禍話リライト 忌魅恐『地蔵のいる踏切の話』
提供者であるAさん(男性)が、とある大学の院生だった頃の話。
Aさんの通っていた学部は理系である。
どんな学部でもそうだが、卒業論文を書くために、実験、解析、調査、そこから得られた精密なデータ。それらが必要不可欠となる。
卒論審査というのはそもそも厳しいものだが、こうした学部でのそれは、さらに輪をかけて厳しい。卒論審査が通らず、留年する学生も少なくない。
Aさんの年下の友人であるBも、そんな学生だった。
本人は卒論の内容に自信があったようだが、それが通らなかったことで、ずいぶん意気消沈してしまった。
加えて、留年したことで卒業後の就職もダメになり、いわゆる新卒のカードも失ってしまった。
それが彼にとって大きな挫折となった。
正直な話、そこから先は本人のやる気の問題なのだが、完全に意欲を失ってしまったのか、Bは翌年も留年した。
そうなると、同級生たちとの交流も次第に少なくなっていく。
同じ学年で無事卒業できた仲間たちは、すでに就職している。当然、社会人一年目でいろいろ忙しい。最初の内こそ、忙しい合間を縫って遊びや飲み会に参加してくれるが、時間が経つにつれ、そういう仲間も減っていく。
そうして、彼は心を病んでしまった。
一方その頃、Aさんは院生として忙しい日々を送っていた。
(あいつ、大丈夫か?)
学部生の頃からの付き合いのBが、卒業に失敗してどんどんダメになっていく。その様子を間近で実際に見ていたため、心配して気にかけてはいたのだが、Aさんも自分の研究で手一杯で、時々声をかけたりするのがやっとだった。
そして二年目になり、Bはいよいよ大学にも顔を見せなくなってしまった。
(あら〜……)
そんなある時、Bの指導を担当する教授から相談を受けた。
「……彼、知り合いとかいないの?」
「いやあ、俺くらいですかねえ。同級生たちも、もうみんな卒業しちゃって仕事も忙しいから、なかなか連絡も取れないし」
かといって、いざ仲間内で集まって、そこで同期から充実した日々の話を聞かされれば、今のBはそれで余計に落ち込んでしまうだろう。
「……だからまあ、難しい話ですよねえ」
「そう、だねえ……」
教授とそんな会話をした後、Aさんは考えた。
(……これは、やっぱり俺が話をしにいった方がいいのかなあ)
同じゼミだった頃に何度か遊びにいったことがあるので、Bの住んでいる場所については知っている。最近も、折に触れて様子を見に寄ってはいた。
そういうことを踏まえると、やはりAさんが適任なのだろう。
もっとも、ここしばらくは訪問しても何だかんだと理由をつけて会話を早々に切り上げられ、部屋へ上げてもらえない状況が続き、多少足が離れてはいたのだが。
(まあ、無駄足なんだろうなあ……)
そんな風に思いつつ、Aさんは久しぶりにBの部屋を訪ねてみることにした。
Aさんの予想は外れた。
「……ああ。お久しぶりです」
部屋を訪ねたAさん。その応対に出てきたBは、顔つきも雰囲気も、以前より多少明るくなったような感じがする。
(なんか、雰囲気が変わったな……)
そう思いながら玄関先であれこれ会話をすると、
「今年は、ちゃんと授業に出ようと思うんですよ」
と、照れ臭そうにBが言う。
(ああ。心機一転、がんばろうとしてるんだな)
何があったのか知らないが、とにかく良いことである。Aさんは一安心した。
「立ち話も何ですし。どうぞどうぞ」
「ああ、じゃあ……」
そうして室内に招かれた。
「今、お茶でも出しますから。座っててください」
Bの言葉に従い腰を下ろしたAさんは、久しぶりに上がった彼の部屋の中を見回した。
勉強机の上にはパソコンがあり、その横には紙束が山積みになっている。レポートを書くために必要な資料、データなのだろうか。文字や数式がびっしりと書き込まれているのがチラリと見えた。
「お。なんか知らないけど、真面目にやってるんじゃん。ちょっと見てもいい?」
「ああ、いいですよ」
台所でお茶の準備をしながらBがそう言うので、Aさんは書類の中身を見てみることにした。
「へえ〜……」
「……あれ?」
それは、どう考えても大学関係のレポートではなかった。
Bの専攻する分野とは一切関係ないと、一目でわかる内容だった。
何について書いてあるのか、それはさっぱりわからないが、日付と共に『どういう服装だったか』というようなことが書いてある。
(日付、服装……、何これ? ……ん? 『祠』って書いてあるな。何なんだ?)
