頼んでみたそうだ。
「別にいいよ」
意外にも、先輩はあっさり了承してくれた。
「ただ、悪いけど。そんなにわかりやすくシミとかあったりするわけじゃないからな? 最初に越してきた時に確認したから。うん、ないと思うぞ?」
そうしてその晩、大学の講義が終わった後でAさんは先輩の部屋にお邪魔することになったのだった。

自分で了承したとは言え、先輩はまさか夜に部屋に来るとは思っていなかったようだ。
「嫌だなぁ。俺、普段は酒飲んですぐに寝ちゃうんだよ……」
道すがら、心底嫌そうな顔をしながら先輩はそのように説明してくれた。

アパートに到着し、先輩の部屋に上がらせてもらうと、確かに話に聞いていたような状態になっていた。
窓は例の暗幕のようなカーテンで完全に覆われており、さらにその前には家具が並べられていて半ば封鎖されたようになっていた。
まるで、そこに窓などない、壁であるかのような扱いである。
「先輩、ちょっとカーテン開けて見てみていいですか?」
「うん、いいよ」
先輩の許可を得て、Aさんはカーテンを少しめくってみた。部屋の明かりに照らされ、窓の向こうにベランダが見える。隅に少し見えるのは、話にあった洗濯機だろう。特に変わったところのない、いかにも賃貸の部屋らしい普通のベランダだ。
だが、事前に話を聞いていたから先入観があるのだろうか。上手く説明できないが、どことなく薄気味悪い感じがしない、でもない。
「……いやあ、なんか気持ち悪いですね」
一通り確認してからカーテンを閉め、Aさんがそう呟くと先輩もその言葉に同意する。
「だろう? ……あ、おまえ、ちゃんとカーテン閉めたか?」
「閉めましたよ? え、なんかあるんですか?」
「いや、実はさぁ……」

先輩が言うには。
先に話したようなことがあってベランダを封鎖したわけだが、それで解決、とはならなかった。

今度はカーテンだった。
ふと気がつくと、きっちり閉めたはずのカーテンの、その隅の部分が不自然に垂れ下がり、隙間が開いているのだという。
当然、先輩が触ったわけではない。
気持ちが悪いのでいっそガムテープで止めてやろうかとも思ったのだが、壁紙が傷んでしまうのでそれもどうだろうと思ってずっと悩んでいるのだそうだ。

「……じゃあ、今夜はどうも、ありがとうございました」
一通り確認させてもらい、満足したAさんはお暇することにした。玄関で靴を履き、見送るためについて来た先輩と会話をする。
「どうだ、気持ち悪かっただろ?」
「いや、気持ち悪かったッスねぇ……」
「二度と来たくないだろ」
「まあ、正直なところ……。でも先輩、よくこんな部屋に住めますね」
「ま、俺も今年だけだからな。今回はちゃんと単位取れてるから。あと半年くらいの辛抱だから、別にいいんだ」


シャッ


「……え?」
突然の音に、反射的に二人が部屋の中を見る。
誰もいないはずの室内。
確かに閉めておいたはずのカーテンが、開いていた。


「……ウワッ!」
思わず外廊下へと飛び出すAさん。目の前で異常が起きたため、さすがに先輩も驚いたらしい。玄関脇に置いてあった鍵を引っ掴み、一緒に出て来てしまった。
「……バカヤロウ! おまえ、何か粗相したんじゃないだろうな⁉︎」
「してませんよ! カーテン開けて見ただけですって!」
「そう、だよなぁ……」
驚きのためか少しテンションがおかしくなっていた先輩だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、ポツリと呟いた。
「……俺、今夜は大学の部室で過ごすわ」
「そうですか。いや、なんか、すいませんでした……」
「いや、いいよ、別に……」