祠。
自分たちの学部、研究テーマでは、まず出てこない単語だ。
いったいこれは何について書いたものなのだろうか。全くわからなかったため、Aさんは訊ねた。
「……これ、何なの?」
「ああ、あの〜……」
Aさんの質問に、Bは少し言いにくそうな素振りを見せた後に言った。
「……◯◯踏切。って、知ってます?」
「……ああ、聞いたことあるわ」
Bが名前を挙げたのは、ここからほど近いところにある、小さな踏切だった。
日頃あまり通ることはないが、Aさんもその名前は聞いたことがあった。
というのは。
それほど見通しが悪いわけでもないのに、定期的に死亡事故が起こるため、その近辺ではよく知られる踏切だったからである。
例えば飲み会の席などで、何かの拍子に話題に上るような。
長いこと大学にいると、そういう形で必ず名前を聞く。そういう場所だった。
しかし、その踏切がどうしたというのだろうか。話が全然見えてこない。
Aさんは再び訊ねた。
「……あの踏切が、どうしたの?」
「……あそこにねえ。祠が見えることがあるんですよ」
(変なことを言ったな……)
その答えに、Aさんは違和感を覚えた。
場所的に『慰霊のための祠が置かれている』と、そう表現するのなら、まだ理解できる。
だが、それなら『祠がある』と表現するべきだろう。
そうではなく『見えることがある』というのは、いったいどういうことなのか。
「……いや。俺は行ったことないんだけどさ。あそこって、飛び込み自殺とか事故とか多いんでしょ? だから祠がある、ってこと?」
「いや、ないんですよ。普段は」
「あっ。普段……。普段は、ないんだ……」
わけがわからず、反射的に口から出たAさんのその言葉に、Bが答える。
「いや、それがですね? 列車越しに、つまり列車が通過している時に、反対側の道路に立ってると見える、ってことがあるんですよ」
「……なにが?」
「いや、だから、その。走る列車の間に。
こう、バーッと通過していく、その車両の間に。
祠みたいなのが、パッと見えることがあるんですよ」
「……え? おまえ、何言ってんの?」
わけがわからず、思わずそう訊ねたAさんへ、
「いや、ホントなんですよ」
そう言ってから、Bが説明を始めた。
「……いやあ、ね? 俺も最初、見間違いかな? 疲れてんのかな? って。そう思ったんですけど。確実に見えるんですよね」
「……え? つまり、存在しない祠が、列車が通ってる時に見える、ってこと?」
「そうなんですよね。だいたい、夜のことが多いんですけどね。まあ、サッ、と見えるだけなんで。何なんだろう? って思うんですけどね」
「……何かを見間違えただけ、なんじゃないの?」
「……いやいや。あのね。
二、三回ですけどね。そこに書いてあるでしょ。
『服装』って。
何かね、誰か手を合わせてるのが見えたんですよ。後ろ姿ですけど。間違いないです。
で、列車が通り過ぎた時には何もないんです。
……俺、何かしらの現象だと思うんですよね。規則性が見出せると思うんですよ」
「……」
俄かに信じがたい、頭がおかしくなったのではないかと思うようなことを言うB。
玄関先で話した時は持ち直してきているのだと思ったが、やっぱり、こいつは病んでいるのかもしれない。そうAさんは考えた。
しかし。
大学に戻らなくては、と言うからには彼自身、やはり今のままではダメだという思いはあるのだろう。
そう思いたかった。
だったら、何とかマトモな方へ引き戻さなくてはならない。
Aさんはそう決心した。
「……いや、まあ、ねえ。そういう不思議な現象があるのかもしれないけども。おまえ、自分のやってる研究があるじゃん。ダメだよ?」
「いやいや、だからね? 今日来てもらって、ちょうどよかったですよ」
「いや、何もよくないよ?」
理解を超えた状況に対し、何とかAさんの絞り出した言葉。
それに対して、Bが言う。
「……僕の仮説なんですけどね?
この規則性、どうやらパターンがあるんですよ。
今日行ったらね、祠が見えると思うんです。
だからね、ちょうどよかった。いっしょに行きましょう! 今から!」
「ええ……」
そんなつもりではなかったのに、おかしな話になってきてしまった。
どうしよう。そう思うAさんだったが。
「例えば、もし何にも見えなかったら、僕も『違うのかな?』って判断できますから。それでいいじゃないですか」
Bがそう言うので、
「ああ、まあ、それなら……」
と、結局承諾してしまった。
内心、何もないだろうと思っていた。
行って何も起きなければ、やっぱりおまえは疲れてるんだとBへ言ってやれる。そうすれば、第三者の客観的な意見として、彼も受け入れやすいだろう。
そういうわけで、Aさんは問題の踏切へ行くことになったのであった。
──夜もかなり更けた頃。AさんはBと合流し、問題の踏切へやってきた。
「……え。でも、こんな遅くに電車なんか通るの? 終電も、もうない時間だけど」
「ああ、貨物列車みたいなのが通るんですよ。それ越しにね、よく見えるんですよね」
「あ、そうなの……」
問題の踏切は、車が一台通るのがやっと、というくらいの、かなり小さいものだった。
周囲の街灯が少なくて明かりに乏しく、民家からも離れたところにあるため、この時間になると周辺はかなり暗い。
なるほど。こういう場所なら、人通りの少ない時間帯、早朝や深夜に線路に飛び込もうとすると、簡単にいけてしまうのかもしれない。
(嫌なとこに来ちゃったなあ……)
来たことを後悔しつつ、Aさんは踏切の周りを探索してみた。
やはり、Bの言う祠らしきものはどこにも見当たらない。
「ない、なあ……」
「ないですねえ」
そうして話していると、突然踏切の警報が鳴り始めた。
「ああ、ほら。終電の後でも、こうやって荷物を乗せた列車が来るんですよ」
「ああ、そうなんだ」
Bが移動し始めた。恐らく、祠が見える側、ちょうどいい場所へ動いているのだろう。そう考え、その後に続いてAさんも踏切の外へ出た。
「あっちですよ。見ててくださいね。あっち側に見えますからね」
「はいはい……」
少し興奮した口ぶりで、踏切のむこう側を指し示しながらBが言う。
Aさんがそれに返事をした時、貨物列車がやって来た。
……貨物列車というものは。
その特性上、通常の列車より連結された車両数が多いことがほとんどだ。
つまり、通常の列車より、踏切を通過するのに時間がかかる。
何台も通過していく貨物車両越しに、踏切の向こう側を見てみるのだが、祠らしきものは全く見当たらなかった。
(何だよこれ、無意味な時間だな……)
Aさんがそう思い始めた時だった。
「……あれっ?」
貨物列車の中には時折、貨物を積載していない、下部だけの車両もある。
つまり、貨物が載っていない、その車両が通ると。
その間、向こう側が丸見えになるわけだ。
車両越しに。
踏切に向かって歩いてくる、男性の姿が見えた。
通過する車両、踏切の向こうなので距離がある上、周辺が薄暗いため細かいところまではハッキリと見えないが、黒い服を着た中年男性だとわかった。
近づいてくるにつれ、男が胸元に小さな花束を抱いているのが見えた。
幼児が野原で草花を集め、それを束ねたような。
そんな粗雑な感じの花束だった。
いきなり人が現れたので驚いたが、すぐにAさんは冷静さを取り戻した。
(きっと、最近この踏切で事故があったのだ。あの男性はその事故の、恐らく亡くなった人の関係者で。現場に花束を供えに来たのだろう……)
Aさんがそのように合理的な解釈を捻り出している隣で、テンションが上がってしまったのだろう。Bは一人、騒いでいた。
Aさんには踏切の向こうの男性以外は何も見えないのだが、Bの言葉から推察すると、どうやら今まさに、例の祠が踏切のむこう側に現れているらしい。
「ほら、ほら! あそこ! 祠、見えませんか⁉︎」
指で指し示しながら興奮気味にBがそう言うものの、やはりAさんにはそれらしいものは見えない。
どうやら踏切のむこう側にいる男性は、Bが祠があると指し示す、その場所へ向かって歩いているらしい。
その場所で、手でも合わせるのだろうか。
Aさんが見ていた限り、そのような印象を受けた。
だが、そんなAさんの予想に反して。
男性は、祠があるらしい場所を通り過ぎ、踏切へと向かってくる。
そして、貨物列車が走り抜け、カンカンカンと警報の鳴る踏切の前で、男はただジッと立っている。
自分たちの方へ来るために、踏切が開くのを待っている。
そんな風に思えた。
「えっ、話が違うけど⁉︎」
予想外の展開に、Aさんは思わず隣にいるBに叫んだ。
「おまえの主張通りなら、踏切のむこうに祠があって、あの人がそこに花束供えようとしてると思ったんだけど! あの人、待ってるけど⁉︎ こっち来ちゃうよ⁉︎」
「あ〜……」
Aさんの言葉に、大真面目な顔をしてBが納得したように頷く。
「……やっぱり。見てる人間が二人になったから。何かしら、乱れたのかもしれないですねえ」
「……な、何が⁉︎」
「いや、法則というか、何というか」
「ええ……」
Bがそんな怖いことを言うので、Aさんはドン引きしてしまった。
そうこうしている内に、とうとう貨物列車が踏切を通り過ぎていってしまった。
警報音が止み、遮断機が上がる。
(うわ、開いちゃった! こっち来るよ!)