そうしてアパートを出て、先輩と別れたAさんだったが、一人になって暗い夜道を歩いていると、改めて怖くなってきてしまった。

(……しかしまあ、先輩は『剛の者』ってやつだよな。『うわーッ、どうしよう!』じゃなくて『今夜は大学に泊まるわ』だもんな。やっぱり、何度も留年してるような人の神経ってのは違うのかもしれないな)

怖さを紛らわせようとそんなことを考えつつ、自分の住んでいるアパート近くまで来た。
先輩同様、Aさんもアパートで一人暮らしをしている大学生だ。細かいところは違っても、だいたい同じような条件の部屋で暮らしているわけだ。
(よかったなぁ、俺の部屋は事故物件じゃなくて……)
そう思いつつ、道路からアパート三階にある自室、ベランダに面した窓を見上げる。
すると……。


シャッ


Aさんは一人暮らしで、彼女もいない。
そんな、誰もいないはずの彼の部屋。
そのカーテンが、開いた。
明らかに、室内にいる『誰か』が開けたような、そんな動きだったそうだ。


(……えっ?)
その瞬間、彼の脳内にはいろんな考えが駆け巡ったそうだ。
有り得そうな線としては、もしもの時のために合鍵を渡してある実家の家族が訪ねて来た。それくらいなのだが、Aさんのアパートと実家はかなり離れているし、そもそも事前の連絡も何もない。
到底、家族だとは思えなかった。
(……え、どういうこと⁉︎)
そう思っていると……。


シャッ


困惑するAさんの見ている前で、部屋のカーテンが閉じられた。

(うわぁ……)

先刻体験した、先輩の部屋での出来事を考えれば、一人で部屋に確認に行く気になど当然なれるはずもない。
そこでAさんは、申し訳ないと思いつつ、友人の中でも特に義理人情に厚く、かつ腕っ節の強い者に、
「……俺の部屋に誰か侵入してるらしい!」
と、
(本当のことを言うと、怖がって来てくれないかもしれない)
と思い、そのように詳細を伏せて連絡して来てもらったそうだ。

しばらくして、その友人が来てくれた。
「……じゃ、俺が最初に見にいくわ」
そう言って部屋に入っていく、何も知らない友人の背中を、
(……悪いなぁ)
そう思いながら、外廊下で待機するAさんが見送る。

まもなく、彼は戻って来た。
「……誰もいねぇなぁ」
「そ、そうか?」
友人の言葉を聞き、安堵するAさんだったが……。

「……でも、おまえ。これ、絶対に誰か、侵入してるって」

「……えっ?」
その言葉に驚くAさん。
そんな彼に対し、友人は室内を指さす。

「……これ、絶対おまえじゃないだろ?」


友人が指す方を見ると。
ベランダに面した窓に設置したカーテンが、レールから外れて不自然な形で垂れ下がっていた。
カーテンレールに繋ぐ留め具、それらが壊れるくらいに、まるで誰かが力を込めて引っ張ったかのように……。


「……これ、お前じゃないだろ?」
「うん、俺じゃないなぁ……」
「……これ、破れちゃってるよ! カーテン、買い直さないと!
え、これ、怖いなぁ! なんか、この建物、警備おかしいんじゃないの?
そうだ! 鍵がすぐ複製できるやつだから、前の住人とか疑った方がいいよ! 管理会社にも言った方がいいって!」
そんな風に、親身になっていろいろアドバイスしてくれる友人であったが、Aさん自身は上の空で、
(……え。これ、何? 塩とか撒けばいいの?)
ずっとそんな風に考えていたそうだ。



(こうして禍話へ体験談を提供されているので、Aさんはその後、無事に過ごしているのだろう。と、そう思うのだが)
Aさんのように、住んでいる人が平気だからといって、軽い気持ちで事故物件を見物しにいく。
そんなことはしない方がいい。
そういうことなのだろう。


でないと、『そこにいるもの』があなたの家までついてきてしまう。
……のかもしれない。



この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話アンリミテッド 第七夜』(2023年2月25日)

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:05:30くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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禍話wiki

※見出しの画像はこちらをお借りしました。

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