男がこちらに来ると思い、Aさんは身構える。
しかし、踏切のむこうの男は動かない。
花束を抱いたまま、遮断機の上がった踏切の前で立ち尽くしている。
(え、あれ⁉︎ 来ない⁉︎)
よかった。ホッと胸を撫で下ろし、安心して隣を見ると、Bが怪訝な表情を浮かべて前方を見ていた。
「あれ? 今日の列車、結構長いですねえ」
「……は?」
「いやあ、今日の列車、えらく長いですね。どういう荷物を運んでんだろ?」
Bの言葉の意味がわからず、Aさんは踏切へ視線を向けた。
間違いなく、列車は通り過ぎていて、遮断機は上がっている。警報音も止まっている。
それなのに。
Bは、まるで今もまだ列車が目の前を走っているかのように、そんなことを言うのだ。
自分には見えない、あるいはBにしか見えない列車が走っているのだろうか。
それとも、正常に戻りつつあると思ったのは上辺だけで、やはりBは精神を病んでいて、そのために存在しないものが見えているのか。
いずれにせよ、怖い状況だった。
どうしたらいいのかわからずオロオロするAさんだったが、ふとあることを思い出した。
踏切のむこう側の男だ。
見ると、男は相変わらず花束を抱いたまま、踏切の手前に立っていた。
ただ、それまでと違う点が一つあった。
視線を動かし、左右をキョロキョロ見ている。
まるで、目の前を通る電車を見ているかのように。Bと同様、まだそこを走る列車が見えているかのように。
(えっ、これ、どういう状況⁉︎ 俺、どうしたらいいの⁉︎)
結局、どうしたらいいのかわからないまま、五分ほどAさんはそうして立ち尽くしていたそうだ。
「いや、ホント長いっすねえ。どんな風に連結してんだろ」
その間、すぐ隣でBはそんな風に呟き続けていた。
目の前の現象の異常性に気づいていないかのような、どこか呑気なその口ぶりに、Aさんは言葉にできない不気味さを覚えた。
「……おまえ、本気で言ってんの?」
「いや、本気も何も、通ってるじゃないですか」
耐えかねて訊ねたAさんの言葉に、逆に『この人は何を言ってるんだ』とでも言いたげに、Bがそんな風に答える。
(え〜、なにこの状況……。どうしたらいいの……)
『ねえ!』
突然大声で呼びかけられ、Aさんは跳び上がった。
声の方へ視線をやると。
とっくに遮断機の上がった踏切のむこう側で。
あの男が、花束を抱いたままこちらをジッと見ていた。
『ねえ!』
男が再び呼びかける。
間違いなく、その言葉はAさんへ向けられていた。
Aさんは思わず返事をしてしまった。
「え⁉︎ は、はい⁉︎ な、何ですか⁉︎」
『もう、通り過ぎました?』
(ウワッ! 怖い!)
男のその妙に明るい言い方も怖かったが、隣にいるBはというと、
「う〜ん、長いなあ」
と、男のことが見えていないかのように呟いている。それもまた怖かった。
わけのわからないことだらけで、Aさんの精神はもう耐えきれなくなっていた。男とB、両方から距離をとろうと無意識の内に一歩、後退りをしていた。
その瞬間、男がまた声をかけてきた。
『まだ列車、通ってますか?』
「……ウワアッ!」
そこで完全に恐怖が限界に達してしまい、Bをその場に放置したまま、Aさんはその場から逃げ出した。
あまり馴染みのない場所からパニック状態で走り出したため迷子になってしまったが、何とか無事に家まで帰り着けたそうだ。
しかし、おかしくなってしまったとはいえ、Bを夜道に一人残してきてしまったことは気がかりではあった。
そこでAさんは、翌日の昼間、気分が落ち着いてからBに連絡をしてみた。
メールを送ってみると、すぐに返信があった。どうやらあの後、Bは普通に帰宅したらしい。
が、メールに綴られた内容を見て、
(これはもうダメだ……)
Aさんは確信した。
『すごい長い列車だなあと思ってたんですけど。遮断機が上がったら、むこう側にいた人はいなくなってましたね。
でも、今日は祠の前で立ち止まらずにこっちに来ようとした。ってことは、ひょっとしたら俺たちがいた後ろにも祠があったのかもしれませんね。
今度、踏切の反対側に行って、いっしょに確かめてみましょう』
Aさんはそのメールに、
「俺はちょっと、やめとくよ……」
と返したのだが、それに対するBからの返信はなかった。
その日以後、Bが大学に顔を見せることはなかった。
それから彼がどうなったのか、それについては誰も知らないそうである。
一方、Aさんはその体験からずいぶん経った後、大学関係の知人の集まる酒の席で、その時の話をしたそうだ。
「……いやあ。あいつ、完全に頭がおかしくなってたのかもしれないけど、そんなことがあってさ。まあ、近所にそういう変なやつがいたのかもしれないしなあ……」
Aさんが語り終えると、その場の仲間たちが次々に喋り出す。
「あ〜。でも、確かにあそこ。結構人が死ぬよねえ」
「あれだけ死ぬんだから、確かに祠の一つや二つ置いてもいいと思うんだけどねえ」
そんな風に、酒の勢いも手伝って皆がやいのやいの言う中、一人の先輩が重々しく口を開いた。
「……ああ。でも、地蔵は置かない方がいいと思うな」
「……え、なんでですか?」
急に意味深なことを言われたため、Aさんはその先輩に、その言葉の意味を訊ねた。
ちなみに、この先輩。大学近くに実家がある、つまりこの近辺が地元だという人である。
「いや、地蔵は置かない方がいいと思うなあ。……ああ。だから祠がないのか。そっかあ……」
そんな風に言って、一人納得したように酒を煽る先輩。
そんな彼に、話の当事者であるAさんや、興味を抱いた仲間たちが質問をする。
「え、なんなんですか? 教えてくださいよ」
すると、先輩は少し考えた後に話し始めた。
「うん。ほら、あそこ。結構、人が亡くなるでしょ?」
「いや、それは知ってますけど……」
そう答えるAさんの顔を見て、合点がいったように先輩が言う。
「……ああ、そっか!
『どういう風に死ぬのか』
それを知らないんだな」
「え? いや、そりゃあ、線路に飛び込んで死ぬんでしょ?」
先輩の言葉の意味がわからず、Aさんがそう言うと、先輩はポツポツと語り始めた。
「……いや、まあ。そうなんだけどね?
全部が全部、ってわけじゃないんだよ。俺の聞いた中だと全員がそうなんだ、って話なんだけど。
実際に目撃したやつとか、信頼できるやつとか、警察関係の知り合いから聞いた話を総合するとさ。
あそこで死ぬやつってね。例えば、急に飛び込んだり、とかじゃないんだよ。
あそこ、人通りは少ないけど防犯カメラはあるから、そういうのには残ってるらしいんだけどさ。
列車が来る前から、遮断機が全然上がってる段階から。線路に突っ立ってて、合掌みたいなポーズを取ってるんだって。列車に向かって、片手を立ててね。
そのポーズが、どう見ても。
お地蔵さんみたいに見えるんだよ。
……で、そのまま轢かれちゃう。みたいなことが結構多くてねえ……」
急に恐ろしい話をされ、その場の空気が完全に凍りついてしまった。
Aさんを始め、そこにいる皆が固まっている中。その先輩だけが普段通り酒を口に含み、それを飲み下してから呟いた。
「……ああ。だから、あそこはお地蔵さん置かない方がいいんだな。うん、そうだそうだ」
(うーわ、聞かなきゃよかった……)
そのように、Aさんは心底後悔したそうだ。
『忌魅恐』の各話を収集した、某大学オカルトサークルがこの話の取材後、現場の調査を行ったところ。
(※オカルトサークルについては『忌魅恐序章』を参照)
問題の踏切近辺には、そんなことが起きるような曰くや因縁の類、例えばいわゆる『六部殺し』のような話などは、全く見つからなかったそうだ。
……ただ。
周辺一帯では、その踏切で死亡事故が起きる度。
『また地蔵が出た』
『また地蔵になった』
そのように住民たちの間で囁かれているという、そんな事実を確認できたそうだ。
オカルトサークルの採話、取材、調査。それから何年も経っているため、現在ではその踏切がどうなっているのか、それを知ることはできない。
恐らく、歩道橋や地下道が作られ、踏切を通らなくてもいいように安全策が講ぜられていることだろう。
……だが。かつて日本のどこかには、この話のように、通る者が『地蔵』のようになってしまう。
即ち『地蔵のいる踏切』が存在したのである。
Bのように、あるいはそれ以上に心が弱っている者だと。
そんな土地に飲まれ、
『地蔵になってしまう』
……のかもしれない。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』『忌魅恐 最終夜』(2021年5月7日)
から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:03:35くらいから)
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禍話リライト 忌魅恐『地蔵のいる踏切の話』
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